第8話   五年後の二人 2

エピソード文字数 4,564文字



 その後も俺が危惧していたような事件は起こらず、時が過ぎてゆく。

 聖奈は白竹さんや染谷くんには普通に接しており、他の女子生徒とも普通に喋っていた。


 口調は昔と変わらず上から目線だが、それ以外は目だった部分もなく、上手くやっている感半端なかった。



 そしてHRの最中だった。

 俺にラインを送ってきたのは聖奈である。



 

【今から少しだけ時間ある?】と。

 その内容を理解すると、俺はカッと目開いていた。

 




 ……来た。接触してきた。





 返事は勿論イエスと返すと、校門近くに車があるので付いて来て欲しいと返って来た。




 車? じゃあもしかして平八(へいはち)さんもいるのだろうか?


 ちなみに平八さんとは、聖奈専属の運転手で、身の回りをお世話する人だと思って欲しい。




 そんな運転手がいるくらいだから、聖奈の家はとんでもないお金持ちだ。

 昔住んでた家は規格外の大きさだったし、自分でも「お金持ちよ」とか言ってたからな。




 そっか。平八さんも一緒なのかな?

 昔と変わってないな……マジで。 




 それはそうと……ラインを送ってきた聖奈は、俺と視線が合うなり、またまたニューフェイスをお見舞いしてくれた。



 

 え? なに? 何だその顔。


「…………」



 何でお前……もしかして恥ずかしがってるの?


 ありえねぇ! 聖奈が恥ずかしがるって一体なんの前触れなんだよ。




 聖奈とは思えない仕草を連発され、戸惑うばかりだがったが、接触してきたと思った瞬間、俺の脳内は真剣モードへと変化していた。





 

 聖奈よ。お遊びはここまでだ。   

 俺もな。あの頃とは違うんだよ。





 俺がこの高校にかける意気込みは、並大抵のものじゃない!

 せっかく楽しくやれそうなのに、ここでお前に邪魔される訳にはいかないんだ。




 昔のノリで迫ってくるようなら、俺は極限まで反抗するだろうし、お前が武力行使してくるなら、ねじ伏せる覚悟だってあるさ。




 穏便に話はしたいが、俺の主張したい事はハッキリと言わないと。



「黒澤君。帰らないの?」
「ごめん染谷君。ちょっと担任に呼ばれてて職員室に行かないと」
 すまない染谷くん。一緒に帰ろうってラインで送ってくれたのに。俺の妙に真剣な顔を悟ったのか、彼は手短に挨拶すると教室から消えていった。
「じゃあみなさん。さよ~なら~」
続いて聖奈や白竹さんが教室から消えると、俺一人になる。
 よし行こう。

 聖奈とはちゃんと話しておかないと。そう何度も自分に言い聞かせる。




 無視するわけにはいかない。これは避けて通れない道。

 あいつは俺達一家の入れ替わり体質を知っているのだ。



 最悪その件だけでも内密にしてもらわねば。俺達はまた違う場所に引っ越しだ。


 凛だってこの学校では上手くやっているようだし、俺のせいで家族に迷惑をかける事だけはしたくない。


 この話し合いは絶対に……シクる訳にはいかないのだ。






 ※




 他の生徒が下校した後、カモフラージュの為に職員室まで来ると、その前をウロウロしてから校舎から出た。平然を装って校門を潜ると、右手に見えたのは黒塗りの高級車だった。




 間違いない。あの車だ。

 昔の記憶と完全一致すると、妙に懐かしく感じてしまう。


  

こっちよ

 後部の窓から聖奈の顔が見えると、俺と目が合うなりすぐに引っ込んだ。その後、車がゆっくり発進すると学校を左折してゆく。


 確かに校門前であんな車に乗り込んだらまずいよな。目立ちすぎる。場所を変えるのだろう。




 俺は歩いて車を追うと、曲がってすぐの場所に高級車が止まっていた。

 後ろのドアが開くと、それを見た俺も小走りになり、ささっと車に乗り込む。




 ドアが閉まった時点で自然と溜息が漏れると、ルームミラー越しに視線を感じた。



蓮ぼっちゃま。お久しぶりでございますな
平八さん……お久しぶりです
とても逞しくなられましたな。平八は嬉しゅうございますぞ

 ルームミラー越しに見える平八さん。

 あの頃とあまり変わらない感じだった。銀髪にインテリメガネも相変わらずで、独特な喋り方が耳に入ってくると、とても懐かしく感じられた。



 まるで過去に戻ったみたいだ。



 この車ごと、この空間ごと時が止まっているのかさえ思ってしまう。この車で……俺は色々な場所に連れて行かれたんだよな。





 あれから五年も経つのか……

 聖奈が海外に転校して、俺達は別々の人生を過ごし、再び巡り合うとは。




 でもな聖奈。平八さん。

 俺はもう……あの頃の俺じゃねぇんだ。




 俺がこの高校に賭ける意気込みを、二人に分かってもらいたいんだ。

 




 ※


「平八。出して」
「かしこまりました」

 車はしばらく進み細い路地を入ると、その先にある公園の前で停車した。

 ドアを開けない所を見ると、この場所で話す気なのだろう。

「で、お話って何ですか? 美神さん」

 俺は先手を取った。話があると言ったのは聖奈だしな。

 お前から話をするのが筋だろう?



