(六)

文字数 21,247文字

 一之進(いちのしん)は苦虫を噛み潰して頭を掻いた。
 行くべきか。それとも行かざるべきか。行かねば郭で角が立つ。さりとて行けば行ったで些か面倒なことになりそうな予感がする。顔番所の天井を見て足元を見てまた天井を見る。順繰りに頭を上下させて一之進は思案を重ねる。その手には短い文が握られていた。
 文は先刻顔番所を訪れた男に渡されたものだった。
「お頼み申します。お頼み申します」
 顔番所の外で呼ばう声に表を見れば、お店の若旦那風の男が軽く腰を曲げて中を伺うように立っている。
「何用か」
 一之進が戸口まで進み応じると男は丁寧にお辞儀をして直った。
「はい。少々道をお尋ねしたいのです」
「道だと?」
 男はにこにこと笑ってまた頭を下げると恭しく切り出す。
「手前お稲荷様を厚く信仰しておりまして方々の御社にお参りしている者にございます。こちら吉原にも霊験灼かなお稲荷様がお祀りされていると聞きまして是が非でもお参りしたいと思いまして」
「お稲荷様?」
「はい。こちらの門に参ります道すがら玄徳稲荷(げんとくいなり)様はすぐ分かったのでございますが、何でも吉原にはあと四箇所御社があるとかで、そちらまでの道筋を教えて頂きたいと思いまして」
 一之進の口がへの字に曲がった。
「話は分かった。左様なことであれば向かいの、それ、あちらの四郎兵衛会所(しろべえかいしょ)で尋ねれば良かろう」
「こちらで伺えればと存じます」
「いや、道案内など我らの役目ではなくてだな」
「袖振り合うも他生の縁と申します。ここでお役人様にお目にかかったのもきっとお稲荷様のお導きにございましょう」
 一之進は溜息をついた。この男に言った通り道案内など一之進ら顔番所に詰める町方(まちかた)の役目ではない。あくまでも吉原の人の出入り、殊に外から怪しげな者が入らぬか目を光らせるのが役割だ。
「大門を入ってすぐの所に細見(さいけん)売りがある。そこで細見を求めて場所を確かめればだな……」
「御役目誠に御苦労様にございます」
 男は人懐っこい笑みを湛えて一歩も動こうとしない。聞く耳持たんということか。面倒だ。実に面倒だ。一之進は片眉を上げた。聞く耳持たんというならばさっさと道を案内して追い払ってしまった方が話は早かろう。
「来い」
 一之進は顔番所を出て大門の前に進み出た。
「いいか。門を入ってすぐ右に折れて突き当たりまで行けば榎本稲荷(えのもといなり)、そこから塀に沿って左手の突き当たりが開運稲荷(かいうんいなり)。門から左に行って突き当たりが明石稲荷(あかしいなり)、そこを右に折れてどん詰まりが九郎助稲荷(くろうすけいなり)で……」
「……富澤一之進(とみざわいちのしん)様でございますね?」
 身振りを交えて説明する一之進の後ろから男が近づきそっと耳打ちをする。ぎょっとし言葉を詰まらせた一之進に男は低い声で更に言う。
「どうかそのままで。手前は文使(ふみつか)いを営んでおります政吉と申します。富澤様宛の文をお届けに上がりました」
「儂宛の……文だと……」
「はい。萬屋のお女郎、新造の柏原(かしわら)からにございます」
 政吉という男の言葉に一之進は目を剥いた。一体これは如何なる事か。文使いが預かり届けるのは概ね女郎から客に宛てた手紙で、本心か否かは別として恋文と相場が決まっている。しかし一之進にはそのような手紙を貰う心当たりなど全くない。そもそも柏原とは誰だ。
「おい。儂は……」
 訳が分からず何をどう訊いて良いのやら上手く言葉を選べずにいる一之進の前に回って、まるで皆まで仰いますなと言わんばかりの笑みを政吉が浮かべる。
「心得ております。この政吉、伊達に何年も文使いはしておりません。不都合もございましょうからこうして道を尋ねる振りをして番所の外までお出で頂き、人目を避けております」
 稲荷を信心し社に詣でたいという話は作り事か。一之進の胸中に謀られたという口惜しさと、文使いとは何とも知恵の回る事をするものだという感心とがない交ぜになって浮かんだ。
「ではこれを」
 政吉は結び文を一之進の手にするりと滑り込ませると、途端に声を張り上げた。
