第21話 戦闘放棄――霜月 類 3

文字数 2,942文字

 灰色の細い枠にふちどられたソリッドブラックの四角形。真ん中に心電図のような白い線がピッと走り、徐々に四角形の中に画像が広っていく。
 類、一草、理央、澪の四人は息をつめてパソコンの画面を見守っていた。電波の状況が悪いのか、画面には時々砂嵐が混じる。それでも画面の向こうに、自分たちと同じ年頃の少年が座っているのが見えた。鋭い目つきのやせ形の男だ。体にぴったりとした防護スーツが、ひとすじの贅肉もない黒蛇のような体躯をより際立たせている。
『如月遥馬だ』
 座った男は、やや顎を上げて見下ろすような不遜な態度でそれだけ言った。彼のやや後ろの左側には中学生くらいのまだ顔つきの幼い少年が、ロングバレルの銃器を軽々と片手で抱えていた。太刀持ちの小姓のような風情だと類は思った。少年の顔に表れる純粋な忠誠心がそんなものを発想させるのだろう。
「僕は霜月類という」
 穏やかにきりだす。
『この島で一番の有名人を我々が知らないとでも?』
「それは光栄だ」
 類が微笑んでも遥馬はにこりともしなかった。
『この茶番はなんだ?』
「理央にアクセスしてもらった」
 遥馬は、ふう、と疲れたように息を吐いた。
『で? 次の台詞はなんだ? お友達になろう、か?』
 類は笑い出した。
「本当に、君は僕をよく知ってるみたいだね」
 そして、やや声のトーンを落とした。
「さすがの僕も君に『お友達になろう』って言えるほど無邪気でもなくなったよ。それでもあえて言いたいな。遥馬、この難局を死人を出さずに乗り切る方法を一緒に考えないか」
『交渉術の初歩だな。味方になったように錯覚させる言い方だ』
「僕は、味方だと思ってるんだけど」
『お前は両足の自由を奪われてまだわからないのか。周囲の人間がどんなにお前たちを恐れているか』
「それは一般の人たちの話だ。君たち特殊武装班のみんなは、僕らに匹敵するくらい強いと思っている」
 すうっと細めた遥馬の目が、周囲の温度を下げる。顔に不快ないろを隠しもしない。
『生まれつきの奇形と一緒にするな。俺たちは戦うための力を、たくさんの犠牲をはらって手に入れた』
「訓練は大変だったろう。でも、僕らも不自由な生活を強いられている。君たちもいろいろ事情があってここにいる。僕らの境遇は似ていると思わないか?」
 遥馬は前に乗りだした。類の側からは、四角い穴をのぞき込んでいるかのように見えた。
『お前は俺にすり寄って、一体どうしたいんだ?』
 類はあくまで微笑をたたえたまま、ゆっくりとしゃべる。
「僕の最終目的は、プラチナベビーズを人間として認めてもらうことだ。そのために、今の状況を平和的に解決したい。今、問題になっているのは真尋が監視から逃れたことなんだろう? 彼女がおとなしく研究棟に戻れば全て解決する、違うか」
『違うな。真尋は元班長春待太一をたぶらかして俺たちを裏切らせた。春待太一は現在本土の病院に入院中で、全治二ヶ月の重傷だ。真尋はすでに人を傷つけている』
「それは真尋が直接やったのか?」
 遥馬は黙った。
「君たちは何か事情を隠してるんだろう。二人は恋人同士だった、違うか」
 類は午前中の真尋の言葉を反芻していた。
 ――だってもう、一番大切だったものを犠牲にして逃げてしまったんだ。
 ――好きだったんだ。本気だったんだ。でも、このままじゃ結ばれない。だから、私たちはこのやり方を選んだ。
 あの切なげな言葉から導き出した推論だ。
 遥馬の顔に動揺が見てとれた。
『やめてくれ』
「遥馬、つまり、プラチナベビーズと人間は愛しあったんだな」
