第49話

文字数 865文字

 空が暗く赤く、どこかで火事があるような色の下、皆で家の整理をしている。
「皆」が誰で「家」がどこかわからない。

 私は黒い包みをいくつもごみ袋に入れ、ふと気になってひとつを開けてみると、中身はいろいろなサイズの黒のソフトケースで、まだ十分使える。
 何に使えるかはわからない。

 捨てられなくなって、他のごみもほどく。

 きゅうにまわりに日光と緑があふれ、遊歩道のフリーマーケットのような所で、私が捨てようとしていた古本から売れそうなのを目利きして、戻してくれるおじさんがいる。誰かはわからない。
「ほら、これは『地球の歩き方』のタイだ、これは売れます」。

 見るとそのとおり、しかもきれいな状態なのだけど、このあたりでうっすらと、わたし地球の歩き方のタイ編なんて買ったことあるかな、と気づきそうになる。

 おじさんはおかまいなく、写真ばかりの厚めのミニ本を取り上げ、「これも絶対売れる」とページをパラパラして見せる。
 白い壁、ブルーの鎧戸、あざやかな花の鉢植え、パリの写真集らしい、それともフランスの田舎かな。
 解説をちらっと見ると英語なのだけど、かまわない、これも捨てずに売ることにする。

 だけど、古本を持ち込めるような本屋さんって、どこにあったっけ、と頭の中で探す。荻窪駅前の小さな素敵な古書店を思い出すけれど、実在したようなしないような、自信がない。

 あいかわらずおじさんの説明を聞きながら、ごみ箱に突っこんだ細長い旅行ガイドの三冊ばかりも惜しくなって戻そうとすると、裏表紙と奥付が三冊とも切り取られていて、これは売れない。
 そうだ私が切り取ってしまったのだった。
 なぜ切り取ってしまったのだろうと、かなりショックを受けながらごみ箱に戻す。
 こんなペースでは永久に片づかないな、と、うっすら絶望。

 陽射しはやはり美しく、近くに噴水さえあるようだ。


※「荻窪駅前の小さな素敵な古書店」は、この文章を書いた時点では実在していました。「ささま書店」さんです。
けれども2020年4月5日に閉店したそうです。
本当に夢の中のお店になってしまいました。

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