「御丁寧にご案内下さりましてありがとう存じます。これでわたくしの念願も叶うというもの、厚く御礼を申し上げます」
 悔しいがこの男芝居が実に上手い。政吉は一之進に何度も何度も頭を下げて大門を潜って行った。一人取り残された一之進はただその背中を目で追うことだけしか出来なかった。
 そのようにして手にした文を見て一之進はどうしたものかと迷っているのだった。何度読み返しても、今宵亥酉刻揚屋町杉乃屋(こよいいのこくあげやまちすぎのや)、というごく短い文面と萬屋柏原(よろずやかしわら)という名しか書かれていない。そこで逢いたい、ということなのだろうことは分かる。しかしそうなる筋道が全く分からない。
 杉乃屋とは揚屋町にある出会茶屋(であいぢゃや)であることは知っている。(さと)の中にも堅気(かたぎ)の女はいる。妓楼内での色恋沙汰は御法度で奉公する若い者は外に女を求める。そこで出合茶屋を逢い引きの場とするのだが、何もそこに来る女は素人ばかりとは限らず、場合によっては妓楼の女郎が人目を忍んで若い者と逢瀬を重ねるために訪れることもある。
 一之進には(さと)の中にそのような情婦はいない。女から、それも大見世萬屋(おおみせよろずや)の振袖新造から名指しで呼び出される心当たりなど一切ないのだ。となればこれは一体。
 手紙を見下ろす一之進の耳元で不意に咳払いがする。肩を竦めて首を巡らせば老同心、木嶋伝兵衛(きじまでんべえ)が一之進の肩越しに手紙を覗き込んでいた。
「う……小父上木嶋様、これは、ですな、その」
 気が動転した一之進の口からお勤め最中と伝兵衛と二人だけの気安いときの呼び方が混じった何とも間の抜けた言葉が零れる。
「よいよい」
 伝兵衛はにやにや笑いを顔に貼り付けて一之進の肩を叩く。
「たまには息抜きも必要であろうよ」
「息抜きと仰いましても……」
「なぁ一之進よ」
 伝兵衛は狭い板の間の縁にどっしりと腰を落として一之進を見上げる。
「何卒便宜の程宜しくお願い申し上げます、ということだろうよ」
 伝兵衛は傍らに置かれていた盆から急須を取り上げて湯呑みに冷めた茶を注いで口を付けた。
(さと)の者たちは何かとここに付け届けをしてくる。そなたも知っての通りな。毎日のように大門の中から運ばれてくる弁当やたまに扇子や何やらに添えられてくる金子(きんす)も、何か(さと)に起こりましたらご便宜お目こぼし宜しく、ということなのだよ」
「はぁ。それは承知しております」
「萬屋と言えば先日どこぞの旗本だか御家人だかと一悶着起こしたであろう。恐らく女郎を出しますのでこの先御厄介になります時には何卒、という腹なのだろうな」
「左様で……御座いますか」
 いやはやと一之進は頭を掻いた。
「行って参れ。これも御役目の一つと心得よ」
 伝兵衛が威厳を持った声で一之進に告げる。
「……心得ました」
 致し方なしと一之進は腹を括った。馴れ合う訳にはいかないが郭の者との間に軋轢を生んで御役目に障りが出るようでは上手くない。
「では刻限まで一通り郭の中を見回りまして、その後杉乃屋に」
 一之進は伝兵衛に頭を下げ戸口へ向かった。
「待て」
 その背中に伝兵衛の鋭い声が刺さる。威儀を正して振り向けば伝兵衛の厳しい顔が目に入る。
「一之進」
 名を呼ぶ伝兵衛の強面が崩れるように緩み、白い歯の覗いた口から鋭さの欠片もない呑気な声が出る。
「流石になぁ。紋付きの羽織は脱いで行けよ?」
 にやりと笑う伝兵衛を見て一之進は苦笑いを浮かべてまた頭を掻いた。伝兵衛はそれを見て、早く行け、と言わんばかりに掌をひらひらとさせ、犬でも追い払うかのように一之進を送り出した。

 揚屋町の表通りから細い路地に折れて一之進は歩く。道を照らす灯りはといえば、肩を並べるように連なる板壁の所々に小さく開いた明かり取りから漏れ来る灯火や、今行く路から別れた一段と細い路地の先にある家屋の障子をぼんやりと照らす薄明かりばかり表通りの明るさとは程遠い。正に裏路地といった風情の薄暗がりを一之進は進んだ。
