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文字数 2,757文字

―B.C.1499

ネフェルジェセル。こちらへ
王女ハトシェプストに呼ばれ、ネフェルジェセルは急いで彼女の前に出てひざまずいた。
何でございましょう、ハトシェプストさま?
私、(ファラオ)になれるかしら。ねえ、どう思う?
……はっ?
ネフェルジェセルは呆気に取られて、ハトシェプストの顔を見上げた。

しかし、王女の瞳を見て、彼はごくりと生唾を飲み込む。

…………本気、で、あられますか……王女よ……

王女は黙って、じっと彼の顔を見つめて頷いた。どこまでも真っ直ぐな、透き通った瞳で。しかし、――ネフェルジェセルは考えた――こんなにも、このお方の瞳は深かっただろうか。無邪気で、天真爛漫で、少しかんしゃくもちの気のあったあの王女が、一体いつから王にふさわしい威厳を持つようになったのだろう――ネフェルジェセルの胸は感激に震えた。




彼は続けて言葉を紡いだ。

……今の王朝では、女王は出たことがありませぬ。しかし、それ以前ならば。
(ファラオ)ネチェルカラーがおられたわね。女でありながらファラオとなられたといわれるお方が。
ネフェルジェセルは頷いた。王女は満足そうにほほ笑み、長椅子に腰かけた。
そう……そうね。可能性はあるのよ。必ずしも不可能ではないわ。何と言ったって私はトトメス――アアケペルカラーの長子なんだから。うふふ
しかし、王女さま。何故、突然そのようなことを……?
あら、突然じゃないわ。前々から思っていたことよ。

まあ、そうね。何故って言えば、……極端な言い方をすれば、私が(ファラオ)の子だから、だけど。

……ネフェルジェセル。貴方なら、それ以上の私の本心、聞くまでもなくわかるでしょう?

…………
ネフェルジェセルは少し考え、そして言った。
……貴女は、エジプトを愛しておられる。誰よりも。

今の(ファラオ)よりも、エジプトを愛しておられます。(ファラオ)の娘であられるといった立場のことを差し引いても、貴女はエジプトを愛しておられます。国土も、国力も、民も、すべて包括して「エジプト」を愛しておられます。

だから、ですか?

ええ、そう! そうよ!

うふふふ、褒めて遣わすわ。つまりはそういうことよ!

王女は少女のようにパッと笑って、鼻歌まじりにネフェルジェセルに歩み寄った。
ふふ、流石に私のことよくわかってるわね。

生まれたときから、ずーっと一緒にいてくれたから。

き、恐悦至極に存じます……
うふふ、私と貴方の仲じゃない! 姉弟(きょうだい)みたいなものなんだから、そう固くならないで。

……ああ、あなたになら安心して任せられそうだわ。

父が差し向ける家庭教師なんかより、ずっとずっと信頼できるわね!

か、家庭教師……?

ハトシェプストさま、それは一体どういう……

王女はいたずらをした子どものようにニヤリと笑い、背後に控えていた侍女に声を掛けた。
「あの子」を連れてきてちょうだい
畏まりました、王女さま
いったい何事かと、ネフェルジェセルは訝しげに周囲を見回した。
ハトシェプストさま?

あの、……この私に、いったい何をお命じになられるのですか?

うん? すぐに分かるわ。

さあ、あちらを御覧なさい!

王女に言われるがまま、彼は背後を振り向いた。

侍女に連れられて、一人の少年が部屋に入ってくる。


ネフェルジェセルはその子の顔を見た刹那、あっと声を上げた。


うふふ、ちゃんと覚えていたのね。それは何よりだわ。


……さあ、こちらへおいでなさい、我が子モーセよ。

見るからに聡明そうな少年は、王女に誘われるままその前に進み出でた。
母上さま、ご機嫌麗しゅう。モーセが参りましてございます!
少年――モーセが子どもらしい元気な声であいさつをすると、王女は目を細めて笑い、抱き寄せてその頭を撫でた。
おお、モーセよ。よく来てくれた。よく、ここまで立派に育ってくれた。……

モーセよ、これから貴方はこの母と暮らすのですよ。王宮なら、怖いものなど何も無いのですよ。

嬉しゅうございます!
いいお返事ね、お利口さん。

そしてモーセ、そこにおる男が、貴方の教育係のネフェルジェセルですよ。

………………


…………………………はい!?

唐突な展開に、ネフェルジェセルは目を丸くした。少年モーセは、ネフェルジェセルの表情にはお構いなしに彼の前に進み出でて言う。
ネフェルジェセル。これからお世話になります!

よろしくお願いします!

え……

あ……か、畏まりました、モーセさま…………?

よしよし、お利口さん。うんうん、ヨケベドの教育が良かったのね!

さあ、モーセ。今日のところはもうお部屋でおやすみなさい。そこの侍女、サギラが貴方を連れて行ってくれますよ。

かしこまりました! サギラ、よろしくお願いします
侍女が彼を連れて部屋を出るのを見届け、


ネフェルジェセルは王女に向き直って言った。

聞いておりませぬ、王女さま!
え、だって言ってないもん
ど、どうしてですか!

