第6話

文字数 1,918文字

 夢の中で僕とみやこは夜道で何やら言い争っていた。おそらくデート(映画鑑賞)の帰りに何か揉め事でも起きたのだろう。だが肝心の会話の内容は起きた頃にはおぼろげにしか覚えていない。ただみやこは何かに酷く怯えていたような気がする。そしてそこに黒っぽい服装に白いマスクを付けた背が高く瘦せた怪しげな男が近づき、みやこを、刺した。そのショックからかそこで僕は目を醒ましてしまったためこの夢の結末は知らない。というより知りたくもなかった。そしてその悪夢を見たのは運が良いのか悪いのかみやことのデートの前日の夜(正確には当日)であった。理由を話せるはずもなく僕は仮病を使ってみやことのデートを断った。みやこからな返事は「そう…」の一言だけ。電話越しだが酷く落胆していたであろうことが痛切に伝わってきた。ごめん、みやこ…

 その日の夜に飯塚から釣りの誘いの電話が来た。内容としては釣りは明日だから来れたら来い、とのこと。理由が理由とはいえ彼女とのデートをサボっておいて友人との遊びには行っても良い物か、そう思い最初こそ断ろうとした―が、飯塚に様子がおかしいことを指摘されたため本当の事を話すことにした。実はあれから頻繁に予知夢を見るようになったこと、その予知夢の中でみやこが通り魔に刺されたことを。「夢で見たからなんてふざけた理由で彼女とのデートをさぼるな」普通ならそう言われるところだろうが、前例があることと理由が理由だけに止む無しと思ったのか、飯塚は僕に同情してくれた。そういう訳で明日の釣りにも僕は参加しないことになった。もっともこの後釣りどころではなくなる大事件が起きたのだが...

 その日は夢を見なかった。

 大事件というのは、昨夜例の通り魔が遂にこの街にも現れて1人の高校生が刺されたとのことだ。その高校生は腹部を刺され重傷ではある物の幸い命に別状はないとのこと。そしてその不運な高校生は―八幡だった。後で知ったことだが釣り具を買いに行った帰りに襲われたとの事。八幡が刺されたとの報が耳に入り、ふと考えた。これってもしかして僕のせいなんじゃないか?僕がみやこを通り魔から守った結果、代わりに八幡が刺されたんじゃ...後悔とも罪悪感とも取れない物言えぬ感情を抱えたままその日は本当に病気であるかのようにろくに食事も取らずに1日ベッドの中でうつ伏せになっていた。そして気が付いたら眠りについていた。

 その日も夢は見なかった。

 嫌な事は続くものだ。それからそう経たない内にみやこから電話越しに「別れましょう」と痛烈で冷酷な一言を投げつけられた。理由を問いただしても無反応。遂には一方的に電話を切られた。何度か電話をかけ直しもしたが全て着信拒否。メールも何通か送って見たがいずれも返信はなし。女心と秋の空、なんて諺があるが、いくら何でも気分屋が過ぎるだろ。せめて理由だけでも教えてくれよ。僕が一体何をしたって言うんだ…

 次の日、僕はどうしても納得が出来ず学校帰りの校門付近でみやこに直談判した。
「みやこ、やっぱりこんな形で別れるなんて納得できない。」
 周りがざわつき始めたが、それとは対照的にみやこは無口なままだ。
「なあみやこ、何が不満だったんだ!?俺が映画を一緒に見に行く約束を破ったことか?」
 みやこは意地でも口をわらないつもりみたいだ。
「おい、みやこ!!
「しゃあしい!!そげな大声出さんでも聞こえちょうわ!!
 普段大声は出さないみやこの方言混じりの荒々しい語調に一瞬怯んだ。同時に周囲のざわつきもピタリと止んだ。
「その、さっきはごめん…理由については話せない。ていうか話したところでどうせ信じてくれない…」
 みやこはうつむいたまま細々とした声で言った。
「信じられるか信じられないかは言って見ないとわからないだろ!?なあ、理由があるなら言ってくれよ!!
「あんたが私と一緒におる時に通り魔に刺される夢を見たきっちゅう(言う)たら信じてくれると!?信じられんかろうが!!やき言いたくなかったんたい!!
 みやこが方言混じりの荒々しい口調でではあるが説明してくれた。感情が高ぶると方言が出る人は多いというが、みやこも例外ではないらしい。たまに素で方言が混じってることもあるが。と、今はそんなことはどうでも良い。さっき聞き捨てならない言葉を耳にした。僕が通り魔に刺される夢?まさかお前も…
「なあ、みや…」
「話はここまで。別に妄想の激しいヒステリー女だとか思ってくれても構わないわよ。じゃあ、そういう訳だから…」
 ごめんなさい、テル…去り際に小声でそんなことを言っていた気がする。僕は立ちすくみ、徐々に小さくなる彼女の背を見つめることしかできなかった。
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