 幾重にも折れ曲がった細い路地の辻を何度曲がったことだろう。一際暗闇を湛えた場所で灯された行灯がぽつねんと宙に浮かび上がる。表面に描かれた丸に杉の一文字にあそこが杉乃屋だと認めて一之進は灯りに吸い寄せられる夏の羽虫のように近づき格子戸の前に立った。
 妓楼の前のように案内をする奉公人は立っておらず格子の間から覗き見える狭い前庭にも人の気配はない。案内を請うこともないだろうと一之進は格子戸を開けて短い石畳の小径に踏みだし、出入りを目隠しをするような長暖簾の下から漏れる灯りへと足を進めた。
「御免」
 茶屋の三和土に立って一之進が一言発すると、女将と思しき女が奥から進み出てきて上がり口で三つ指を突いて平伏した。
「お待ち申し上げておりました」
 静かに言う女の声に上がり口の脇にある狭い帳場(ちょうば)から男が立ち上がって一之進の前で膝を折る。
「お腰のものをお願いいたします」
 恭しく両手を掲げる男に、流石に預けねばならぬかと一之進は腰の大小を取って男に差し出す。
「こちらでございます」
 履き物は男に任せ女将の後を付いて廊下を行けば並ぶ座敷の襖はどれも開け放たれている。己の他に客はいないのかと安堵するうちに一番奥の座敷の前で女将が控えた。この座敷に入れということか。一之進は畏まる女将の前を行き敷居を跨いだ。
 座敷の中には六尺程離して座布団が二枚、うち下座の方にだけ朱の膳が置かれている。ここはどちらに座すべきか。そう思案する一之進の足元に女将が躙り寄って膳の置かれた席を勧めた。成る程。これも郭の流儀よ。一之進は促されるまま下座の座布団に腰を下ろした。
「ようこそお越しくださいました。柏原さんじきに参ります。床の支度もあちらに調っております」
 女将が指す方を見れば僅かに開いた襖の隙間から次の間に敷かれた夜具が伺える。
 矢張りこういうことは慣れぬ。この先顔番所で御役目に従事するならばこういったことに何度も合うのだろうか。据え膳食わぬは男の恥と言う。ただより高いものはないとも言う。女は嫌いではないがどうにもこれは心地が悪い。
「ではごゆるりとなされませ」
 畳に手を突いて抜いた衿から項を覗かせる女将に一之進は気掛かりだったことを尋ねようと口を開いた。
「女将。その……だ。この席の……だな」
 我ながら何とも歯切れの悪い事よ、と一之進は己を少々情けなく思いつつも言葉を濁して問い掛ける。
「ああ……その……女郎の……もだな……」
 それを聞いて聡く察したらしい女将は愛想良く笑みを浮かべて口を開く。
「お代のことでございますか?」
「あ。ああ……」
 こういうのを無粋とか野暮というのだろうな。一之進は眉根を上げて結んだ口を手で覆った。
「お代は先に山尾さまからたんと頂いております。ご心配には及びません」
「そうか」
 胸を撫で下ろす一之進だったが女将の言葉に引っかかりを覚えた。山尾、と言ったか今。己と(さと)とに係わる山尾と言えば。まさか。
「山尾とは。山尾越太郎(やまおこえたろう)殿か?」
「はい。そちらの山尾さまでございます」
 一之進は目を白黒させた。何故にあの御仁が。
「では」
 襖を閉めて女将が下がると一之進は大きく息を吸い深く吐いた。伝兵衛は妓楼が町方に便宜を図って貰おうと一之進を饗するのだろうと言っていた。女将の話ではこの席の費用は全て武家である山尾越太郎が持ったという。とことん訳が分からぬ。一之進は胡座の膝に片肘を突いて顎をぼりぼりと掻いた。
「柏原さんお着きです」
 閉められた襖の向こうから声が掛かり一之進は思わず背筋を伸ばした。襖が敷居を滑る音の後に微かな衣擦れが耳に入る。一之進の背後から来た煌びやかな振袖が視界の端を掠めてゆっくりと前へと回っていく。目を見開き木偶人形のように固まる一之進の目に優雅な仕草で袖を末広に広げて腰を下ろす新造柏原の姿が映る。
「ようお上がりなんした」
 桜桃のように艶やかな唇が綻び甘やかな声を発した。桃色を差した目尻が下がり色気を湛えた瞳が一之進を見つめる。
「今夜もいこう冷えんすなぁ。さ。いさみを食べなんし」
 柏原は科を作って一之進の脇によ寄ると酒器を手に取り杯を勧める。無言のうちに一之進が杯を持ち上げるとすらりと伸びた磁器のように白い指がゆっくりと酒を注ぐ。一之進は満たされた杯を口元に運ぶことなくじっと睨む。