どうして貴女はこう、いくら養子とはいえ、お、王子さまの教育係という、そんな、た、大役を!

そんな! ホイホイと! お決めになられるんです!?

しかも私に、その大役を任せようとされるのですか!⁉

あら、その方が面白いからよ。決まってるでしょ?


……あ、今の貴方の顔、すっごく面白いわよ

なッ――
王女は心底楽しそうにニヤニヤ笑っている。

ネフェルジェセルはため息をついた。

……全く。貴女は突飛なことをしなさる。
今に始まったことじゃないでしょ?
ええ、それはまあそうですが……


それにしても、なぜ私をモーセさまの教育係に?

私は貴女様の乳兄弟に過ぎませぬ。本来、このように貴女様のお傍に置き続けていただくなど、……

決まってるじゃない。

ネフェルジェセル、貴方が一番信頼できるからよ。

……信頼、ですか
王女は微笑んで続ける。
もちろんサギラも、最近よく出入りするようになったセンムトも、あの子もこの子も、私はみーんな大好きよ。感謝もしてるわ。

でも、その中でも貴方は一番。

誰よりもよく仕えてくれてるもの。

だから、あの子のことも任せられるわ。きっとあの子にも真摯に仕えてくれるだろうって、そう踏んだわけ。

あ、有難き御言葉……
ネフェルジェセルはカッと目頭が熱くなるのを感じ、顔を伏せた。喜びの余りにじむ涙を見られてしまわないように。

彼は声が震えてしまわないように気をつけながら――と言っても実際は震えていたのだが――言った。

そういうことでしたら、

……ええ、精一杯、働きますとも。貴女様のために、そしてモーセさまのために!

ええ、もちろん貴方ならそうしてくれると知っているわ。全力で励んでちょうだい。

王家の子として、あの子をしっかり教育してちょうだいね

かしこまりました、王女さま!
ネフェルジェセルは深々と頭を下げて礼をし、王女の部屋を後にした。

王子の教育のため、用意せねばならぬものごとがたくさんあるのだ。

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登場人物紹介

名前:アルカード

通称:アルさん

一人称:ワタクシ

性別:男

種族:吸血鬼


概要:白い髪、白い肌、紅い瞳が特徴的な、ルーマニア出身の吸血鬼。いわゆる「ドラキュラ公」の息子…だけど、そのことは秘密(らしい)。

紆余曲折あって、現在は日本の都心からちょっと離れた微妙な片田舎で、怪物支援施設【ヴァンパイアの館】を運営している。

怪物福祉協会認定の“ウラ社会”福祉士。【ヴァンパイアの館】の管理責任者、常勤カウンセラー、指導員。

性格はおおらか、朗らか、THE・善人。

吸血鬼だが血は苦手。長年血を飲んでいないためか、日光にあたっても無問題。血の代わりにしばしば薔薇を摂取( )する。ラーメンの上にも薔薇の花びらを散らすので、【館】の住人たちにはドン引きされている。比較的真人間(人間じゃない)だけどたまに変な人(人じゃない)。

好きなブランドはATELIER B○Z。いつも貴族みたいな恰好をしている。実際貴族なのだが。


作成者:波多野琴子

名前:アルフレッド・スミス

通称:フレディ

一人称:俺

性別:男

種族:ミイラ


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。現在の住人の中では最もアルカードとの付き合いが長い。ロンドンの博物館から逃亡していたところを保護された。

他の住人と違い、何らかの問題や生きづらさ(既に死んでるけど)を抱えているわけではない。利用者というよりはむしろ居候ひとりのスタッフのような存在。

クールでありたいけどクールに徹しきれないツッコミ役。みんなの兄貴分。

ロックとマンガとサブカルチャーを愛し、常に流行を追っている。わりと私服はパンク系。……と、あたらしいもの好きっぽいけど、実際はものすごく大昔の人らしい。まあミイラといえばアレですよね、古代エジプトとか。残念ながら、本人は生前のことを全く覚えていない。覚えていないことを残念がってすらいない。


作成者:波多野琴子

名前:紅葉(もみじ)

通称:紅葉・紅葉ちゃん

一人称:おいら

性別:?

