『鎧影』

エピソード文字数 2,841文字

 月沃城では、王宮内に住む、『曹の一族』である『巫覡』の男女たち数十人が、矢条王が砦として暎蓮に与えた、石造りの塔の中の一室で、暎蓮を護るために彼女を取り囲んでいた。
 砦の外には、長将軍と、その部下である、選りすぐりの精鋭たちが陣を組んでいる。
 城にいる、『天印』を持つ者たちの半数は、矢条王たち王族をも狙われないよう、万が一に備えて、そちらのいる宮殿にも詰めていた。
 暎蓮は、部屋の最奥部に端座し、『破邪の懐剣』を両手で握り、目を閉じて自分の『気』を張り巡らせ、邪なものが近づいてくる気配がないか、探っていた。
 彼女を取り巻く曹の一族の、そのさらに前に立っている彪が、暎蓮を振り返って、言う。
「……お姫様、俺の感覚だと、まだ遠いところで、大きな『邪気』を感じるんだけれど、お姫様はどう?」
「はい。私も、同じです。まだ、近くには、来ていないようです」
 彪は言った。
「扇様は、扇様とお姫様が離れている間に敵のどちらかか、あるいは両方がお姫様を狙ってくると言ってたけど、これだけの人数で警護しているんじゃあ、いくら魔物とはいえ、簡単にはこの砦内には入ってこられないよね。曹の方々の『天気』は、やっぱりすごいよ。俺も、そばにいるだけで、ものすごい圧力を感じているんだ。……こういっちゃあなんだけど、俺の『術』なんて、必要ないんじゃないかなあ……」
「彪殿。それは違います」
 『曹一族』の『巫覡』の一人である、中年の男性が言った。
「透かして見れば、あなた様のお使いになる『術』と、我らの『聖気』の使い方は、まったく別種のもの。我らの力の『穴』を埋めるべく、扇王様はあなた様をお連れになったのだと思われます」
「はあ……そうでしょうか」
 彪は、困り顔で言った。
 本当に、自分は役に立てるだろうか。
 その彼の困惑ぶりを見て、武闘着に、さらに鎧をつけた姿で、近くに立っていた王音が言う。
「扇賢様は、『鎧影』とかいう魔物の分身が現れる可能性があるとおっしゃっていたわね。あなたと私は、とりあえずそれを足止めすればいいのではないかしら?魔物本体は、その後の問題よ」
「何度も言うけど、俺は鋲しか持ってきてないよ」
「その鋲を、うまく使う方法など、いくらでもあるでしょう。どうせ、護身用の『符』も、一応はあるんでしょう?……大体、あなた、自分がどれだけの『術』を使えると思っているの。もっと自分を信じなくてはだめ。それに、これだけ長い付き合いなんだから、いい加減、あなたも扇賢様のやり方にお慣れなさい。『戦い』というものは、気の持ちようだと、毎回言っているでしょう」
「『符』も、まあ、一応、あるにはあるけどね。……姐さんが、その『扇様のやり方』に、慣れすぎているんだよ……。……というか、そもそも、扇様のあのやり方は、姐さん譲りだろう」
 二人がしゃべっている間に、暎蓮と『曹一族』たちがはっとして、顔を上げた。口を開いていた彪も、体を固くする。
「王音様、彪殿!」
「姐さん!」
「来たわね!」
 王音が『散華』を抜いた。
「城全体が……取り囲まれておるようです」
「……俺も感じる!これが『鎧影』?」
 彪が尋ねる。
 曹の者たちが一斉に目を閉じる。
「そのようです。どうやら……『鎧影』を使って、この砦へ魔物本体が進むための道を、作るつもりのようです」
「普通の人間には太刀打ちできないわね。無駄な犠牲は避けましょう。連中に城内に入ってこられる前に、城内の方たちすべてを奥へ遠ざけるよう、長将軍に伝達してください」
 王音は、部屋の隅に控えていた伝令係に言った。彼が、うなずき、すぐに姿を消す。
 現場にいた獏烏が、
「某は、王音様の補助を」
 と、今までの、どことなく遠慮した物言いから、武将らしい言葉遣いに変えて、言った。
 彼も、真剣な顔だった。
「ええ、お願いいたします」
 王音はうなずいた。
「ああ、なんだか、『鎧影』、どんどん数が増えている気配がするよ!」
 彪には、外の様子が感じられるのであろう、部屋の入り口を眺める格好のまま立ち尽くして、叫んだ。
「城門を、……破ろうとしている!」
 彪が、再び叫ぶ。
「禍紗め、薬を使ったな」
 曹の者が、悔しそうに言った。