「主さん。どうなんした。いさみは好きいせんかえ」
 微動だにしない一之進に柏原が囁く。無表情のまま黙り込む一之進だったが、意を決して杯を煽れば柏原は嬉しそうに微笑んだ。それを見て一之進は徐に切り出す。
「では。そなたも一献どうだ?」
 柏原は酒器を置いて差し出された一之進の手を愛おしそうに両手で包むと、目を細めて杯を恭しく受け取る。
「あい。頂きいす」
 一之進が酒器を傾け酒を注いでやると柏原はしずしずと杯を上げて口を付ける。たっぷりと時間を掛けて干したと見るや一之進は柏原に右手を出す。
「ではもう一杯貰おうか」
「あい」
 受け取った杯にまた柏原が酒を注ぐ。一之進は今度は柏原を見据えて杯を干す。杯を下げて一之進は大きく息を吐いた。
「主さん。見申したようでおす」
「ああ。座敷では初会(しょかい)、ということになるか」
 一之進は柏原の髪、耳、肩、手、襟元とありとあらゆる所に目を配って応える。その視線を感じたか柏原は袂で口元を隠し頬を赤らめて見せる。何とも可憐しい姿よ。一之進は思った。しかしこの柏原という新造。いや。この女は。一之進は切り出す。
「実は儂は斯様な所は慣れてはおらん。登楼もしたことはない」
「さいざんすかえ」
「だが(さと)の中のことは耳学問ながらある程度は知っている」
 一之進は柏原の目を見つめる。何を言っているのか、何を言い出そうとしているのか察した様子はない。
「それでだ。誤っていなければ、の話だが」
 一之進はゆっくりと言葉を放つ。
「そなた。吉原の者ではないな?」
 柏原の目蓋が少し開く。
「何をおっせぇすかえ」
 柏原は笑みを崩さず返してくる。あまり表情を変えることはなかったが、この勘働きに間違いがなければ。一之進は更に重ねる。
「そなたは萬屋の女郎、と貰った文にあったが、萬屋と言えば郭の大見世。躾は厳しかろう。ところで大見世の女郎は初対面の客とは飲食を共にしないと聞くが、儂と杯を交わすそなたの振る舞いは」
 わざと息を継いで間を開けると一之進は腹から押し出すように断じてみせる。
「まるで深川かどこかの酌婦のようだな」
 沈黙が二人の間を流れ座敷の中を満たす。一之進はそれきり黙り込んで柏原を見つめる。柏原も微笑んだまま一之進を見つめ返す。
 座敷を訪れたときは些か浮ついていた一之進だったが、ふと覚えた違和感は次第に大きく膨れ上がり平素の町方同心としての洞察を呼び起こした。今や油断なく目を配り耳を欹てる一之進は己というものを取り戻していた。さて。女はどう切り抜けるか。最早手酌となった一之進は杯を煽りながら静かに待った。
「流石は八丁堀の御方でありんすなぁ。さいざんす。わっちは廓の外の玄人でござりんした」
「というと?」
「あい。三年前になりんす。岡場所にお手入れがござりんした。わっちはお咎めを受けて三年年季で(さと)に来んした」
「ふむ。確かに岡場所で勝手に客を取る者は見逃す訳にはいかん。御公儀よりお墨付きを得て春を(ひさ)ぐことを許されているのは江戸表ではここ吉原のみ。お縄を受けた私娼に吉原送りの沙汰が下るは道理」
 一之進はまたもや言葉を句切って間を開ける。
「岡場所の手入れは我ら町方の勤め。儂も事情には通じておる。しかしな、柏原とやら」
 一之進は杯を静かに膳に置いた。
「ここ五年の間、どこの岡場所にも手入れはなされておらん。北町南町ともに奉行所が動いたことは一度たりもないのだよ」
 一之進は笑みを浮かべた。そう告げられても柏原は表情一つ崩さなかった。中々に天晴れだと一之進は感心した。
「さて。そなたといい山尾殿といい。一体何を企んでおるのだ?」
 ここまで言われてもう言い逃れは出来まい。一之進は柏原の返答を待った。
 愉快そうに笑う声が座敷を覆う沈黙を破った。一之進はやおら立ち上がり声の元へと進んだ。
「そこにいらっしゃったか」
 一之進はそう言って座敷と次の間を仕切る襖に手を掛けて、すぱん、と開いた。延べられた寝床の脇に見覚えのある羽織を纏った男が座って杯を片手に肩を揺らしていた。
「あいや。失敬失敬」
