第14話  いいぞ、おとう! Way to go, Dad !

文字数 3,642文字

「で、おとう、内容はどうなってんの?」
「そこだな、問題は・・・。俺が思うにはだよ、グレタが言ってる事がピッタリだったってのが最近の一番だな」
「グレタって、スウェーデンの少女ちゃん?」
「おいおい、少女ちゃんはないだろう。おまえと殆ど同じくらいの年齢だぞ、17歳だろ確か。世界的に影響力を持つ環境活動家だぞ」
「そうか、同じくらいか」
「由理奈はもう18なのに、やってる事は17歳の学生の彼女にかなわないじゃないか。もっと世界の問題に目を向けた方がいいぞ」
「そうかな。自分の事で精いっぱいだけど」
「勿論、自分の事は一生懸命やって欲しいけれど、それと同時に広い視野を持つ事はできるはずだぞ」
「まあ、それはそうだね。分かった」
「頼むよ」
「それはいいけど、グレタの言ってる事がピッタリってどういう意味なの、おとう?」
「グレタ・トゥーンベリが主張している事は、“週休4日が地球を救う!” で主張してきた事とベースは全く一緒だって事だよ」
「おとうも “How dare you ?” とか言ってたんだっけ?」
「いや、そういう言い方はしなかったけれど、気持ちの中では “How dare you ?” って思ってたよ。というか、”How dare we ?” だな。自分たち全員が、地球環境問題から目をそらし、未来永劫の経済発展というおとぎ話に酔っていたみたいなものだったから」
「そうか」
「グレタさんは、いずれノーベル平和賞みたいなのを受賞したりするかも知れないな。ただ、今はまだ少々感情に走りすぎるきらいがあるかも知れない。あまり情動的な話し方で演説すると、却って説得力が落ちてしまうかも知れないから、そろそろ戦略を変えた方がいいかもな」
「え、でも我々若者にとってはちょっとカッコいい感じだったよ」
「そうか?」
「うん」
「ま、各国の首脳がグレタの事を中傷したり、揶揄したりするのを聞くと、政治家たちの発言があまりに低レベルで愕然とするけどな。由理奈もそう思わないか?」
「グレタって悪く言われてるの?」
「知らないのか、由理奈?」
「あんまり・・・」
「じゃあ、少し新聞でも読んで勉強しろよ」
「今時、新聞読む若者なんていないよ」
「そんな事はないだろ」
「いや、読んでもネットのニュースだよ」
「そうなのか?」
「遅れてんなあ、おとう」
「いや、俺はこれまではどっちかって言えばアーリーアダプターの方だったから、遅れてるなんて言われるのは心外だなあ。今でも日経トレンディは読んでるぞ」
「年間ランキングの12月号だけでしょ?」
「それだけじゃないぞ。週間日経トレンディのPodcastだって聴いてるぞ」
「Podcast?」
「音声で日経トレンディの内容を紹介するデータ配信だよ」
「へー。そんなの若者は聴いてないかも」
「そうなのか? お父さんにはとても大事な情報なんだけどなあ。それに、通勤の途中とか散歩のときとかに聴くと、時間を立体的に使えるから効率的に生きられるんだよ」
「時間を立体的に使うって?」
「ああ、それは一度に複数の事をやるって事だな。お父さんは小学校の時のK先生にそれを教わってからもう何十年も効率的に時間を使う事を意識して暮らしてきたから、ぼんやり生きるよりも少しは密度の高い時間の使い方ができているかも知れないと思うよ。例えば、洗濯機を回している間って、洗濯機の前にいて終わるまで何もしないで待っている訳じゃないだろ?」
「その間は何か違う事をしてるね」
「そう、それが時間を立体的に使うって事さ」
「じゃあ、おとうがお風呂で湯舟に浸かっている時にはいつも漫画を読んでるってのもそれなの?」
「そういう事だ」
「私もお姉ちゃんも食事の時にスマホいじっててお母さんに怒られるけど、それも時間を立体的に使ってるって事じゃん」
「あのなあ、由理奈、TPOってものがあるだろ」
「何、それ」
「若者はTPOって言わないか?Time Place Occasionだよ。その場の状況によるって事だ」
「ふうん」
「食事の時にスマホはNGだぞ」
「どうして?」
「もう選挙権のある年なんだから、理由は自分でよく考えなさい」
「選挙権って関係あるの」
「そういう年ってことだよ」
「まあ、いいや。で何の話をしてたんだっけ?」
「そうだよ、グレタさんが環境問題でセンセーショナルな演説をしたって話だよ」
「あ、そうか。話があっちこっちで、何か一番大事な話か分からなくなっちゃったよ」
「ごめんごめん。問題は、地球環境を守るにはどうしたらいいかって事だ」
「週休4日にすればいいって事でしょ?」
「おお、その通りだ。分かってきたようだな、由理奈も」
「だって、おとうがずっと言ってきた事だから、そう言わないとまた話があっちこっち行っちゃうんじゃないかって思っただけだよ」
「まあ、いい。とにかく、先を争って経済発展を求めるような時代じゃなくなってるって事だよ。GDPより人々の幸福度と環境維持を指標にしなくちゃだめだ」
「週休4日なら幸福度がアップして環境問題もクリアできるって事だよね」
「まあ、そういう事だ」
「じゃあ、みんなそうすればいいじゃん」
「そうだよなあ」
「でも、結局できないんでしょ。お姉ちゃんだって就活始めたけど、どの企業もガンガン働くのが前提みたいじゃん」
「いや、そうとも限らないぞ。最近では、週休3日を掲げる会社も出てきているし、政府も働き方改革でもっとワークライフバランスを考えるように指導しているし」
「週休3日の会社ってあるの?」
「そろそろ、週休3日というオプションがある会社も出始めてきたね」
「そうかあ」
「由理奈、お父さんたちが子どもの頃って週休1日だったんだぞ」
「え? 土日休みじゃなかったの?」
「まあ正確には、週休1日が次第に週休1日半くらいになって、その後週休2日になったという事かな。1960~70年代頃は、土曜日が半日、日曜日は全部休みってところが多くて、週休1.5日って感じだったかなあ。ま、会社によって違ったけどね」
「そうだったんだ」
「1980年にお父さんが就職した頃は、大企業では週休2日が普通だったけど、中小企業も含めて週休2日が日本全体で一般化したのは2000年前後ではないかと言われているよ」
「そうか、じゃあ、段々休みが増えてそのうち週休4日も夢じゃないって事だね? 私たちが就職する3年後くらいには週休3日になってるかなあ?」
「2023年か。まだ一般化はしていないかも知れないけど、総労働時間は減少しているかもな。それと、働き方は多様化しているだろうね」
「多様化って?」
「例えば、週のうち何日かは在宅勤務が可能になるとかね」
「それって満員電車に乗らなくてもいいって事?」
「ああ、人によっては育児や介護のために、在宅勤務を必要とする人もいるから、職種によっては在宅勤務が可能なんだ。テレワークという呼び方もするよ」
「テレワークか。それいいね。高校だって、通信の学校は在宅だもんね、おとう」
「そういう事だ。ただ、時々は皆が揃う場所へ行く事も必要だと思うけどな」
「そうだよね。顔を合わせなかったらできない事もあるだろうしね」
「ああ、職種によるだろうけれど、随分変わると思うよ」
「おとうの仕事はどうなるの?」
「そうだなあ、どうなるのかなあ・・・」

