今だけは
文字数 335文字
夕闇震える陽炎と
曇り顔した自転車に
少女は足を掴まれて
灯りもつかないこの道で
蝉は頭で泣き叫ぶ
あの時水は笑っていた
黄色い匂いの茎に触れ
あの時水は笑っていた
白い校舎の影を嗅ぎ
微かに水は笑っていた
夕闇消えゆく陽炎と
陰気な顔した自転車に
少女は少しよろめいて
灯りもつかないこの道で
蝉は頭を切りつける
机の上の殴り書き
割れる花瓶と高い声
吐いて見慣れた赤の鉄
白い校舎の影の中
濡れてしゃがんだ長い髪
夕闇見えず陽炎見えず
死んだ顔した自転車を
少女は驚き手放した
灯りもつかないこの道で
震える煙と笑う水
幾度も水は語りかける
茶色い匂いの制服に
幾度も水は語りかける
ピンクの幼いチューリップ
一輪だけに水をやり
夕闇見えず陽炎見えず
蝉は地に落ち鳴き止んだ
お互い汚れた布切れと
古い木目のバス停で
揺れる煙と長い髪