 だが聖奈は話をする態度も見せず、下を向いたままだった。


 暫くして小さな声を出したかと思えば、俺に対してではなく、平八さんに問いかけていた。

……平八
分かりました。では平八めが説明いたしましょう

 ん? 何だこの弱々しい聖奈は。

 まるで平八さんにヘルプしているようにしか見えないぞ。

 

蓮ぼっちゃま。一つお願いがございます。

できれば……昔のようにお名前で呼んであげて下さいませぬか?

いや。それは……

 それは駄目だ。 俺は昔のような関係は望んでいない。


 だからお前を下の名前で呼ぶのは、もうやめようと思ってるんだ。

お願いします。蓮ぼっちゃま。この平八のお願いを……聞いては下さいませぬか?


 そう言って僅かに頭を下げ、目を閉じる平八さんを見ると、強硬姿勢だった自分がクールダウンしてゆく。



 ……平八さんに頭を下げられると弱い。


 俺と一緒に聖奈に引っ張り回される立場だったから、妙な仲間意識があるというか、聖奈がいない場所では励まされたり、優しかったから。



 でも、俺だって……

 ここは引き下がる訳にはいかない。


しかし……俺はその、む、昔のように馴れ馴れしく接するのは……ちょっと出来ない、

で、出来ません

 言葉に詰まりながらも意思表示する。


 こうしないと昔の立場に逆戻りになる気がするんだ。

 それだけは何としてでも阻止せねば。

この高校からは俺も……色々と変わりたくて……

だから気軽に喋り掛けるんじゃなくて、普通の関係として、考えてるんです。

そうですか……失礼致しました

 そんなやり取りの間、聖奈は一切こちらを向かず下を向いたままだ。


 俺の知る聖奈とはあまりにもかけ離れた態度に、思わず「どうしたんだ?」と問いかけても、逆に顔を背けられてしまう。

聖奈お嬢様。如何致しましょうか? この平八めが経緯をお話してもよろしいでしょうか?
お願い……
 聖奈、お前……一体どうしちまったんだ?

 まるで平八さんに全てを任せるといった態度に、非常に違和感を感じる。


 全然お前らしくない。

 俺の知らない間に、何が起こったっていうんだよ。




 ※

 聖奈との付き合いは幼稚園に入るか入らないか、その頃から小学生四年までの付き合いだった。



 急な海外への引越しは、親の都合だったそうだ。

 あの頃は全然知らなかったが、聖奈の親父さんが設立した「美神グループ」が経営難の危機にあったらしい。



 それから五年。何とか会社を持ち直した美神家は、日本へと帰る事となった。そして高校へと戻ってきたのだと言う。

でも偶然ですね。俺と同じ高校になるなんて
実はこの高校に蓮ぼっちゃまが在籍するのは知っておりました
 えっ?
蓮ぼっちゃまのお父様と連絡を取っておりましたゆえ
じゃあ……親父から聞いたって事ですか?
左様です。麗斗さんとは旧知の仲ですからな

 全然知らなかった。

 平八さんと親父が今でも繋がっていた事など……



 確かに親父が平八さんと喋っているシーンは何度か見た事があるが、それにしても意外だった。

さて、蓮ぼっちゃまにはもう一つ聞いて欲しい事があるのです。それは……海外に引っ越された後の聖奈お嬢様について少しばかり説明させてもらいます

 淡々と喋る平八さんだったが、聖奈はずっと下を向いたままだ。

 平八さんの顔はいたって無表情。この人はいつもそうだからな。

引っ越されたばかりのお嬢様は、それはもう……手に負えないほどの暴れっぷりでして

 それは何となく分かるし、聖奈なら普通だろと思ってしまった。

 横で大人しく座っている方が異常なのである。

ずっと楓蓮お嬢様の名を呼び、嘆き悲しんでおりました

聖奈が? それは……あまり信じられないというか……



そりゃ虐める対象がいなくなったからとか、単純な理由じゃないのか?



それよりもさ、さっきから気になってるんだが、

ってかお前さ。何で平八さんにこんな事言わせるんだよ。


自分の事だろ? そのくらい自分で「

お待ち下さい! 蓮ぼっちゃま
俺の言葉を遮ってまで平八さんが制止するのだった。
最後まで聞いてください。今の聖奈お嬢様には……喋る事が出来ないのです

は? 何で? 喋れない? 意味がわかんねぇ。



思わずエキサイトしそうになったが、平八さんの鋭い眼差しを見た時点で、ぐっと堪える。




その代わり小さな溜息をついた。
そんな俺の様子を察したのか、平八さんは「手短にお話します」と言いながら続ける。



聖奈お嬢様がジュニアハイスクールに在籍中の事でした。その頃に事件が起きたのです
階段の一番上から転がり落ちた聖奈お嬢様は、一命を取り留めたものの、そのショックで昔の記憶が……断片的に無くなってしまったのです

 えっ?