 山尾越太郎を名乗る侍は笑いを収めて杯を置き一之進に黙礼した。
「少々度が過ぎましたな」
 越太郎は杯を置いて背筋を伸ばして一之進を見上げて口を開く。
「内々に御目に掛かりたく斯様なことを行った次第。御無礼はこれ、この通り」
 肘を張って両手を太股の付け根に置いて頭を下げる男に一之進は歩み寄って差し向かいに座った。
「手の込んだことをなさいましたな」
「仰せの通り。責められても返す言葉も御座らん」
 母親に叱られた子供のような顔で越太郎は言った。その様子が何とも可笑しく感じられ、一之進は苦笑いを禁じ得なかった。
「そなたももう良いぞ。下手な芝居であったことは富澤氏は御承知ぞ」
「畏まりました。御館様」
 廓言葉を拭い去って柏原が手を突き頭を下げる。
「先刻看破されたようにこの娘は郭の女郎柏原などでは御座らん。実を申せば儂の手の者でしてな」
「失礼を致しました富澤様。御無礼平に御容赦下さいませ」
 額を畳に付けんがばかりにして女が一之進に詫びる。その口調身の熟しは最早吉原の女ではなく武家の子女そのものとなっていた。
「さて。訳をお聞かせ願えますかな」
 双方を見遣って一之進が尋ねると侍は威儀を正して切り出した。
「端的に申し上げる。近々萬屋の花魁綾松が拐かされる。それと機を同じくして郭の内で仇討ちが行われることとなる。儂はそう踏んでおるのです。富澤氏。貴殿には綾松を賊の手から守り仇討ちが滞りなく果たされるよう助力をお願いしたい」
「何と仰った。仇討ちに拐かしですと?」
「左様」
「それが郭で起こると」
 越太郎は力強く頷いた。ぬう、と一言唸って腕を組み一之進は黙り込む。ここは少々頭の中を整理せねばならん。この山尾越太郎という御仁、只者ではないことは萬屋前の一件とその後の蕎麦屋での会話から承知している。しかし素性の定かではない者からいきなり拐かしだの仇討ちだのと聞かされて、直ちにそれを信じろとは些か虫が良すぎる。
「返答致す前にこちらも端的に伺いたい」
「何なりと」
 一之進は越太郎をきっと見据えて腹の中の疑問をぶつける。
其処許(そこもと)の本当の氏素性を明かして頂きたい」
 越太郎は動じる風もなく泰然と構えている。
「偽名であることはお見通しに御座るか」
「如何にも」
 一之進は逸らすことなく男の目を見つめ続けた。
(それがし)は御城の西、甲州街道の発端を守ることを仰せつかった一族に連なる者に御座る」
 一之進の脳裏に閃くものがあった。この御仁の羽織に入れられた源氏輪(げんじわ)(なら)矢筈(やはず)の紋を最初見たとき何となく見覚えがあると感じたが、甲州街道の起点守護という言葉で確信に至った。この御仁の真の名は数多ある江戸城御門の一つと同じ。
「貴方様は伊賀の御方か」
「左様」
 男は名乗る。
勢州桑名藩松平家中(せいしゅうくわなはんまつだいらかちゅう)服部茂十郎(はっとりもじゅうろう)。初代から半蔵(はんぞう)の名を受け継ぎ儂が当代に御座る」
 神君家康公伊賀上野越えになぞらえて「山を越えたろう」などと名乗っていたか。この御仁と己とでは格が違う。違いすぎる。一之進は素早く下座に下がると背筋を伸ばして両手を突き深々と頭を下げた。
「お見逸れ致しまして御座います。これまでの数々の非礼お詫び申し上げます。御寛恕賜りますよう何卒何卒」
「頭を上げて下され」
 山尾越太郎という名を脱ぎ去って服部家の当主茂十郎となった侍が一之進に告げる。
「滅相も御座いません」
「いや上げて下され」
「左様なことは」
「それでは困る。困るのだ」
 茂十郎は心底困惑した様子の声を出す。
「貴殿を巻き込むことになるのは実に申し訳ない。それに」
 一之進は徐に顔を上げた。
「頭を下げられたままでは実に話し辛くて仕方がない」
 茂十郎はまるで口にしようとした途端団子を地面に落として困惑する子供のような顔をしていた。一之進はそれが何だか可笑しく思われてすっかり肩の力が抜けてしまった。
「そう仰せでしたら」
「うむ。少々話しは長うなる。一献傾けながらと参ろう」
「そ、それは……」
 それは流石にと言いかけた一之進に茂十郎が笑いかける。
