第4話 押しかけ女房

文字数 1,178文字

 結論からいうと、そのまま三人(三匹?)は狭い部屋に()みつくことになった。
 ありえない話だ。もちろん十文字もそう思う。
 だが、なにしろ彼は疲れきっていた。朝から晩まで、いわゆる社畜のように働き詰めで、深夜に帰宅したとたん意識を失うようにして眠る。そんな毎日のなかで、降って湧いたようなこの珍事に向き合う余裕などない。
 なにも考えずに受け入れるのがもっとも楽な選択だった。

 困ったことに、というべきか、招かれざる客であるはずの三人が現れてから、十文字の生活環境は格段に向上していた。
 深夜に帰宅すると部屋には(あか)りが(とも)り、なにかしらの食事が用意され、風呂上がりに吸い込まれるように向かう布団は天日干しされてふかふかになっているのだ。
 (ありがたいけど)
 (どんどんダメ人間になっていく気がする)
 身に覚えのない恩返しとやらに甘えて世話を焼かれ、上げ膳据え膳の生活を送っている。かといって、彼らを養うだけの甲斐性などなく、はじめのうちは渡していたなけなしの生活費も最近では受け取りを拒否され、どうやら彼らの収入からやりくりをされているようなのだ。

 十文字が仕事に出かけているあいだ彼らがなにをして過ごしているのか、皆目(かいもく)見当もつかない。
 だが、十文字の知らないところでなにやら精力的に活動しているらしい、というのはそれとなく伝わってくる。
 問題は、銀髪だった。

 奇妙な共同生活を始めるうち、名前がないと不便だなと思い、彼らに名を尋ねてみると、みな一様(いちよう)
「名前はない」
 という。人間のように個体を識別する必要がないのか、その辺りの詳しい生態は十文字にはわからないが、とにもかくにも、名前がないのは不便である。
 そこで、各自の了承を得たうえで、十文字がそれぞれに名前をつけることになった。
 単純に、髪の色で。

 黒髪は、クロと呼ぶにはいささかの抵抗を感じたため「緑」という名前にした。「緑の黒髪」の緑だ。彼女のような艶やかな黒髪をそう表すらしく、理由を説明すると、緑はまんざらでもないというふうにうなずいた。

 茶髪は、琥珀(こはく)にした。明るく柔らかな印象の彼女に似合うと思う。うれしい、と無邪気に喜ぶ姿を見て「かわいいな」と思ったのは内緒にしておく。

 銀髪は、そのまま「銀」である。それ以外にないだろう。緑と同様に寡黙で必要最低限しか話さないし、なにを考えているのかわからない。
 それだけなら問題はないのだが、なんというか、十文字に対する独占欲のようなものがほかの二人とは桁違いなのだ。

 狭い部屋なので、夜寝るときには三人は元の姿に戻って、布団に集まって寝る。銀は、いったいなにをしているのか、夜は不在のこともたびたびあったが、そのほうが平和、といえるような事態もちょくちょく発生した。
 違和感を覚えて夜中にふと目を覚ますと、人間の姿になった銀が十文字の上にのしかかっていた。
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