第24話「お別れに向けて」

文字数 2,745文字

「やっぱり納得いかねぇなぁ……」

 獅子丸(ししまる)は情熱的な視線を真っ直ぐ月彦(つきひこ)へと向けたまま、言葉を繋いだ。

「俺は浅葱(あさぎ)さんがこの世で最強だって()うアンタを信用して渋々剣の教えを受けているんだぜ?」

 獅子丸の声音からは不平不満が露骨に滲み出ている。実際、浅葱の修行は横紙破りなものばかりで、マトモに受けていたらとてもじゃないが身が持たない。

 命の危機を感じて拒否をしても、「大丈夫。まだ死んでいないから」と無理やり我を通す浅葱のやり方は、弟子の意見など無きが如しで有無を言わせない。

 獅子丸自身、何度も死を覚悟して挑み、なんとか命を拾っても「ほら、死ななかっただろう?」と愉快そうに言われるだけだ。

 己の命を含めた高い授業料を払ってまで理不尽な目に遭っているのである。

「それでもあんな(・・・)優男(やさおとこ)よりも弱いとなったら、俺が可哀想(かわいそう)じゃんかよ」

 冗談めかしたふうに聞こえるのは、彼の形姿(なりかたち)のせいかもしれない。

 派手な袴姿に赤い下駄では、何を言ったところで言葉の重みは減る。

 獅子丸の素顔は男らしさと女らしさが程よく共存したような中性的な面立(おもだ)ちで、本来キレのある美しさを宿しているのだが奇抜な格好が本人のイメエジを変人の(たぐい)に収めてしまっている。

 黙っていれば――というやつだ。

 そもそも浅葱の修行を受けて五体満足でいるということ事態、久遠(くおん) 獅子丸(ししまる)という男の実力を物語ってもいるのである。

「つまり世界最強の剣客の修行に日々耐えている自分が、蘭丸くんよりも劣っているというのを認めたくないんですね」

 絶対に負けないという自負もあるのだろう。現に十八の若さで数々の(あやかし)を斬り捨ててきたのだ。

「面倒くさい男ですねぇ。君」

 月彦の声音(こわね)は静かに乾いていた。これほど負けん気の強い男だとは思わなかったのだ。

「良い機会ですから教えておきましょうか。貴方(あなた)はもの凄く強いですよ。二十歳以下という年齢制限を付ければ桃太郎も真っ青の天下一でしょう」

 獅子丸が言い過ぎだとでも云うように白い顔を下へ向けた。照れているのだ。

「ただし、蘭丸(らんまる)くんを(のぞ)けばね」

 余計な一言に獅子丸の機嫌はすぐに(かげ)ってしまう。

「これは厳然たる事実です。天賦(てんぶ)の才というのもありますが、もっとも大きいのは彩子(さいこ)さんの師匠としての資質かもしれません」

「さっきの女、そんなに凄ぇのかよ?」

 獅子丸には、それほど強いようには見えなかったのだ。

「彼女は妖刀使いですよ。少しは(うやま)いなさい。弟子の蘭丸くんは、あの浅葱さんが認める数少ない剣客です」

「マジか! やっぱり妖刀使いってのは凄ぇんだなぁ」

 獅子丸は目を丸くして驚くやら感心するやら、忙しくその表情を変化させた。

 実は浅葱も妖刀使いなのだが、本人から口止めをされているため月彦の口から事実が語られることは無い。

「あのバケモノに認められるって、どんだけ無茶苦茶なんだよ」

「師匠をバケモノ呼ばわりするもんじゃありませんよ」

「だから俺は別に弟子ってわけじゃ……この話はもういいや」

 獅子丸は妖刀使いである月彦を敬ってはいるが、耳聡(みみざと)いところが少し苦手である。

 月彦は雨下石(しずくいし)家に居ることが多い。敷地内には彼専用の離れ座敷まで在るくらいだから、半ば住んでいると云ってもよい。

 それは当主である群青(ぐんじょう)と月彦が旧知の間柄だからであって、どうでもよい情報に限り、いろいろと流れてくるのであった。

 * * * * * * * * * * * * *


 撞球(ビリヤード)室。

 質量が伝わる軽い音とともに、芝生色の絨毯の上で色とりどりの十を数える球が(せわ)しなく踊った。

 キューを手にしたまま、彩子は不満そうにボールの散らばった台上を見つめている。

「師匠がビリヤードを(たしな)むとは知りませんでした」

「昔ちょっとな」

 雨下石家で――と続く言葉を意識して呑み込む。

 黒く輝く太陽は暮れつつある。今の時間、使用人の殆どは夕食の準備に忙しい。

狒狒(ひひ)が動くとしたら夜になってからだし、この部屋なら誰にも話を聞かれることは無いだろう」

 撞球室には彩子と蘭丸の二人だけだ。屋敷の部屋はどこも壁が厚く、声が漏れる心配も無い。

「何か気になることでも?」

 蘭丸の質問に答えず、彩子は自分の妖刀を撞球台の上に転がした。重い音がする。

「五振りの妖刀は全て漢字四文字から成る名が付けられている」

 蘭丸は黙ったまま漆黒の鞘に収まった刀に視線を向けた。

(ちな)みにコレは『電光石火(でんこうせっか)』……知っているか」

 今更ながらのことを、感情の薄い声が繋いでゆく。

「名前と云うのは重要でね。妖刀の能力も名と密接に関係したものだ」

 五振りそれぞれが異なった能力を持ち、扱う者の力量や素質、性格によっても発揮される能力に差が出るらしい。

「つまり私が扱う『電光石火』と、君が振るう『電光石火』は違うということさ」

「師匠、いったい何の話をしているのです?」

 だから妖刀の話だよ。と、彩子は静かに言った。

「とはいえ、一撃必殺が『電光石火』の真髄(しんずい)だ。初太刀に生死の全てを賭ける。コレはそういう刀なんだ。二回目のチャンスは無いと思って挑め」

「妖刀は所有者以外を認めない。他者が触れることすら許さないのでは? 師匠の言い方はまるで――」

「察しが良いじゃないか。いいか蘭丸、妖刀使いになったら自分の能力や太刀筋を、人はおろか同じ妖刀使いにも見せてはダメだ。刀の名前も含めてな」

 もちろん自ら語る妖刀使いなど、居ない。

「妖刀使い同士は必ずしも仲間ではないということさ。事情如何(いかん)によっては妖刀使い同士で斬りあうこともあるだろう」

 そして彩子は煙草(タバコ)に火をつけてから、小さな笑顔を作った。

「生きるも一人、死ぬも一人、戦うも一人が妖刀使いというものなんだ。だから、お前には感謝している。お礼に私の決め科白(セリフ)を使っても良いよ」

 ――音よりも速く斬るから、花のように潔く死んで欲しい。

 蘭丸は言葉も無く、自分には似合わない科白だなと漠然として思うのだった。

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