 ま、まてまて。

待ってください。そりゃ何ですか? 昔の記憶が無いとでも言うんですか?
左様です。日本にいた頃の記憶はほぼ……覚えてらっしゃらな「
待って下さい!

 今度は平八さんの言葉を遮る。


 こりゃダメだ。このパターンはダメな奴だ!


 とてもじゃないが我慢できねぇ!

悪いがそれは信じられない! 信じられる訳がない!
蓮ぼっちゃま。こ、今度は……

平八さん。それはあなたも知ってるでしょう?

しかも平八さんだってグルになって騙したことは……忘れてませんよ

聖奈の記憶がなくなる。実はこれが初めてじゃない。 こいつは記憶が無くなったフリをして、俺を二度も騙したという前科持ちなのだ。




ああっくそ! 無性に腹が立ってきた。
あの時のトラウマだけは忘れてなるものか!




ってかお前は何も変わってねぇな。
高校生にもなって、また俺を騙すつもりなのかよ!


そんなつまらん話なんて聞きたくもねぇし、付き合うつもりもな「
ごめんなさい……

 そうは言うものの、俺とは決して目を合わせようとしなかった。




 一気に重い空気が流れ、俺も平八さんも黙ってしまう。

 暫くの沈黙の中、聖奈は急に顔をあげると、さっきまで汐らしかった聖奈の態度が豹変するのだった。



 溜まっていた感情が爆発したのか、聖奈は俺をまっすぐと見つめてくる。

 その瞳は僅かに潤んでおり、眉尻を下げ、顔を歪ませるのだ。




 その様子を見ていた俺は……

 ギュっと胸が締め付けられるような錯覚に陥っていた。

本当に……本当に覚えてない。


ごめんなさい……

聖奈が平謝りするその姿に、これが演技だとは到底思えなかった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

キャラのプロフィールは、章の始まりにも記載しています。


ここに記載されているのは主要人物です。

その他の登場人物は章の始まりなどに記載しています。


読者視点は神視点。

物語の中の人達が知らないことを全部見る事ができます


また、二章からはキャラの心の声まで聞こえます(フキダシが灰色)

 ★ 黒澤 蓮 くろさわ れん


 本編の主人公。高校一年


 男女入れ替わり体質。
 
 弟の凛と共に、新天地で新たに生まれ変わろうと、楽しい学校生活を送ろうとする。友人作りに重きを置き、人との付き合いにはとても慎重である。


 とても弟思いの良いお兄さん(お姉さん)

 ★ 白峰楓蓮 しらみねかれん


  蓮の女性の姿。白峰というのは偽名。

  黒澤家とは繋がりを見せないように演じる。


  心の中は男の子なので、女の子のファッションやらに興味が無い。

  とても美人なのにあまり自覚がなく、女性の姿はオマケだと思っている。

 ★ 黒澤 凛 くろさわりん


 小学校六年生


 男女入れ替わり体質。

 

 兄である蓮を慕い、とっても素直で女の子のような性格。
 ことある毎に兄に甘えてしまい、いつまで経っても、子供のままなので、蓮は凛の将来をとても心配している。



 ★ 白峰 華凛 しらみねかりん


 凛の女性の姿。

 外部との接触が無いので、彼女の存在を知るのは家族だけ。

 楓蓮と違い、おしゃまさん。


 ★ 美神聖奈 みかみせいな


 高校で蓮と同じクラスとなる。実は小学四年生までの幼馴染。


 容姿端麗。成績優秀。運動神経抜群。リーダーシップ抜群。お金持ち。

 など、全てを兼ね備えている人。


 二人目の主人公。

 ★ 白竹 美優 しらたけ みゆう


 蓮と同じクラスとなる。ピンクの髪が目立つ美人。

 自分の家の喫茶店で働いており、メイド服で接客をこなす。


 学校と喫茶店では、雰囲気がまるで違うのには理由があり……

 

 三人目の主人公。 

 

 ★ 白竹魔樹 しらたけまき


 蓮の隣のクラス。美優は双子の姉弟。


 学校ではとてもクール。喫茶店では男の娘?

 双方を知る蓮にとっては、非常に疑問な人物。


 四人目の主人公

 ★ 染谷龍一 そめやりゅういち


 蓮と同じクラスとなり、前の席という事で付き合い始める。

 わりと積極的。学校ではいつも笑顔で誰にでも優しいが……

 

 五人目の主人公

 ★ 平八 へいはち 


 聖奈専属の運転手。

 黒澤家の秘密を知っており、蓮の親である麗斗(れいと)とは旧知の仲



ビューワー設定

背景色
  • 生成り
  • 水色