「何。堅苦しいことは抜きで参ろう。共に美味い蕎麦を食ろうた仲ではないか」
 茂十郎は莞爾と笑った。

 総籬(そうまがき)の格子から何本も伸び来る吸口煙草(すいくちたばこ)の煙管など意に介さず、羽織を着た剃髪が小箱を下げた男を引き連れて通りを行く。賑わう夜見世(よみせ)の通りを抜けて妓楼萬屋の門口に差し掛かった男は二階の奥を見上げる。熱は下がっただろうか。あまり事が長引けば拙いことにもなりかねない。
「先生」
 同じことを思っていたのか連れに呼びかけられて男は応える。
「うむ。今夜が山場となろう」
 二人は囁き合って暖簾の前に進む。
「やぁこんばんは」
「ああ。玄斎(げんさい)先生」
 妓夫台(ぎゅうだい)から籬の中を覗いていた見世番の若い者が剃髪に声を掛ける。
「盛況ですかな」
「へえ。御陰様で」
 見世番は頭を下げ立ち上がると妓夫台から降りる。
「今呼んで参りやす」
 若い者は、つい、と暖簾を潜って中に入る。格子に寄ってきた女郎たちと体調はどうか、変わりはないかなどと言葉を交わしつつ暫く待つと、妓楼の主、惣右衛門(そうえもん)遣手(やりて)とともに現れた。
「玄斎先生。御苦労様に御座います」
「今夜も様子を見に来ましたよ」
「ありがとう存じます。さ。案内させますのでどうぞ中へ」
 惣右衛門に促されて玄斎は暖簾を潜り土間に入る。小箱を下げた男も後に従い中に入って履き物を脱ぎ籬の裏手に当たる板の間に上がる。
「先生。お腰のものをお預かり致します」
 内所の方から寄ってきた若い者が両手を掲げる。玄斎が脇差しを帯から外して渡すと若い者が鍔を確かめる。
「お小柄ございません」
 玄斎が頷くと若い者は脇差しに木の札を付け引き替えの札を玄斎に渡すと、内所の奥の刀掛けへと収めに行った。
「では玄斎先生。綾松(あやまつ)をお願い致します」
 惣右衛門が頭を下げる。玄斎は愛想良く笑って頷いてみせる。
「ささ。玄斎先生。お足元にお気をつけ遊ばせ」
 先へ回り込んだ遣手が内所から二階へ通じる階段の前で腰を低くする。軽く頷き玄斎は内所に背を向けて階段を上った。
「今夜は宴会はないようですな」
 天井の方々に吊された八間の灯りに照らされた板張りの廊下を進みながら玄斎は遣手に話しかける。
「はい。今夜は静かなもんでございます」
 遣手はそう言うが廊下の両端には素足で過ごす女郎たちが二階で履く上草履が何足も脱ぎ散らされ、廊下との間に屏風を立てた部屋からは競い合うように睦みごとの嬌声が高く響いてくる。決して静かなどではないな。玄斎は苦笑いした。
 廊下の奥に突き当たると遣手は座敷に上がり込む。
「わぁ」
 と幼気な声が重ねて上がる。何やら手遊びをしていたと見える花魁付きの禿が二人急に入ってきた遣手を見て目を丸くしていた。叱られるとでも思ったのだろう。玄斎は二人に微笑んで見せた。禿たちはにっこりとして座敷の隅へと畏まった。
 遣手は禿たちなどお構いなしに開け放たれた襖から隣の部屋に頭を入れて呼びかける
「花魁。ちょいと綾松さん。玄斎先生がお見えだよ」
 返事を待たず遣手は部屋に上がり込むと見事な枝振りの松の描かれた屏風の向こうに回る。
「ほら。お起きよ。おやまぁ何て寝穢いこと」
 玄斎は敷居を跨いで屏風の前に立つと一つ咳払いをする。
「花魁。入りますぞ。宜しいかな」
「あい……」
 弱々しい返事を受けて玄斎が屏風を回り込む。花魁綾松は丁度掻い巻きを起こした体の膝上までずらされて、纏った緋の襦袢の襟元を遣手に整えられているところだった。
「具合はどうかな」
 綾松の脇に座りながら玄斎が優しい声で尋ねる。
「今宵は割りかしようござんす」
「そうですかな。では。脈を拝見」
 玄斎は綾松の手を取って手首の内側に指を当てる。
暫くした後に指を外して今度は綾松の首筋に手を当て刻を計る。連れの男はその後ろに控えて下げ小箱を置く。
「うむ。脈は乱れてはおらぬようですな。では」
 綾松の頭に伸びた両手が顔を左右両側から挟み親指が下目蓋を引いて色を確かめる。次いで玄斎は綾松の両袖を順に捲り上げ腕、二の腕と軽く握っていく。
「失礼するよ」
