心、散り散り

文字数 659文字

 一、ニで、あなたの心の中に勇気を持ってとび込む。三、四で、僕の心音をすばやく聴き取ったあなたは美禰子のような危うさと冷静さをもって、婉然にさらりと僕の鼓動をかわした。しかし、わずかな響きは残してくれる。嬉しかった。ありがたかった。いつもそうだった。

 あなたはいつでもそばにいた。だから相手にされないときの我慢も強がりも僕はすべて受け入れ耐え続けることができていた。

 それなのに、

 あなたは何も言わずに去っていく。こんなのは酷すぎる。いじわるにも程度ってものがある。これはやりすぎだ。残酷だ。反省してすぐにでも考えなおすべきだ。戻ってくるべきだ。
 
 行き先を失い、暗闇の底に這いつくばる僕の暗澹たる気持ちを一体どうすればいいのか教えて欲しい。もうすぐ一縷の望みもなくなってしまう。
 
 あなたのことを一番に理解できていたつもりだった。お互いを分かりあえていたつもりだった。僕の愛はいつもあなたの側にそっと置いていたつもりだった。あなたも気付いていたはずだった。

 この仕打ちを受けるのは、きっと一人よがりの我儘な薄汚れた愛だったからだろう。心をきつくきつく締め付ける。嫌だ、つらい、悲しい、やりきれない。

 大事なものは砂時計のような早さで、滑り落ちていく。いつもそうだった。

 桜のように儚く散っていく。心も散り散りに。

 僕の心の振動に共鳴して大きく響いて欲しかった。
 
 あなたの笑顔、声音、しぐさ、優しさ、美しさ、全部が春の心地よい陽ざしだった。太陽のようにまばゆい光を放っていた。

 「あなたのため」は絶対に聴きたくない。
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