第3話-⑤
文字数 983文字
吉野に着くと、私たちは姉上が度々訪ねたことがあるという僧坊へ向かった。
主の僧が『この春は遅いお出ましでしたね。桜も半分は散ってしまいました』などと言う。
私たちは夕餉をいただき、そのまま泊ることにした。
翌朝、空は霞がかっていたが、次第に晴れていくと、辺りをはっきり見渡すことができた。
ここかしこに僧坊がある。
鳥たちはさえずりあい、草花が咲き誇っていた。
僧坊の主が、
『あなた様のように初めて参った人には、滝のあたりが見所多いことでしょう』
と言うので、
私は姉上たちと離れ、真女子とまろやを伴い谷をめぐり、下った。
此処は昔、御門の行幸があったという。
その離宮の辺りでは、滝の瀬はいよいよ激しく、音を立てて流れており、
鮎が流れに逆らい登っていた。
まことにおもしろく、風情がある。
持参した弁当を並べ、風光明媚な山景色を三人で楽しんだ。
しばらくして、岩根づたいにこちらへ来る人があった。
見れば、麻糸をたばねたような乱れ髪をした翁であった。
私たちのすぐそばまで寄り来ると、
怪訝そうな目を、真女子とまろやへ向けた。
真女子とまろやは避けるように翁に背を向け、
私の袖をくいとつかみ、場所を変えようと言う。
と、私たちが立ち上がったときだった・・・・・・
翁がずんずん歩み寄り、真女子との間合いを詰めていく。
私は割って入り壁となり、行く手を塞いだ。
翁は真女子をキッと睨みつけた。
と、まろやと二人、ともにひどく怯えた顔を見せると、逃げるように駆け出した。
翁が私を押しのけたとき、真女子とまろやは滝壺へ飛び込んでいた。
と、墨をこぼしたような黒雲が急にたちこめてきて、
激しい雨が降り出し、大地を叩く。