 今度は綾松の下半身を覆う掻い巻きが除けられて白い向こう臑と脹ら脛を玄斎の手が握っていく。
「目も腫れてないし手足も浮腫んでおらんようですな」
 されるがままだった綾松の口からほっとしたような溜息が一つ零れた。
「いつごろ起きられんしょうか」
「もう二、三日養生すれば床を離れられましょう。時に。食事はきちんと摂っておられるかな」
「あい。今日は卵と魚を頂きんした」
「そうですかな。滋養をしっかり摂りませんとな」
「先生、薬食いなど如何なものざんしょうかね。山鯨なんぞ利くと言いますわな」
 遣手が口を挟む。花魁に食わせるというよりは自分がお零れに預かり口に入れたいという魂胆が透かし見え、玄斎は鼻白んだが、そのようなことはおくびにも出さずさらりと言ってのける。
「確かに禽獣は精が付きますが脂が強い。長く臥せっていて胃の腑も弱くなっておりましょうからな。お勧めしかねますな」
「さいざんすか……いいと思ったんでございますがねぇ」
 遣手は当てが外れたといった顔をした。玄斎は綾松に横になるように促してから遣手の方を向く。
「それはさて置きですな」
 玄斎は徐に切り出す。
「もう少しで快癒するとは言ってもまだ気は抜けません。ここでもう一押し体の中の毒を押し出しておきたいと思うておりましてな」
「はぁ」
 医術のことはとんと分からぬといった風情で遣手が気の抜けた相槌を打つ。
「今までとは違う術を施そうと思うのですわ。そのためにこの部屋をもう少し暖めて貰えませんかな」
「はぁ。宜しゅうござんす。これ。これ。誰か」
 遣手は立ち上がり廊下の方へ歩きながら声を張り上げる。
「ああ三吉かい。花魁の部屋にね。火鉢を入れて欲しいんだよ。空いてるのをなるたけ持って来ておくれでないかい。ああ。炭はきんきんに熾しておくれよ」
 座敷の外から、へい、と返事があり、暫くすると若い者が三人、それぞれ火鉢を抱えて花魁の部屋を訪れた。
「ああ済まないね。それはそこ。それとそこ。そいつはそっちに据えとくれ」
 てきぱきと采配を振るって遣手は部屋のそこここに火鉢を置かせた。
「こんなもんで宜しゅうございますか?」
「ああ。良いでしょう」
 頭を下げて若い者が出て行くと玄斎は遣手を手招きした。
「それとあと二つばかし頼みがありましてな」
「何でございましょう」
 呼ばれて側で膝を折る遣手に玄斎が告げる。
「うむ。施術をする間、人払いをして頂きたい」
「へ」
 遣手は間の抜けた声を発して小首を傾げる。瞬きしつつ何か言いたそうな顔をしている遣手に、犬のようだな、という思いが玄斎の胸に湧いて出る。
「いや。花魁を取って食おうとか疚しいことをしようとか言うのではない」
「へ。へぇ。それはそれは。承知しておりますよ」
「気の流れをその都度細かく確かめねばならん術でしてな。集中せねばならんのです」
「はぁ。さいで。さいでございますか」
 玄斎は袂から捻り紙を取り出し遣手の手を取って乗せると、掌で指を押して握らせて、ぽんぽんと軽く叩いた。遣手は手の中で紙に包まれた金の感触を確かめると、すかさず懐に収めて上機嫌といった風に黒い歯を剥き出しにしてにんまりと笑った。
「へぇ。よござんす。わたしにお任せくだしゃんせ。これ。あやめ。さくら。座敷をお空けな」
 遣手は隣の座敷に控える禿の名を呼んで部屋を出ようとする。
「これこれお待ちなさい」
 玄斎はその現金なさまに笑い声を交えて遣手を引き留めた。
「もう一つの頼み事がまだ残っておりますわい」
 遣手は言われて思いだしたといった顔で袖で口元を押さえると、ほほほ、と笑ってまた玄斎の元に戻って膝を折る。
「そうでございましたそうでございました」
 玄斎は懐に挿していた紙入れを手に取って一分金を取り出し遣手に渡した。妓楼から給金を得ず客からの祝儀のみが稼ぎとなる遣手にと銀一朱を添えてることも忘れなかった。
「この者にですな。一人宛がってやって欲しいのです」
「お安い御用でござんす。では。お付きの方。こちらへ。さあさこちらへ」
 遣手は自分の取り分をさっさと帯に挟んで立ち上がると玄斎に付き従ってきた男を促した。本当に犬のようだ。玄斎は思った。まるで力一杯に振る尻尾が見えるようだ。玄斎の口の端に笑みが浮かんだ。
