第206話 夕映
文字数 2,116文字
「おぉ」
その場に集まる兵士たちは一斉に感心したような、納得するような小さな声を漏らす。ユウトにはその意味がわからず周りの兵士を見回した。
そこに荷台の後方からヨーレンが降りてくる。
「いやぁ申し訳ない。通行証を取り出すのに手間取ってしまった」
そう言いながらヨーレンは分厚い紙のような長方形の皮を取り出し、両手で端を持って兵士に見せた。
隊長を思わせる兵士がその皮に刻まれた図柄を確認し、手元から紙の束を取り出して見比べる。そしてそばにいる兵士に声を掛けた。
「大工房官印だ。確認した。記録を」
声を掛けられた兵士が手に持っていた紙に何かを書き込む。それを書き終わるのを待った。
「手数を掛けた。通っていいぞ」
その発現と共に兵士達は下がり、道が開けられる。ヨーレンも皮を巻いて荷台の後ろへと戻っていった。ぼうっと見ていたユウトははっとして元居た鉄の牛の背中に飛び乗る。それを見計らって鉄の牛と荷台は低く浮き上がり、滑るように進み始めた。
砦内へと進むと入口の賑やかさをさらに増して人と荷馬車がひしめいている。ユウトが以前その場所を通った時には魔鳥との戦いの後だったこともあり、閑散としていたがまったく違う景色だった。
ユウト達一行はその砦内の施設に立ち寄らずそのまま大石橋の方へと向かう。門を抜け河の上へと出た。
片側一車線を広くとった大石橋の上を進んでいく。何台もの荷馬車が橋の上にいた。低速で一定間隔を保ちながら進み続ける。端の方では歩く人の姿もあった。
そして大石橋の中央へと差し掛かる。ユウトは鉄の牛の背中から荷台の屋根へと飛び乗った。
「どうかしましたか?」
セブルが尋ねる。
「ちょっと気になることがあってさ」
そう言ってユウトは少し高い位置から橋を見下ろした。
目線を魔鳥が降り立った場所へと向ける。ユウトが見る限り、目立った損傷はなかった。レナが放った魔槍によって破壊された欄干も修復され、魔鳥が舞い降りた形跡も見当たらない。そこで戦いがあったことすら疑ってしまうほどだった。
しかし、変化がある。片側の欄干に人が集まっていた。みんな河の水面を覗き込んでいる。ユウトの視線も自然と同じ方向へと吸い寄せられた。
河の流れる水面が日の光を反射している。その奥、暗い水の流れに浮かび上がるのは黄銅色した魔鳥の残骸だった。
水に沈んで全体像は見えないものの、その姿はいつかの戦いをユウトに思い出させる。そしてこの魔鳥の本来の目的はロードを見つける事だったのだろうなとユウトは思った。
荷馬車の流れはとまることなく橋の上を渡っていく。足元では荷台の前後から顔を出す四姉妹の楽しそうな声が響いていた。
やがて対岸の砦にたどり着く。鉄の牛と荷車は荷馬車の停車場の一つに停まった。
「今日はここで一晩泊まるよ。ちゃんとした寝床で身体を休めておこう。それじゃあ私は買い出しと宿の手配をしておく」
ヨーレンの一声で全員が荷台を後にする。こちらの砦も以前と比べて人も荷馬車の数も多く、さらに賑わいを見せているようにユウトは感じた。
多くの人々がいる中においてもユウト達の存在は目立っている。集める視線の数の多さにユウトは少し驚いたが率先して前に出た。
それは後ろでフードを深々とかぶり萎縮している四姉妹に視線を向かわせないため、つとめてユウト自身が目立とうとする。ユウト自身も注目を集めることに怖さがあったがその視線には思っていたほど攻撃的な印象を受けなかった。
その事がどうにもユウトには疑問に感じる。そんな事を考えながら食堂の前を歩いていると後ろを歩くリナが声を掛けてきた。
「あの・・・ユウトさん、ヨーレン。一つお願いしてもいいかしら」
ヨーレンとユウトは足を止めて振り向く。リナは言葉を続けた。
「見たいものがあるのだけど、いいかしら?」
リナの言葉に緊張が混じっているのをユウトは感じる。
「ヨーレン。夕食までまだ時間があるだろう?」
「そうだね。宿の手配と買い出しはやっておくからユウトも一緒に行ってあげるといい」
そうしてヨーレンとは宿屋の前で別れた。
砦の城壁を這うように伸びる階段を駆け上がる人影がある。その最後尾にユウトがいた。
見上げるような階段は日の陰になり雲を照らす光の赤さを際立たせている。その境界線を次々にレナとリナと四姉妹が横切って屋上に出ていった。
ユウトが城壁から顔を出すと風が髪を揺らす。凸凹とした塀にそって並んだ姉妹達の髪やマントも同様に揺れていた。
いつも落ち着きのない四姉妹が二人一組になって背伸びをしながらじっと石橋を眺めている。レナとリナもまた一組となって身を寄せていた。
「またここに来て、この景色を見ることができるようになるなんて、考えられなかった」
リナが正面を見つめながらぽつりとつぶやく。
「変わってしまった私が、もう受け入れられることなんてないって思ってた」
短く鼻をすする小さな音が風に乗って聞こえた。
「でも、またここにこれた。レナと、みんなといっしょに」
逆光に照らされる姉妹達の表情をユウトから見ることはできない。日は沈み夜が近づいてくる中、ユウトは並んだ姉妹達の後ろ姿を静かに見つめていた。