「伝令が、間に合いませんでした。……城の門衛の兵士が、何人か喰われたようです。その影響で、『鎧影』が増えているのでしょう」
「薬というのは、三種のうち、どれでしょうか」
 王音が問いかけた。
 曹の一族の者が、それに答える。
「おそらくは、自らの『気』を絶やさぬよう使う、『昇化精丸』でしょう。人の魂を喰らい、自らの『気』を増やすあの薬を使えば、この城を『鎧影』で取り巻くことなど簡単なことです。ましてや、やつらは、以前よりも魔力を増している……」
「その、『昇化精丸』とは、自分で服用して効力を出すものなのですか」
 王音の問いに、曹の者が、再び答える。
「はい。『昇化精丸』と『剛可力性』は力をつけたい本人たちが自ら服用して効果を出すものですが、魂ごと肉体を奪うための薬である、『形成元魂』だけは、その対象者に服用させなければなりません。つまり……」
「この場合は、暎蓮様と扇賢様に、ということですね」
「はい」
 王音は、うなずくと、話題を再び『鎧影』に戻した。
「その、『鎧影』に、城を取り巻かれているということは、……もしかしたら、城下の『街』でも、被害は出ているかもしれないわ。……まずいわね。それなら、いっそ早く城内を無人にさせて、ここだけをめがけて来てくれたほうがありがたいわ」
 彼女は、厳しい表情で言った。
 暎蓮は目を閉じていたが、それを聞いて、目を開けた。『破邪の懐剣』を握りしめる。
「私も……」
 私も、戦わなくては。
 ……禍紗と魔紗が、来る。
 暎蓮は感じた。
 砦の一階に行っていた伝令係が、息を切らし、転がりこむようにして、部屋に駆け込んできた。
「皆様!……城の表門の内門が破られました。賊が大挙して押し寄せてきています、兵士たちもどんどん喰われて……!……どうすれば……!」
「皆様、一刻も早く、お下がりなさい。城の最奥部まで。決して、連中とやり合わないように」
 王音が伝令係に言った。
「一般の兵士の方々は、手を出してはなりません。手を出したら最後、ご自分が死ぬだけでなく、月沃自体に災いを残すことになります」
 王音は、抜身の『散華』を手に、『曹一族』に向かって、言った。
「わたくしは、前線でやつらを食い止めるよう尽力いたしますわ。皆様、暎蓮様をお願いいたします」
「は!……姫様は、お任せください」
 王音は、その言葉を信じたように、顔だけ振り向き、横顔で笑って見せると、
「彪、行くわよ」
 と言って、部屋から出て行った。彪が、鋲のありかを確認するべく、懐を探りながらついていき、
「王音様、某も!」
 獏烏が叫んで、あとにつづく。
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登場人物紹介

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。『玉雲国』国王にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。

普段はがさつだが、武術と芸術には強い。単純な性格だが、恨みをあとに引きずらない。生涯の女性は暎蓮ただ一人と決めている。愛刀は『丹水(たんすい)』。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。扇賢の年上の妃で、『玉雲国』の『斎姫』も務める。扇賢に一途な愛を注ぐ。『傾国の斎姫』と呼ばれるほどの美貌で、狙われやすい存在。使う武器は、『破邪の懐剣』。

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。

街の『巫覡』であり、また『術者』。扇賢の街での弟分。温和な性格だが、戦いでは後には退かない。

暎蓮に生まれて初めての恋をする。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。

扇賢のもと・武術の師で、『天地界』中に名を知られた武術家でもある。普段は扇情的な美貌とプロポーションを持った妖艶な女。だが、さっぱりした性格なので、過剰な色気はない。

扇賢から奪った愛刀、『散華(さんげ)』を持つ。夫、子供有。


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