第1話

文字数 1,610文字

 金曜日の午後十一時ごろ。夜も深まり始め、肌寒さを感じ、ソファの上でブランケットに包まる夜。
 リモコンを操作し、テレビの音量を上げる。テレビの上にかけられた時計がカチカチ、と音を立てて針を進める。短針が十一に重なろうとする直前、娘が現れて定位置につく。ソファには座らず、膝を折り曲げてコマーシャルが流れるテレビを無言で見ている。やけに足の指を触るから、私は被っていたブランケットを娘になにも言わずに渡す。娘は驚いたように目を開いてから、変わらず、口を開くことなくブランケットを足にかけた。
 車のコマーシャルが終わり、緊張感を覚える力強い音楽が流れ出す。
 いつものドラマが始まった。滅多にドラマを見ない私だが、このドラマは例外だ。社会派ドラマ、と言うのかもしれない。主人公が圧倒的なものに太刀打ちできず、挫折する場面から始まり、先週の三話では信頼していた人に裏切られたところで終わった。
 意味もなく、このドラマに惹かれた。毎週この時間にテレビの前に座る価値があると思った。金曜日の夜は早く眠りにつくことが慣習だったけれど、それを覆すことも悪くない。
 娘もドラマの評判をどこかから知ったのか、二話から同じようにテレビにのめり込むことになった。高校生だから、こんな時間に起きているなんて、と叱ることもしない。ただ、思春期に入った娘とは最近なんだか気まずくて、あまりうまく話せずにいる。ドラマを見ている間はいいけれど、コマーシャルに入った時にやってくる沈黙がどうしても気まずい。やけにうるさいコマーシャルと対照的に、家の中はあまりにも静かなのだ。
 思春期の娘はどうやら反抗期も兼ねているらしい。暴れまわったり暴言を吐いたりするのではなく、無言で抵抗をしてくる。なにも言わないことによって、これは嫌だと示す。それが私はどうしても受け入れがたく、娘を思いきり睨んでしまうこともある。冷戦状態のように鳴っている気がするけれど、こういう時があってもいいと思う。夫は無関心だし、私だって反抗したい時ぐらいある。
 ドラマのストーリーはどんどん進んでいく。ちらりと娘を見ると、瞬きも忘れ、口をぽかんと開いている。かわいい、と反射的に思い浮かべる。どれだけ可愛くない行動をしたって、結局子どもはかわいいのだ。
 あっという間に時間が過ぎていく。今週も面白いまま、区切られる。そうしたら、来週のこの時間まで楽しみが継続される。ドラマは意外といいのかもしれない。もう少し興味を持ってみようかな、と考えていると、なんだか急に熱っぽい場面が映る。主人公とライバル組織の女が、意味ありげな視線を交わしている。
 あ、これは。そう思った瞬間、二人の顔が大きく映し出される。キスをしている。しかも、真夜中のベッドの上で。それに、深いやつだ。
 あらあら、と野次馬の意識で見入っていると、視線を感じる。まさかと思い、視線を娘の方へ向ける。すると、目が合った。
 娘は照れくさそうに私を見ている。耳がほんのりと赤くなって、瞬きが多くなっている。
 かわいい。
 私の頬は緩んでいた。ふふ、と声が漏れると、娘は目を逸らす。けれど、テレビの方に視線は向けない。だって、まだ二人は熱いキスをしている。
 恥ずかしいの、なんて野暮なことは聞かない。
 色気が溢れる場面が映し出されるテレビの前で、私は笑い声が堪えきれない。
 だって、かわいいのだ。父親の服と自分の服を一緒に洗濯することを嫌がる子が、無茶なダイエットに励もうとしている子が、やたらとお洒落に気を遣う子が、キスシーンで顔を赤くしている。
 かわいい、かわいい。瞬きしているうちに成長していく、と思っていたけれど、こういうところはまだ子どもだ。かわいくてたまらない。
 ふふふ、と止まらない私の声に観念したのか、娘も私の目を見て笑う。照れ笑いすらかわいい。
 ふふふ、と夜が更けていくリビングの中で、二つの音色の小さな笑い声が響く。
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