 父の仕事は一つに決まっていないようだが、メインの一つは人財育成のワークショップらしい。様々なテーマで企業や団体の職員の人財育成をサポートしているそうだ。私も父の勉強会に参加した事があるので、なんとなくワークショップの雰囲気は分かる。父は教えるというよりも参加者がテーマについて考えるのを手助けするようなワークショップを行っていた。参加者たちが自ら考え話し合い、そして何かに気づく事を演出するようなやり方でみんなが楽しく学ぶ会にしていた。学校の勉強とはかなり違ったやり方だが、出席者が自分で何かに気づくという点は良い方法に思えた。
 大学に入ってからセミナーと名のつく会に何度か出席してみたが、多くのセミナーは一方的に講師が話して参加者はひたすら聴講するというパターンだった。よほど興味のあるテーマでないと、長時間ずっと聴いているのは大変だ。ましてや理解に苦しむ難解な内容ではせっかくのセミナーも意味の薄い時間になってしまう。大学の講義も同じ話である。

 話は広がって取り留めもなくなっていったが、父が週休4日が地球を救う!の続編を書き始めたというのは、やはり何か良い事が起こりつつあるように感じた。そして、そのテーマである世界の将来について、私は少々知っているのかも知れない。
失敗作になってはいけない。父の新たなチャレンジが世の中を変えるきっかけとなって成功作2042を目指すのだと思った。

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登場人物紹介

名前:由理奈(ゆりな)

誕生:2001年2月25日 東京生まれ 

2020年のステータス:大学生

趣味:キーパーを抜いてシュート

おとう(由理奈の父)

1957年 地方都市生まれ

海外在住歴10年(アメリカ6年、ドイツ4年)

現在は一人会社の社長

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