【ファンタジー・魔法】 キマグレアクマ 後編「疾風怒濤」

文字数 4,640文字

翌日は快晴で湿度も低く適温、絶好の運動会日和となった。予想通り、寮対抗の本気の戦いは白熱し、あっという間に最終競技の時間となる。

現時点ではロイヤルパープル寮が1位、続いてクールブルー寮、俺が所属するパッションレッド寮、そしてジェントルグリーン寮と続いている。1位のロイヤルパープルとは、どの寮も200点以上の差がつけられているが総合優勝を諦める者は1人もいない。それもそのはず、別名「番狂わせの鬼」と呼ばれる徒競走でトップを取れば、300点が加算されるのだ。目指すはひとつ、世界という名の頂。最終戦を前に、チーム一丸となって士気を高めあっている。俺は打ち合わせ通りの時刻に校舎裏の駐輪場でウィル様と落ち合った。

「待ちわびたぞアラタ。見よ、完璧であろう」

影の中から陽の下へ歩み出てきた姿を見た瞬間、擬態魔術の完璧さに腰が砕けそうになった。目の前で俺に問いかけているのは、完璧に俺だ。髪型も瞳の色も膝の古傷も、全て再現されている。唯一その声だけはウィル様のまま残されており、いわく「どちらが話しているかわかりやすくするため」だそうだ。魔術の仕上がりの美しさに見惚れていると、彼は首を傾げた。

「なぜ驚く。これがアラタの望む姿ではないか。だが、無言のままでも滲み出るこの高貴さが隠せないのはご愛嬌。許せよ」

にっこりと優雅に俺が笑っている。いやいや、ウィル様が笑っている。あの細身でしなやかな体躯はどこへやら。全体的に筋肉質で、ハーフパンツからのぞくふくらはぎにはしっかりヒラメ筋の存在感が見受けられる。しかし気になることが1つだけ。

「あのウィル様。俺、競技に出ずっぱりでけっこう汚れていまして」

寮カラーをあしらった運動着には砂埃がまんべんなく広がり、ハーフパンツはもはやマダラ模様になっていた。

「なに?この我に汚れた服を着ろというのか?」

眉根を寄せる表情には、俺には出せない威厳が漂っている。だがすぐに、なにか思いついたような仕草をして頬を緩ませた。

「よかろう。その願い、聞き入れた」

ウィル様がパチンと指を鳴らすと、運動着に俺と同じ汚れが付いた。

「アラタは言っていたな、悪魔や天使と言った区分は気にしないと。つまり、悪魔とヒト、性別や位など、左様に些末な違いに囚われず、自由に邁進し、制限をかけずに己を発展させることに意味がある。そう言いたかったのであろう?」

単純に文字通りの発言をしたつもりだった。だが、心のどこかで「そう在りたい」と願っていたことを言語化してもらえたことに気づき、次第に喜びで満たされていく。

「よって、表面上の汚れなど、内側の気高き誇りにいささかの影響も与えはしない。そのように気づかせるための命令だな。よもやヒトから学ぶことはないと思っていたが、この我を感心させるとは大した器よ。自信を持って生きるがいい、アラタ・ライトフィールド」

嬉し過ぎて涙がこぼれそうになる。出る杭は打たれ、順序と秩序を守って生きることを是とする魔術界において、独学や好奇心を持ってして自分のペースで前進する俺のような存在は異端で邪魔者。こんな風に真っ直ぐに褒められることなんて初めてだった。擬態していても、胸の奥にある品位や人徳は消え去ることがないらしい。ウィル様に対してこれまでは単純な憧れだったけれど、この人を目指して生きると覚悟を決めた。

「ありがとうございます!本当に、ありがとうございます!ウィル様のこと、尊敬し直しました!!」

「し直すな。そこは尊敬の念を深めるところだ」

いつもの自信たっぷりな微笑みを見せながら、片手を軽く振り上げて俺に透明化の魔法をかけた。俺自身もできなくはないが、彼の手にかかれば校長先生ですら感知不能レベルの完全性。これで悪魔とすり替わったとばれずに勝利を掴みに行ける。