種族:鬼


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

開国直後、とある見世物小屋でこき使われていたところをアルカードに保護された。

故郷を追われたり人々に嫌われたりこき使われたりと散々な目に遭ってきたため、PTSD様の症状に悩まされている。【ヴァンパイアの館】の住人たちとの共同生活を通して療養中。

暗闇や夜が大の苦手だが、それ以外の明るい空間・時間帯にはわりとヘラヘラと楽しそうにしている。

のんびり屋でマイペース、【館】のムードメーカー的存在。

絵を描いたり観たりすることが好き。最近ユ○キャンで水墨画のテキストを取り寄せたとか。ただしおっちょこちょい(というかアホのこ)なので高確率で墨や画材をぶちまける。


作成者:波多野琴子

名前:ロカ

通称:ロカ、ロカちゃん、ロカっち など

一人称:私

性別:女

種族:魔女(?)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

金髪・緑眼が特徴的な美しい女性。長年ヨーロッパの各地を転々とし独り暮らしをしていたようだが、限界を感じたらしく協会に助けを要請し、【館】を紹介されて入居してきた。

過去のことを頑なに語ろうとしないが、アルカードには「一種の多重人格障害のようなもの」とだけ伝えたことがある。とにかく詳細は謎。

そもそも魔女なのかどうかも謎で、魔術というよりはむしろ錬金術のようなものに傾倒しており、よく何かの実験をしては部屋を爆発させ、アルカードを悩ませている。

基本的には元気なポジティブお姉さん。【館】の盛り上げ役。そしてボケ役。

アルフレッド曰く「ロカちゃんとアルさんが並んで喋ってるとツッコミが追い付かない」とのこと。


作成者:波多野琴子

名前:関建(Guang1 Jian4、グァン・ジェン)

通称:ジェン

一人称:オレ

性別:男

種族:僵屍(キョンシー)


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

いかにも中国人っぽい恰好をしている。実際中国人。清代の人で、蘇州出身。

【館】が中国にあった頃、湖南省は武陵の奥地にて発見・保護された。

過去のことをあまり話したがらないので、彼の過去については保護の現場に立ち会ったアルカードとアルフレッドしか知らない。

かなり重い過去を背負っているのだが、普段はそれを感じさせないほどに(或いは感じさせないように)ハイテンションに振る舞っている。

性格は繊細、それでいながら楽天家。

「いろいろあるけど、まあどうにかなるヨ」といったスタンスで生きている(※死んでる)。

「~だヨ」とやけにカタコトで話す癖があるが、実は真面目に話そうと思えば流暢な日本語を話すこともできる。「でもさ、ホラ、なんとかだネ~って話したほうが、いかにもちゃいにーず!って感じするでしょ?」とは本人の談。


作成者:波多野琴子

名前:ルドルフ

通称:ルドルフ、ルド、ルディ

一人称:おれ

性別:男

種族:オオカミ人間


概要:【ヴァンパイアの館】の住人の一人。

住人の中で二番目に若い(生きた年数で言うなら一番若い)。

家出少年、ならぬ家出オオカミ少年。

アメリカで両親と一緒に暮らしていたが、いろいろと思うところがあったらしく家出し、各地をさすらった挙句【ヴァンパイアの館】に辿り着いた。

基本的に人間の顔に狼の耳・しっぽを出した状態で生活しているが、必要に応じて狼になることも人間になることもできる。中間ぐらいの格好でいるのは「こうしているのがいちばん疲れなくて良いから」とのこと。

基本的に無口・無表情だが感情の起伏は激しい。

口では喋らないけどTwitt○rなどのSNSではめちゃくちゃ騒ぐタイプ。

いかにもな現代っ子で、常時スマホを手放さない。いろいろなソシャゲに手を出しまくっている関係で、ハロウィンやらクリスマスやらのイベントが重なりまくる時期はそれなりに大変そう。よくジェンと一緒にスマ○ラをやっている。


作成者:波多野琴子

名前:みずは

通称:みずは、みーちゃん

一人称:みずは

性別:女

種族:川の精?


概要:【ヴァンパイアの館】の一人。住人の中では、今のところいちばんの新参者。といっても、既に【館】で暮らし始めて五十年近くになる。

種族が何だかいまいち判然としないふしぎな子。本人もよく分かっていないようだが、どうやら「川の概念が身体を得たもの」らしい。高度経済成長期に進められたダム開発によって涸れ川となった川に一人佇んでいたところを保護された。

紅葉がさすらいの旅をしていた頃に会ったことがあるとのことで、軽く千年ぐらいは生きているようだが、なぜかいつまでも四歳ぐらいの幼女のままである。

冬でもいつも浴衣姿。本人曰く「川っぽくていいでしょ」とのこと。

最近はセカンドブームが到来したムシ○ングにハマっているらしく、【館】でもかぶとむしを飼っている(ちなみにそのかぶとむしの名前は『イワレビコ』。ネーミングセンスが無い古い)。

天真爛漫、マイペース、自由人(人じゃない)。


作成者:波多野琴子

名前:ハトシェプスト・クヌムトアメン

性別:女


概要:古代エジプト第18王朝第3代ファラオ・トトメス一世の娘。後第4代ファラオ・トトメス二世の王妃。さらには自ら第5代ファラオとして君臨する(即位名はマアトカラー)。

名前:ネフェルジェセル

性別:男


概要:王女ハトシェプストの側近の一人。乳兄弟。

彼女がファラオとして即位した後も彼女の傍で仕えた。

王女が拾って来たある子の世話係も兼任する。

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