第69話 問答

文字数 819文字

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 横山と話しているうちに高橋先生が講義室に入る。
「静粛に。質問ですが、あなたがたのなかに天気の話、および罪のない噂話にまったく興味がない、もしくはそれらの話がそもそも嫌いだという学生はいますか」
 小さな講義室に高橋先生が問いかけた。入室希望者は十五名ほどか。全員がきょとんとした顔をする。
「説明を加えます。あなたがたの半数は年がら年中、農学部の試験農場で汗を流すか、残りの半数もずっとオートクレーブやクリーンベンチ、電子顕微鏡やその像を表示するパソコンに囲まれて過ごすことになります。はっきりいってどちらも過酷です。天候を気にしたり、他愛もない冗談を飛ばしたりするコミュニケーション能力がないと、かんたんに潰れてしまいます。結果だけを求める、熱心な学生はさらに早期に。わたしも無為に学生を精神病にするのは気が引けます。それでもわたしのゼミに、という学生のみ、残ってください」
 だれも動かない。
「うち、実家が農家なんで大丈夫です」と横山が朗らかな口調でいった。
「それはよくありません」高橋先生がただちに断じた。講義室が静まり返る。
「ゼミとは、ゼミ生全員が協働して作る研究です。自分は大丈夫だ、自分だけ受かればいい、ほかの学生はライバルだ。こうした考えを持っていると、研究は必然的に行き詰ります。皆で成功させよう、ほかの学生を支援しよう、自分をうまく利用してもらおう。このように連帯意識を持って取り組んでくれる学生を、当ゼミは求めています。自助は大前提として、常に互助し、共助的な取り組みを目指します――みなさんの活躍が明日の研究へのステップとなることを願います」
 高橋先生はゆっくりと視線を学生らに向け、「幸運なことに書類の段階で落とすべき学生はいませんでした。よって、この後は集団面接のみになります。もちろんですが、緊張しすぎないように。ただし緊張感は捨てないように。――いったん休憩とします。なお、休憩中に資料に目を通しておくこと」
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