 類は感慨深く一つ深呼吸した。これが本当なら、プラチナベビーズの人間性を証明する確固とした証拠となるはずだ。
『現実を見ろ。それがこういう摩擦を生んでいる。俺達は敵対しているじゃないか』
 うんざりした口調で遥馬が吐き捨てた。
「遥馬。単刀直入に訊こう。君たちを動かしているのは、金の力か? それとも僕らに対する恐れか?」
「金だ」
 即答だった。
「そうか。でも金で命は買えない。考え直してくれないか。僕はここで誰の犠牲も出さずに終わりたい。君だって仲間を失いたくはないはずだ」
 遥馬は冷笑で答えた。
『金よりも大切なものがあるなんて説けるのは、ある程度の金を持っている人間だけだ。そう、お前みたいに。著名な国際弁護士霜月耕三の一人息子、類。俺たちがお前に譲歩するための条件として、俺はトゥエルブ・ファクトリーズと同じだけの契約金を要求する。つまりここに残った監視者一人につき、二千万円だ。現在三十八人残っている。総額七億六千万円。それがお前とその兄弟の身代金だ。用意できたら、また連絡してくれ。さあ、お坊ちゃま、自分の理想を追求するためにお父様に泣きつけよ』
「……遥馬」
 遥馬は挑戦的な目で類を見返した。試すような顔でじっと見る。
『類、今感じてることを正直に言えよ。きれいごとばっか並べたてても、俺には響かねえよ』
「……今、僕が思ったこと?」
『俺を軽蔑してるだろ。命を買い取れなんて、まるで誘拐犯やテロリストみたいだって。本当のことを言えよ。「軍需の、兵器産業の金にたかるお前らみたいなウジ虫がいるから、いつまでたってもこの世界から戦争がなくならないんだ」って、口に出して言えよ』
 類は黙った。
 ふと、遥馬は視線を奧へ送る。
『姉さん、いつまでそいつの後ろにいるつもりなんだ。こいつは弁が立つだけで何も解決できないぞ』
 理央は寂しげな表情で、しかししっかりと遥馬の視線を受けて立った。
「遥馬。私は類の考えに一票入れる。人命はお金には替えられない。私はまた惨めな生活に戻ってもいい。それでもいいから、遥馬に生きていて欲しい。遥馬、あの時守ってあげられなくてごめんね。私はあれからずっと後悔してる。遥馬が恨んでいるのはお金のない生活じゃない。私があなたを傷つけたことでしょ?」
 遥馬は答えなかった。しかし、一瞬理央に見せた瞳は何か訴えるように幼く見えた。
 理央がさらに何か言いかけたとき、砂嵐がその姿を奪った。通信が途絶える音がした。遥馬のほうから切ったのかどうかはわからなかった。
「ま、ファーストコンタクトはこんなものかな。でも、僕は交渉をあきらめない」
 類は重苦しい沈黙を破るようにそう言うと、ふいに、ぱんと両手を打った。
「お腹すいたな。お昼は今からみんなで調理しないか? 僕は担々麺が食べたいな。もやしとネギをいっぱい入れて。その後でいろいろ考えよう」
 類がことさら呑気に言うと、澪が小さく手をあげた。
「私、辛いの苦手」
「じゃあ、澪の分はラー油抜きだ。ゴマ入り肉味噌ラーメンてことで」
 澪が口元をゆるませて不器用そうに笑った。そして心配そうに、ちらりと隣の理央の様子をうかがう。
 一草が吹っ切るように言って立ち上がった。
「ま、腹が減っては戦はできないってね」
「いや、僕達は戦を止めるんだけどね」
 すかさずつっこんだ類の言葉に、ふ、と理央が笑う。
「そう、そのために私は類についてきたんだからね」
 類が、パソコンを閉じると四人はぞろぞろとキッチンに向かった。
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