第1話 月の光が重なる

文字数 1,965文字

「とはずがたり」は13世紀、鎌倉時代の二条という後深草院に仕えた女房が書いた自伝的文芸です。

 内容や背景は追々説明することになりますが、いちばん興味をそそられるのは副題にしたように後深草院を始めとして、皇族や貴族と次々と関係を結んでいく様子をかなり露骨に描いているところにあるでしょう。それもただ男遍歴ってだけじゃなくて……まあ、それも追々。

 で、この作品はずっと埋もれていて、よりにもよって戦時下の昭和13年(1938年)に宮内省の図書寮で発見されたんです。もちろん皇国史観真っ盛りの当時、皇族たちの乱れた性生活が書かれた本を明らかにするわけにもいかず、知られるようになったのは戦後になってからでした。

 でも、内容が興味深いからなんでしょう、皇居から見つかった書写本1冊しかないにもかかわらず、とても研究が進みました。おまけに瀬戸内晴美(寂聴)さんが「中世炎上」って小説にしたり、「あさき夢みし」って映画にもなっているそうです。それで、瀬戸内さんの小説(瀬戸内寂聴全集で500ページほどの長編です)も適宜ダシにしながら何回かに分けて紹介したいと思います。もちろん興味深いところだけ。

 まず、いきなり原文を掲げます(新潮日本古典集成64ページ)。

 十二月(しはす)には、常は神事なにかとて、御所ざまはなべて御ひまなきころなり。私にも、年の暮は何となく、行ひをもなど思ひてゐたるに、あいなく言ひならはしたる十二月の月をしるべに、また思ひ立ちて、夜もすがら語らふほどに、やもめ烏のうかれ声など思ふほどに、「明け過ぎぬるもはしたなし」とて、とどまりゐ給ふも、そらおそろしき心地しながら、向ひゐたるに、文(ふみ)あり。

 この部分は全5巻中、第1巻の後半なんですが、ここまでのところで、二条は後深草院(御所)に処女を奪われて(その時の描写は「薄き衣はいたく綻びてけるにや、残る方なくなり行く」とかなり露骨です)、側室のようになってたんですが、その前からの初恋の人、西園寺実兼(この人も後年、太政大臣になった第一級の貴族です)がいたことが語られています。

 それで、この部分は簡単に言うと年末で院が忙しいのをいいことに自宅に下がって、実兼と一晩中いいことしちゃってたら院から手紙が着ちゃいましたってことです。でも、さすがにこんなことしてていいのかな(そらおそろしき心地しながら)とは思ってたんですね。で、院の手紙の内容ですが、

 いつよりもむつましき御言の葉多くて、

 「うば玉の夢にぞ見つる小夜(さよ)衣 
  あらぬ袂(たもと)を重ねけりとは

 さだかに見つる夢もがなとあるもいとあさましく、何をいかに見給ふらん」とおぼつかなくも覚ゆれども、思ひ入り顔にも何とかは申すべき。

  ひとりのみかた敷きかぬる袂には
  月の光ぞ宿り重ぬる

 われながらつれなく覚えしかども、申しまぎらかし侍りぬ。

 院の手紙にはいつもより愛情あふれる言葉(むつましき御言の葉)が多かったんですが、添えられた歌が問題で、「夢で、おまえが他の男と袂を重ねているのを見たよ」って言うんですね。

 ドキッてところです。「さだかに見つる夢もがな」はっきりと見た夢だったらなあなんて、カマをかけてるんでしょうか、解釈がむずかしい感じの表現です。

 それで、あわわ、何をご覧になったのかしら、まさか「思い入り顔にも」ピンポーンですって言うわけにもいかないんで、「独り寂しく寝ている私の袂には、月の光が毎晩来ているだけですわ」って歌を返しました。

 我ながら図々しいわねって思うけど、ごまかしちゃったのということですね。……この返歌は瀬戸内さんも丸谷才一も高く評価してるらしいんですが、わたしは実用上はちょっとまずいような感じがしています。

 だって、「月の光って誰だよ」って訊きたくなりますから。そこを瀬戸内さんはうまく利用しています。

 (院の)お使いをようやく帰したと思うと、実兼はふたたび蔀戸をおろしてしまって二条を押し倒した。
「さあ、私は月の光ですよ。あなたは不義をしているのではない。ただ月の光に濡れているだけだ。ね、そうでしょう」
 二条はどこにこんな大胆な裏切りの出来る自分がいたのかと、われながら呆れる想いで、実兼の胸の中にしっかりとしがみついていく。(全集第8巻175ページ)

 この作品は最初にも言いましたが、1冊しか底本がないのと言い回しが独特なところがあって、いろんな解釈があります。

 この部分もそうで、いちばんすごいのは相手が実兼ではなく、「とどまりゐ給ふ」の主語は別の皇族の誰かだったというものです。つまり三股目ってことですね。

 ……言い忘れましたが、この時、彼女は16歳、もちろん数え年で、しかもこの年の2月には院の子を産んでいます。しかし、こんなのは序の口に過ぎません。

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