その場に集まる兵士たちは一斉に感心したような、納得するような小さな声を漏らす。ユウトにはその意味がわからず周りの兵士を見回した。
そこに荷台の後方からヨーレンが降りてくる。
「いやぁ申し訳ない。通行証を取り出すのに手間取ってしまった」
そう言いながらヨーレンは分厚い紙のような長方形の皮を取り出し、両手で端を持って兵士に見せた。
隊長を思わせる兵士がその皮に刻まれた図柄を確認し、手元から紙の束を取り出して見比べる。そしてそばにいる兵士に声を掛けた。
「大工房官印だ。確認した。記録を」
声を掛けられた兵士が手に持っていた紙に何かを書き込む。それを書き終わるのを待った。
「手数を掛けた。通っていいぞ」
その発現と共に兵士達は下がり、道が開けられる。ヨーレンも皮を巻いて荷台の後ろへと戻っていった。ぼうっと見ていたユウトははっとして元居た鉄の牛の背中に飛び乗る。それを見計らって鉄の牛と荷台は低く浮き上がり、滑るように進み始めた。
砦内へと進むと入口の賑やかさをさらに増して人と荷馬車がひしめいている。ユウトが以前その場所を通った時には魔鳥との戦いの後だったこともあり、閑散としていたがまったく違う景色だった。
ユウト達一行はその砦内の施設に立ち寄らずそのまま大石橋の方へと向かう。門を抜け河の上へと出た。
片側一車線を広くとった大石橋の上を進んでいく。何台もの荷馬車が橋の上にいた。低速で一定間隔を保ちながら進み続ける。端の方では歩く人の姿もあった。
そして大石橋の中央へと差し掛かる。ユウトは鉄の牛の背中から荷台の屋根へと飛び乗った。
「どうかしましたか?」
セブルが尋ねる。
「ちょっと気になることがあってさ」
そう言ってユウトは少し高い位置から橋を見下ろした。
目線を魔鳥が降り立った場所へと向ける。ユウトが見る限り、目立った損傷はなかった。レナが放った魔槍によって破壊された欄干も修復され、魔鳥が舞い降りた形跡も見当たらない。そこで戦いがあったことすら疑ってしまうほどだった。
しかし、変化がある。片側の欄干に人が集まっていた。みんな河の水面を覗き込んでいる。ユウトの視線も自然と同じ方向へと吸い寄せられた。
河の流れる水面が日の光を反射している。その奥、暗い水の流れに浮かび上がるのは黄銅色した魔鳥の残骸だった。
水に沈んで全体像は見えないものの、その姿はいつかの戦いをユウトに思い出させる。そしてこの魔鳥の本来の目的はロードを見つける事だったのだろうなとユウトは思った。
荷馬車の流れはとまることなく橋の上を渡っていく。足元では荷台の前後から顔を出す四姉妹の楽しそうな声が響いていた。
やがて対岸の砦にたどり着く。鉄の牛と荷車は荷馬車の停車場の一つに停まった。
「今日はここで一晩泊まるよ。ちゃんとした寝床で身体を休めておこう。それじゃあ私は買い出しと宿の手配をしておく」
ヨーレンの一声で全員が荷台を後にする。こちらの砦も以前と比べて人も荷馬車の数も多く、さらに賑わいを見せているようにユウトは感じた。
多くの人々がいる中においてもユウト達の存在は目立っている。集める視線の数の多さにユウトは少し驚いたが率先して前に出た。
それは後ろでフードを深々とかぶり萎縮している四姉妹に視線を向かわせないため、つとめてユウト自身が目立とうとする。ユウト自身も注目を集めることに怖さがあったがその視線には思っていたほど攻撃的な印象を受けなかった。
その事がどうにもユウトには疑問に感じる。そんな事を考えながら食堂の前を歩いていると後ろを歩くリナが声を掛けてきた。
「あの・・・ユウトさん、ヨーレン。一つお願いしてもいいかしら」
ヨーレンとユウトは足を止めて振り向く。リナは言葉を続けた。
「見たいものがあるのだけど、いいかしら?」
リナの言葉に緊張が混じっているのをユウトは感じる。
「ヨーレン。夕食までまだ時間があるだろう?」
「そうだね。宿の手配と買い出しはやっておくからユウトも一緒に行ってあげるといい」
そうしてヨーレンとは宿屋の前で別れた。
砦の城壁を這うように伸びる階段を駆け上がる人影がある。その最後尾にユウトがいた。
見上げるような階段は日の陰になり雲を照らす光の赤さを際立たせている。その境界線を次々にレナとリナと四姉妹が横切って屋上に出ていった。
ユウトが城壁から顔を出すと風が髪を揺らす。凸凹とした塀にそって並んだ姉妹達の髪やマントも同様に揺れていた。
いつも落ち着きのない四姉妹が二人一組になって背伸びをしながらじっと石橋を眺めている。レナとリナもまた一組となって身を寄せていた。
「またここに来て、この景色を見ることができるようになるなんて、考えられなかった」
リナが正面を見つめながらぽつりとつぶやく。
「変わってしまった私が、もう受け入れられることなんてないって思ってた」
短く鼻をすする小さな音が風に乗って聞こえた。
「でも、またここにこれた。レナと、みんなといっしょに」
逆光に照らされる姉妹達の表情をユウトから見ることはできない。日は沈み夜が近づいてくる中、ユウトは並んだ姉妹達の後ろ姿を静かに見つめていた。