#20
文字数 2,723文字
“With All His Might”
「お、レキナちゃん。もう大丈夫なんすか? よかったー!」
「ええ、十分に休めたわ。ありがとう、ラタネ」
本能的にハカナの背筋が凍った。何故だかは彼自身もわからない。ハカナは恐る恐るその声の主を見た。
そこには廃墟の中で見た、蒼い髪の少女――レキナが部屋の入り口に立っていた。その少女の見た目は何よりも美しいはずなのに、ハカナはひどく恐ろしいものを見たような目になる。
「――――どーしたの、ハカナくん? 酷い顔色ッすよ? 他に痛むところが残ってるんすか?」
と、ラタネの心配そうな声にハカナはハッと我に返った。
「あ……いや……」
視線が定まらない中、彼はレキナと目が合い、反射的に逸らす。背中を伝う冷や汗が止まらない。
「…………」
レキナは無言でハカナのベッドの傍まで近付く。
「そう、ハカナっていうの。私はレキナ。よろしくね」
そう言ってレキナは右手をハカナに差し出した。その腕には包帯が何重かに巻かれていて、地肌を覗かせない。差し出された手を凝視するだけで、ハカナは動かなくなった。
「…………ん? どうしたの?」
レキナは不思議そうに小首をかしげる。そして、ハカナの顔を見て手を引っ込めた。
「おかしい……。何か間違ってるのかしら……。ラタネ、私、何か変なことしたかしら?」
「ううん? レキナちゃんのせいじゃないんじゃないッすかね? ほら、ハカナ君起きたばかりだし」
「あっ、いや……そういう訳じゃなくて……」
「んんー?」「?」
「その、手が……」
「手?」
レキナは包帯の巻かれた自分の手を、ためつすがめつして見る。
「……あぁ、なるほど」
何か合点がいったのか、おもむろに服でごしごしと手を擦り始めた。
「これで大丈夫……!」
しばらくして再度伸ばされた手の包帯は、心なしかさっきよりも綺麗になっている。
「…………」
どういう事なのかとハカナがレキナの顔を覗くと、「どうよ、これで文句ないでしょう」とでも言わんばかりに得意げである。見事なまでのドヤ顔だった。
「いや、そうじゃなくて……」
しかし、ハカナには次の言葉を声にして指摘する度胸がなかった。彼は顔を引きつらせ、視線がレキナの右腕へ釘付けになってしまっている。
そこでようやくレキナは気付いたのか、
「あぁ、成る程。……こっちのことだったのね?」
そう言いながら、何でもないようにレキナはその包帯を解いていった。その中からハカナを覗いてくる複数の紫眼。これは悪夢なのか。彼の視線と腕にある複数の視線が向かい合う。人の形をした、人では有り得ない造形にハカナは目眩を覚える。
(なんだったけな。そう、蓮コラだ。けれど、これは作り物 なんかじゃない)
本物だ。
そこで、ハカナは意識がなくなる直前の事を思い出した。灰色の荒廃した世界。機械の怪物。それに立ち向かった青年。怪物同士の相克、その後だ。
機械の怪物は動かなくなり、雷の怪物は門へ還っていった。直後、右手を抑えうずくまるレキナ。どうしたのかとハカナは駆け寄った。そこで見たもの。
彼女はこれ見よがしにハカナに右腕を差し出す。彼が視線をどこに動かしても眼と視線が交差する。
ぐるぐる。ぐるぐる。目が回りそうだ。
「もー、レキナちゃん。女の子がそんな男の子に肌を見せたりしちゃダメッすよー? 男は狼ッすよー!」
「……えっ」
ラタネの態度とハカナの感じているものの解離に彼は困惑する。彼女のレキナに対する言葉はただの、何気ない友人へのそれだ。
(……僕の感覚がおかしいのだろうか)
ラタネの能天気な言葉で我に返ったハカナは、恐る恐る手を伸ばす。そうして、握手しようとして――
「――そんなに怯えなくても、取って食べたり……」
「ひっ……」
食べたり。
その言葉に、またしてもハカナの手が引っ込まる。彼の手の平に汗が吹き出た。
「……しないわよ」
レキナはそんなハカナの不信な反応をきょとんとした顔で見つめて――――次に意地悪そうに笑った。
「ふふっ、何て間抜け面」
「んなっ……」
