人類はとりのこされました。

(ネタバレ)そもそも携挙って?教えて、ウィキせんせー!

エピソードの総文字数=1,620文字

ネタバレです!
本編はじょじょに明かされていく『携挙』の謎と
聖書の黙示録に描かれている『世の終わり』がテーマなので、
主人公のおろおろ、を楽しみたい方はここでバックをお願いいたします。

っていうか、携挙ってなによ説明しろや、という方はウィキ先生のとこにいくか、
このままスクロールをお願いいたします。











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<聖書>
主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

— テサロニケの信徒への手紙一 4:16-17、新改訳聖書[1]



携挙(けいきょ、英語:Rapture)とは、プロテスタントにおけるキリスト教終末論で、未来の主イエス・キリストの再臨において起こると信じられていることである。まず神のすべての聖徒の霊が、復活の体を与えられ、霊と体が結び合わされ、最初のよみがえりを経験し、主と会う。次に地上にあるすべての真のクリスチャンが空中で主と会い、不死の体を与えられ、体のよみがえりを経験する。


患難が始まる前に携挙が起こり、これにより真のクリスチャンは患難を避ける事が出来るとする説。携挙を強調する教派の多くは患難前携挙説の立場をとる。レフトビハインドはこの患難前携挙説の小説である。これはキリスト教根本主義の説とされ、初期の神学的根本主義において患難前携挙説は必ずしも一般的な主張ではなかったであろうとも言われている 。しかし、紀元3世紀頃までは前千年王国説が最も広く受けいれられていたのと同時に、患難前に信者が「取り去られる」という思想として、患難前携挙の概念が一般的であったとも考えられている [2]。しかし、その後、無千年王国説の台頭とともに、強調されなくなっていたが、19世紀以降のディスペンセーション主義の台頭によって広まったともいわれている[3]。

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ということで、主人公が体験した、
桃子ちゃん消失は、この、『患難前』に行われた携挙、ではないかという説が有効です。服が消えるのか?はどうなんだろ・・・?
実は、引き上げられたクリスチャン全て、まっぱで神にお会いしているのかもしれないZE★
では、患難とはなんぞや、となると
さらにネタバレとなりますが、
反キリスト?が、残された人類をぐっちゃぐっちゃの、もっちゃもっちゃ、もぐもぐ、
ぺっ、としたり、これが悪魔のしわざなのか、神の裁きなのか、ってゆう、
神も仏もねぇ、みたいな世界となります。
ラノベなので、そこはライトに読めるテイストで。
まぁ、これからの患難時代を通る主人公のお守り、ってか、宝物が桃子パンチュな時点でお察しですが。

参考文献は、『いのちのことば社』からでている
『レフト・ビハインド』シリーズ 全12巻です。
嘘です。
一巻の、半分で挫折しました。
興味のある方は是非、チャレンジしてくださいませ。
無理な方は是非、たまにこの小説ページをのぞいてみてくださいませ。
ライトに読める『聖書・ヨハネの黙示録』!
ライトに読める『レフトビハインド』!
嘘です。
本当は、主人公が桃子パンチュをにぎりしめ、いつの日か、桃子ちゃんに会えるその日を夢見て世紀末を生き抜く、ゆあっしゃー、な愛をとりもどせなストーリーです。






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