第1話 一関の激闘

文字数 1,427文字

 あの日、鬼の手形に触れてから、岩手拳はこの力を手にした。
 どんな物体も破壊する圧倒的な腕力。傷を負っても瞬時に回復する生命力。目にも止まらぬスピード。疲れ知らずのスタミナ。
 しかも、この圧倒的身体能力は完全にコントロール可能で、素手でトラックを破壊した直後に赤ん坊をあやすこともできる。不良少年に怪我をさせず喧嘩を止めるなど朝飯前だ。もしオリンピックに出場することができたら、間違いなく大量のメダルを獲得することができるだろう。
 しかし、この能力にはひとつだけ欠点がある。
 この能力は、岩手県内でしか発動しない。
 県内では最強のスーパーヒーローである拳も、一歩県外へ出ると、多少テトリスが上手いだけの普通の男になってしまう。
 その日、日本全国から集まった喧嘩自慢の数は100人を超えた。日本最大の暴走族の総長、歌舞伎町を牛耳る腕自慢のホスト、ルール無用の地下格闘技チャンピオン、どんな卑怯な手も厭わない指名手配者、日本一の不良高校の番長。敵対するグループ同士も集まっていたが、打倒岩手拳という共通の目的のもと、その時だけは手を組んでいた。
「オイコラァ!男らしくこっち来いボケェ!」
 一人が大声で拳に怒鳴りつけると、周囲も追随して拳を挑発した。
「僕はここから動かない!それに、男らしさとか女らしさとか、今時ちょっとどうかと思う!」
 拳の反論はさらなる怒りを買い、国道4号線の騒ぎは一層大きくなった。道路上部にある「岩手県」逆から見ると「宮城県」と書かれた看板が、喧騒によって震えた。
「死ねコラァ!」
 指名手配者の男が痺れを切らし、県境を乗り越えて拳に襲ってきた。
「やめろ!僕は争うつもりはない!」
 拳の制止を無視し、男はサバイバルナイフを振りかざして襲ってきた。拳は腕でナイフを受け、ナイフは弾き飛ばされた。拳は男の腹に寸止めで掌底を打ち込み、空気圧で打撃を加えた。男は倒れ込んだ。怪我はしていない。
 喧騒が一瞬にして静寂に変わり、男たちの間ににわかに緊張が走った。その時、暴走族の総長が「痛え!足が攣った!」と叫び声を上げた。
「てめえ、何をした!」
「僕は何もしていない!」
 目の前で足が攣っている人間を見捨てることはできない。しかし、県境を超えると能力が使えなくなってしまう。いや、そんなことを言っている場合ではない!僕はヒーロー、岩手拳だ!
 拳は県境を越え、総長に近づいた。男たちが襲いかかる。様々な方向から攻撃を受けながら、拳は無抵抗で少しずつ総長のもとに向かった。満身創痍で総長のもとにたどり着くと、「そっちじゃない…反対側を…伸ばすんだ…」と、かすれ声で言った。総長は訝しがりながらも拳の言葉に従った。しばらくすると、攣った足の痛みは消えた。
「お前ら!そいつに手出しすんじゃねえ!そいつは俺の仲間だ!」
 総長はバイクの後ろに傷だらけの拳を乗せ、岩手県に入った。拳は能力を取り戻し、急速に体力が回復した。男たちは歓声をあげた。その日から、不良グループによる対立はなくなったという。
 今日も岩手県は平和だ。岩手拳がいる限り。
 ある日、拳が松の木から降りられなくなった子猫を大ジャンプで救助しようとすると、松の木がするすると変形し、子猫を優しく地面に降り立たせた。
 「はじめまして」後ろから声が聞こえたので振り返ると、一人の少女が立っていた。
「あなた、岩手拳でしょ?私は陸前高子。奇跡の一本松の能力を持つ女よ」
 岩手拳の(県内の)冒険はまだまだ続く。
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