「あの感情希薄で冷血鉄面皮だったレキナちゃんが笑った……! やっぱりなんかあったんすね!? ハカナくん、一体何かしたんすか……!? 私らがいない間にどんな一大ラブロマンスが……!?」
「なにかって何!? というか、これを見てラブロマンスなんて言葉、何処から出て来たの……?」
わなわなと震え、感情豊かに信じられない、といった顔をするラタネ。
(さっきから言ってる事がところどころがおかしくないかこの子……!? というか、全体的に言動のネジが飛んでる気しかしないんだけど……! それに友人の評価がそんな悪口レベルだと流石に怒られるんじゃ――)
「らぶろまんす……? なるほど? これがそうなの……?」
とハカナがレキナを見ると、あっちはあっちで何か物思いに耽 って、ぶつぶつと独り言を言っている。
「…………」
訂正を試みるのも更に話が拗れる気がしたので、ハカナはそっとしておくことにした。彼にもその程度の人生経験はある。
(それにしても……ほとんど会話もしてなかったとはいえ、随分と初対面と雰囲気が違うなぁ)
閑話休題。少女二人の、主にラタネが姦 しい会話の横で、手汗をシーツで拭いながら、ハカナは頑張ってこれまでの記憶を整理を試みた。
しかし、彼が記憶をいくら呼び起こしても、怪物同士の戦いの後、レキナの腕を見たところから今に至るまで記憶が飛んでいる。
(僕は彼女に何かしたのだろうか……?)
いくらハカナが思い出そう記憶を呼び起こそうとも、靄 がかかったように思考が霧散する。
「……本当、あなたっておかしな人ね」
そんな事を言いながら、彼女はまるで珍獣でも見るかのように、物珍しげにハカナを覗き見る。ラブロマンスとは確実に無縁な目だ。
「……それってどういう――」
意味、とハカナはなけなしの勇気を出して彼女に向かって言おうとした所で、
「……戻ったぞ」
その言葉は別の誰かの声に遮られてしまう。ハカナが再び病室の入り口に視線を遣る。そこには青年と少年の二人、シンゴとセレンがいた。
「ケッ」
セレンがハカナと目が合った途端、不機嫌そうに彼を睨む。ハカナはすぐさま視線を横にずらした。そして、次にシンゴと目が合い、その鋭い目付きにやはり彼は萎縮してしまうのだった。
「お、レキナちゃん。もう大丈夫なんすか? よかったー!」
「ええ、十分に休めたわ。ありがとう、ラタネ」
本能的にハカナの背筋が凍った。何故だかは彼自身もわからない。ハカナは恐る恐るその声の主を見た。
そこには廃墟の中で見た、蒼い髪の少女――レキナが部屋の入り口に立っていた。その少女の見た目は何よりも美しいはずなのに、ハカナはひどく恐ろしいものを見たような目になる。
「――――どーしたの、ハカナくん? 酷い顔色ッすよ? 他に痛むところが残ってるんすか?」
と、ラタネの心配そうな声にハカナはハッと我に返った。
「あ……いや……」
視線が定まらない中、彼はレキナと目が合い、反射的に逸らす。背中を伝う冷や汗が止まらない。
「…………」
レキナは無言でハカナのベッドの傍まで近付く。
「そう、ハカナっていうの。私はレキナ。よろしくね」
そう言ってレキナは右手をハカナに差し出した。その腕には包帯が何重かに巻かれていて、地肌を覗かせない。差し出された手を凝視するだけで、ハカナは動かなくなった。
「…………ん? どうしたの?」
レキナは不思議そうに小首をかしげる。そして、ハカナの顔を見て手を引っ込めた。
「おかしい……。何か間違ってるのかしら……。ラタネ、私、何か変なことしたかしら?」
「ううん? レキナちゃんのせいじゃないんじゃないッすかね? ほら、ハカナ君起きたばかりだし」
「あっ、いや……そういう訳じゃなくて……」
「んんー?」「?」
「その、手が……」
「手?」
レキナは包帯の巻かれた自分の手を、ためつすがめつして見る。
「……あぁ、なるほど」
何か合点がいったのか、おもむろに服でごしごしと手を擦り始めた。
「これで大丈夫……!」
しばらくして再度伸ばされた手の包帯は、心なしかさっきよりも綺麗になっている。
「…………」