「アラタ、我に続け。世界を掴みに行くぞ……どうした顔など背けて。異論でもあるのか?」

俺は身をもって学んだ。カッコよさも度が過ぎると凶器になる。

「いや……あの……もとの姿でもう一度言ってください!」

「なぜだ。同じではないか」

「違うんです、全然違うんです!」

「不思議なことを言う。だが、決戦のときが迫っている。世界を手にしたのちに叶えよう」

言い終わらないうちに彼は校庭へと歩きだす。

「あ、待ってくださいよ」

「待つものか。相手に遅れを取るわけにはいかんだろう。我にそんな初歩的な失態は許されん」

胸を張って真っ直ぐ目的地だけを見据えるその姿を、まさに威風堂々というのだろう。真剣で、かつ楽しそうに前進していく背中は何とも頼もしい。そして2人して何食わぬ顔で選手待機列に合流した。そこからトラックへと向かう間、気になることがありウィル様に話しかけた。

「ウィル様、もう少し気楽に歩いてもらって大丈夫です」

彼は後方にいる俺を一瞥し、『なに?』と脳内に直接話しかけてきた。透明人間になっている自分に対してはごもっともな対応だが、ふいに頭の中に声が響き、驚きで肩が震える。

『いちいち大袈裟に反応するでない。常に威厳を忘れず、どっしりと構えておくのだ』

「いや、普通の反応ですよ。あ、そうじゃなくて。ウィル様、お願いですからもう少しヒトらしくオーラを消して普通に歩いていただけませんか」

『ヒトではないから難しい。最善は尽くしているぞ。見よ、この腕の動きを。アラタそのものであろう』

たしかに俺は歩くときに腕をあまり動かさない傾向があり、それは完全に再現されている。だがしかしモデルのごとくブレない体幹と美しいウォーキングスタイル、そして全体的に優雅な所作はウィル様そのものだった。

『アラタ、スタートラインとはこの位置で間違いないな?』

そうこうしているうちに、ウィル様を含め4人の選手がスタートラインに横一列に立っていた。それぞれ緊張で顔を硬らせたり、鋭い眼光でライバルを威圧する者がいる中で、ウィル様は前方から視線を逸らさず適当に手をヒラヒラさせている。一応、手首のストレッチを模しているのだろうが、動きが優雅すぎる。その姿を永遠に観察していたい欲望を抑え、ライバルの品定めをしてみる。学年と性別を問わず足に自信のある者が選出されるため、2人が男子、残り2人は女子という組み合わせになっていた。とはいえ誰が相手でも怖くはない。俺たちブライトレッド寮にはウィル様がいるのだから、すでに勝利したも同然だった。

この徒競走は各寮の代表選手1名が200メートルのトラックを2周し、その順位を競う。いたってシンプルな一本勝負だ。いよいよ大会本部長がスターターを手に、腕を空に伸ばした。

「位置について、よーい」

号砲が鳴り、大地を駆ける音がリズミカルにトラックに響き渡る。それと同時に会場の熱気も急上昇したが、俺の脈拍も爆上がりした。

(ウィル様、それ、打ち合わせと違います……速すぎます……。たしかに要望通りに音速ではないですけど、俺の、いや、人間の身体能力を超えてますって!)

