第11話 トップニュース

文字数 2,660文字




 朝日とともに起きて、うすいレースのカーテンを()いて、窓を開け放つ。

 目覚まし時計もないのにルナの早起きが続いている理由は、まだここが

だという緊張感(きんちょうかん)。それと、この部屋には分厚(ぶあつ)いカーテンがないから、お日さまに直接(ちょくせつ)起こしてもらえる。

 着替えを()ませ、ルナはお月さまと同じ色の長い髪をていねいに(あつか)い、ようくブラシを通す。

 いつもは朝食の支度(したく)が気になって、()()みができるくらいの指どおりがあれば十分。と、雑なブラッシングをしていたが、今朝は特別。

 ()れた手つきで毛先まで編み終えると、ルナは、ふふっと顔をほころばせて、ツヤツヤのお月さまのモチーフのついた可愛いヘアゴムを手に取った。

「やっぱりかわいいなあ」

 朝日にかざして(なが)めると、お月さまの中に入っている星屑(ほしくず)が、七色にきらめく。
 ゴム(ひも)はもちろん、ルナの大好きな、うすむらさき色。

 きのう初めて会った、カーネリア・エイカーがプレゼントしてくれた。

 ルナにとっては、お姉さん弟子にあたる人だ。

「わたしの宝物」

 ルナは鏡に向かって、にっこりと三つ編みの先を()らした。
 ここへ来てから、ルナに宝物がひとつずつ増えていく。
 左右を編み終えると、ルナは部屋を出て、タタタッと階段を下りた。


 階段を下りてすぐの部屋が、キッチン(けん)食堂になっている。

 食器棚には大小たくさんの(うつわ)がしまわれていて、火も流し台も、一人暮らしには十分すぎるほど広く、調理器具もそろっている。

 そのわりに、どれもほとんど使われた形跡(けいせき)がないのが、お菓子作りが好きなルナとしてはもったいなく感じるところ。

 けれど、今は調理台の上のバスケットへ急いだ。
 今朝はちょっと、身支度(みじたく)に時間を使いすぎちゃった。

「今日のパンは何かな」

 きのうは長いままの食パンだった。
 その前は、表面に切り込みが入った丸パンが山盛り。

 ルナがここで朝食をとるようになって、今日で三日目の朝になる。

 初日はお師匠さまが用意してくれて、ルナは後片付けだけだったけれど、きのうからはルナが作っている。

 なんて、大げさだけれど、ルナのやることといえば、パンを切り分け、トーストし、卵を焼いて、お師匠さまとルナの分のお皿に盛るくらい。

 それから、実はこれがいちばんの大仕事で、おおきな牛乳(びん)から、こぼさないようコップにミルクをそそぐこと。これも二人分。


 ちなみに昼と夜はルイ・マックールが用意して、三食必ずいっしょに食べる。パンも大きな牛乳瓶も、一日かけて(から)になる。
 ルイ・マックールは積極的に、育ちざかりのルナに牛乳を()らせたいようだ。

 これら三点はみんなバスケットの中に入っていて、毎朝キッチンに着くと、必ずそのバスケットが調理台の上に置いてある。

 ルナがバスケットに近づくと、パンより先に別のものに目が行った。


「新聞だ」


 (うわさ)では、ルイ・マックールは世間を嫌っている。だから世間の様子を知りたくないのか、朝刊も夕刊もとっていない。
 新聞以外のものから情報を得ている風でもないし、そこをルナは変わっているな、と感じていた。

 だって、ルナのお父さんはよく家で新聞を読んでいる。そのうえ、子供(ルナ)だって新聞を読むよう、それとなく(すす)めていたから。


 ルナがちょうど、二人分のお皿を食卓に並べ終えたところで、お師匠さまがキッチンに現れた。

「おはよう、ルナ。今朝は目玉焼きかい。上手に焼けているね」

 ルイ・マックールはプルンとした黄身に目を細め、それから食事のわきに置かれた朝刊に気が付いた。

 ルナが、いちおう置いておいたのだ。

 ルナのお母さんは、食事中にお父さんが新聞を読むのを怒るけれど、特別急ぎの記事があるのかもしれないと気を()かせた。

 しかし、ルイ・マックールは新聞には朝食が終わるまで手を付けなかった。

 ルナのお父さんは、読む時間がないから、と言って読んでいたけれど、ルイ・マックールは時間があるのかしら? それとも、お行儀がいいから? 

 ともかく、ルイ・マックールは、ルナに朝食の感想とごちそうさまを言ってから、静かに新聞を開いた。

「これは……!」

 ルイ・マックールがめずらしく、くつくつと声を(おさ)えきれずに笑っている。
 朝刊に面白いことでも書いてあったのだろうか。ルナにも、ごらん、と記事を見せてくれた。



『世界ランキング第二位の匿名(とくめい)魔法使いの正体は、カーネリア・エイカー!!!!』 



 今日の記事の目玉であることを表す、でかでかとした見出し。
 あとには――長年(ながねん)にわたり正体不明だった世界ランキング第二位の魔法使いが、今になって名前を公表。しかも、それがなんと〈世界一の大魔法使いルイ・マックールの最初の弟子〉にして、かつての噂の美少女カーネリア・エイカーであった――という内容が、大げさに書かれてある。

 その横には大きな写真と、知らないおじさんの小さな写真。
 ルナは大きな写真のほうを見て、気がついた。

「これは、きのう行った――!」

「大バザールの車道だね。このタクシーのピンチを、カーネリアが助けたのではないか、と書いてあるね。記者は現在のカーネリアの様子を運転手から(くわ)しく聞きたかったようだが……気の毒だが、彼はろくに答えられていない。おそらくカーネリアが口止めに何か使ったんだろう」

 たしかに、詳しい状況についての記述(きじゅつ)は少ない。
 代わりに、取材を受けたタクシードライバーの、話したくてたまらないのに上手く説明できず、もどかしそうにしている様子が詳しく書かれている。

 記事の最後は、カーネリア・エイカーが、なぜ、今になって世間に自分の存在を知らしめたのか。その理由に、このタクシーの件が関係しているのでは、という

()めくくられていた。

「『かつての』だなんて……。カーネリアがまた怒るぞ」

 ルイ・マックールにはカーネリア・エイカーの書かれようの方が面白かったらしい。また楽しそうに笑いだした。
 それから少し落ち着くと、丁寧(ていねい)に朝刊を折りたたんだ。

「名前の公表と今回のタクシーは関係ないだろう。それにしても、あれだけ世間に名が出ることを嫌っていたのに。一体どういう風の吹き回しだろうね」

 お師匠さまは首をかしげているけれど、ルナはそのわけを知っている。


『これからは自分の名前で生きていくわ!』


 カーネリア・エイカーの言葉と一緒に、その時の姉弟子の笑顔を思い出すと、ルナの胸の中は、あの青い大バザールの空のように晴れ晴れとした。

 口止めなんかはされていない。

 けれど姉弟子の言葉をそのままお師匠さまに伝えるだなんて、ルナにはとてもできっこないのだった。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

【ルイ・マックール】

15歳の若さで世界一の大魔法使いとなった天才。

当時世界中の注目を集めたが、それっきり姿を消していた。

今回、約100年ぶりに沈黙を破り、突然の弟子とりを発表した。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み