どういう事なのかとハカナがレキナの顔を覗くと、「どうよ、これで文句ないでしょう」とでも言わんばかりに得意げである。見事なまでのドヤ顔だった。
「いや、そうじゃなくて……」
しかし、ハカナには次の言葉を声にして指摘する度胸がなかった。彼は顔を引きつらせ、視線がレキナの右腕へ釘付けになってしまっている。
そこでようやくレキナは気付いたのか、
「あぁ、成る程。……こっちのことだったのね?」
そう言いながら、何でもないようにレキナはその包帯を解いていった。その中からハカナを覗いてくる複数の紫眼。これは悪夢なのか。彼の視線と腕にある複数の視線が向かい合う。人の形をした、人では有り得ない造形にハカナは目眩を覚える。
(なんだったけな。そう、蓮コラだ。けれど、これは
本物だ。
そこで、ハカナは意識がなくなる直前の事を思い出した。灰色の荒廃した世界。機械の怪物。それに立ち向かった青年。怪物同士の相克、その後だ。
機械の怪物は動かなくなり、雷の怪物は門へ還っていった。直後、右手を抑えうずくまるレキナ。どうしたのかとハカナは駆け寄った。そこで見たもの。
彼女はこれ見よがしにハカナに右腕を差し出す。彼が視線をどこに動かしても眼と視線が交差する。
ぐるぐる。ぐるぐる。目が回りそうだ。
「もー、レキナちゃん。女の子がそんな男の子に肌を見せたりしちゃダメッすよー? 男は狼ッすよー!」
「……えっ」
ラタネの態度とハカナの感じているものの解離に彼は困惑する。彼女のレキナに対する言葉はただの、何気ない友人へのそれだ。
(……僕の感覚がおかしいのだろうか)
ラタネの能天気な言葉で我に返ったハカナは、恐る恐る手を伸ばす。そうして、握手しようとして――
「――そんなに怯えなくても、取って食べたり……」
「ひっ……」
食べたり。
その言葉に、またしてもハカナの手が引っ込まる。彼の手の平に汗が吹き出た。
「……しないわよ」
レキナはそんなハカナの不信な反応をきょとんとした顔で見つめて――――次に意地悪そうに笑った。
「ふふっ、何て間抜け面」
「んなっ……」
「あの感情希薄で冷血鉄面皮だったレキナちゃんが笑った……! やっぱりなんかあったんすね!? ハカナくん、一体何かしたんすか……!? 私らがいない間にどんな一大ラブロマンスが……!?」
「なにかって何!? というか、これを見てラブロマンスなんて言葉、何処から出て来たの……?」
わなわなと震え、感情豊かに信じられない、といった顔をするラタネ。
(さっきから言ってる事がところどころがおかしくないかこの子……!? というか、全体的に言動のネジが飛んでる気しかしないんだけど……! それに友人の評価がそんな悪口レベルだと流石に怒られるんじゃ――)
「らぶろまんす……? なるほど? これがそうなの……?」
とハカナがレキナを見ると、あっちはあっちで何か物思いに
「…………」
訂正を試みるのも更に話が拗れる気がしたので、ハカナはそっとしておくことにした。彼にもその程度の人生経験はある。
(それにしても……ほとんど会話もしてなかったとはいえ、随分と初対面と雰囲気が違うなぁ)
閑話休題。少女二人の、主にラタネが
しかし、彼が記憶をいくら呼び起こしても、怪物同士の戦いの後、レキナの腕を見たところから今に至るまで記憶が飛んでいる。
(僕は彼女に何かしたのだろうか……?)
いくらハカナが思い出そう記憶を呼び起こそうとも、
「……本当、あなたっておかしな人ね」
そんな事を言いながら、彼女はまるで珍獣でも見るかのように、物珍しげにハカナを覗き見る。ラブロマンスとは確実に無縁な目だ。
「……それってどういう――」
意味、とハカナはなけなしの勇気を出して彼女に向かって言おうとした所で、
「……戻ったぞ」
その言葉は別の誰かの声に遮られてしまう。ハカナが再び病室の入り口に視線を遣る。そこには青年と少年の二人、シンゴとセレンがいた。
「ケッ」
セレンがハカナと目が合った途端、不機嫌そうに彼を睨む。ハカナはすぐさま視線を横にずらした。そして、次にシンゴと目が合い、その鋭い目付きにやはり彼は萎縮してしまうのだった。