禁止事項を破ったとがによる失格負けを覚悟しつつ、砂煙を上げて至極美麗なランニングフォームで走る彼を必死に目で追ってゆく。

そのころ、余裕の表情でひた走るウィルは何者かが迫り来る気配を察知していた。

「ほう。我と肩を並べようとする不届き者がいるとは」

「何をしているのです、シェリアナイト。こちらの世界にまで(わたくし)を追って来たのですか?それほどまでに私が気になるのですね」

一見すると、そこに走るのはクールブルー寮所属の女子学生だが、ウィルに追いついている時点でヒトではないことが明白。どうやらアラタの他にも助っ人を召喚した者がいたようだ。聞き覚えのある口調に、ウィルは気怠げに答えた。

「ルル・ホワイトリリーか。天界で大人しく平和ボケしておればよいものを」

彼女は天界に住まう最高位天使の1人。出会うたびにちょっかいを出してくるため、彼にとって苦手意識を否めない存在だった。

「あらひどい。あなたと同じく、最高位の称号保持者ですのよ。天界の最大にして最高の名家の御令嬢ですのよ」

「そうだな」

まったく抑揚のない言葉を返すウィル。

「フン、今に見てなさい。私が勝利したのちに、あなたをホワイトリリーへ迎えて差し上げるわ。ウィル・ブライト・ホワイトリリー、いい響きでしょう」

「即刻願い下げだ。そして勝利は我のものと既に決まっている。残念だったな」

あっという間にゴールは目前。最後の直線はほぼ横並びで進入し、互いにラストスパートをかけていく。

「さあシェリアナイト、愛のチカラの前に平伏しなさい!」

「寝言は寝て言うものだぞ、ホワイトリリー」

キラリと光る、エメラルドグリーンの双眼。その瞬間、ウィルが軽く踏み出しただけで4メートルほど前方へ跳躍し、華麗にゴールテープを切った。そして汗ひとつかかず息も上げずに1等の手旗を受け取る彼のそばへとアラタが駆け寄る。

「ありがとうございました!」

ウィル様は透明なままの俺に向き合って、脳内に言葉を送り込んできた。

『お安い御用だ。それと突然で申し訳ないがアラタ、我は魔界に帰還せねばならない』

「本当に突然ですね。でも祝勝会まで一緒にいられると言ってませんでしたっけ」

『出席必須の会合があるのを思い出した。アラタが世界を手にする姿を見ずに去るのは、なんとも口惜しい』

優しく俺の肩に触れて透明化を解除し、ウィル様はもとの姿に戻った。

「ウィル様、あの」

『気をつけろ、今の我はアラタ意外に感知できぬのだ。虚空に話かけていては、怪訝な目で見られるではないか』

こちらを安心させるような温かい微笑みを向けてから、パチンと指を鳴らし、背後の空間に魔界へ通ずる魔法陣を出現させた。そして今度は脳内会話ではなく、その唇で言葉を紡ぐ。

「奇蹟が起きたらまた会おう。アラタ・ライトフィールド」

「ウィル様!」

呼びかけに応じず、彼は背を向けた。

「楽しかったぞ」

片手を軽く振って挨拶し、そのまま魔法陣の中へ颯爽と消えていった。異界への魔法陣はすぐに閉じ、跡形もなく瞬時に消えた。




その後、不正が発覚したパッションレッド寮とクールブルー寮は失格となり得点が入らず、ロイヤルパープル寮が総合優勝となり、間もなく世界を掌握した。つまり、1ヶ月の期間限定で校内を寮カラーに染め上げられることになった。特に優勝した寮生に優遇措置があるわけではなく、物質的なメリットもないわけだが、身の回りが馴染みのカラーであふれて気分良く過ごせるため、運動会での優勝は「世界を掌握する」と表現するのが伝統だった。

もしかしたら、ウィル様には勘違いさせてしまったかもしれないけれど、自分がいる世界を自分色に染め上げるための本気の戦いであることに嘘偽りはない。


いつか絶対に奇蹟を起こして、思い出話に花を咲かせてやる。



今回の事件を受け、学内に大嵐が吹き荒れた。しかし召喚禁止どころか、講師陣に「召喚スキルを磨き競い合ういい機会になりそう」と判断され、あえて召喚禁止令は大々的に発令されず、翌年の運動会では"ヒトでないもの"が出場者の過半数を占めていたのは、また別の話。


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