「では。先生」
 玄斎の後ろに控えていた男が一礼して立ち上がる。
「うむ」
 玄斎は穏やかに発すると遣手に付いていく男を見送った。
 部屋を出るとき男は振り返って玄斎を見た。玄斎も男を見る。二人は互いに黙して目配せし頷き合う。その二人の様子に遣手も花魁綾松も気が付くことはなかった。

「事と次第について順を追ってお話ししようか」
 手酌をしながら茂十郎は語った。
但州(たんしゅう)岩渕藩(いわぶちはん)という小藩がある」
 茂十郎は十年前そこで起こったという騒動について語り始めた。
 藩の御用金が盗まれた。直後逐電した寺社奉行配下古筆見役葛野源四郎(じしゃぶぎょうはいかこひつみやくくずのげんしろう)という男が主犯と目された。葛野は逃げる際一人の男を斬殺した。寺社奉行配下与力の大仁田左兵衛(おおにたさへい)という男で、遺骸から盗まれた御用金の一部が出てきたため、葛野と大仁田が共謀して御用金を盗み出した後に仲間割れが起こり、葛野は大仁田を斬って一人で逃走したと断じられた。
 同じ時にもう一人斬殺された人物がいた。金碗小平太(かなまりこへいた)金碗神社(かなまりじんじゃ)の宮司で代々続く社家の主だった。大仁田左兵衛は御役目で訪れる以外に足繁く金碗神社に通っていた。社殿及び境内にあった金碗家屋敷全焼。拝殿の焼け残りより刀傷のある焼けた遺骸発見。金碗小平太と認められる。金碗の妻千代(ちよ)、娘の真砂(まさご)の遺骸は出ず。
 大仁田左兵衛の遺骸から金碗神社宝物庫の鍵が出たことから葛野大仁田両名は寺社奉行配下にて御役目を果たす内金碗神社宝物の強奪も計画、実行したと判じられた。
 大罪により大仁田家改易の沙汰。妻吉乃病没。嫡男新九郎行方知れず。
「そんなことが……」
 一之進は息を吐いて眉尻を下げた。
「と、表向きはそうなっておる」
「表向きで御座いますか? ではその騒動には裏が……」
「左様。全ては金碗神社が秘匿し代々語り継いできた伝承に端を発しておる」
「伝承とは……」
「一切他言無用。宜しいか」
「心得まして御座います」
 茂十郎は杯に口を付けて一旦唇を湿らせてから一之進に告げる。
「隠し銀山」
 一之進は目を見開く。
「何と……」
但馬(たじま)の辺りは古くから銀石を産する。但馬守護職の山名氏が開いた生野銀山(いくのぎんざん)然り。そして但州岩渕藩(たんしゅういわぶちはん)にも忘れ去られた坑がある。織田信長公が開き影の財源として秘密裏に用い、後に太閤秀吉公が受け継いだものがそれよ。坑道は産した銀を初め大坂の陣に先立って運び込まれた秀吉公の財産の隠し場所となった」
「葛野と大仁田はそれを知り金碗に開示を迫った、と」
「中々良い線だがそれは誤り」
「と仰いますと」
「大仁田は金碗神社の守護者として働いておった。藩の御役目とは別の一族代々の勤めとして」
 一之進は茂十郎の口から次々と明かされる話しにただ唸るばかりだった。
「今一度整理を致しますれば、葛野は金碗神社に伝わる豊臣の隠し銀山及び埋蔵金の伝承を知りそれを目的として神社を襲った。大仁田が神社の守護者とすれば葛野の計画をなき物としようとして返り討ち、濡れ衣を着せられたと」
「お察しの通り」
 茂十郎は大きく頷いてまた杯を煽った。
「大仁田に沙汰が下った後嫡男新九郎が葛野を探す姿が藩内周辺諸国で目撃されておる。葛野を探して父の無実を晴らそうとしたと見える」
 話しの概要は掴めた。茂十郎の言った仇討ちとは大仁田の息子新九郎が葛野源四郎を討つということなのだろう。では自分にそれが果たされるよう助力せよとは如何なることか。一之進は考え込んだ末に単刀直入に茂十郎に尋ねることにした。
「仇討ちに際し私に何をせよと仰せでしょう」
「これを奉行所に届けて欲しいのだ」
 茂十郎は懐から一通の書状を取り出し一之進の前に置いた。
「中を改めても宜しゅう御座いますか?」
 茂十郎が頷くと一之進は書状を取り上げ封を開いて中身に目を通した。紙面に記されていたのは、但州岩渕藩寺社奉行所与力大仁田左兵衛嫡男新九郎が父の仇敵葛野源四郎を江戸表にて討ち果たす旨を記した北町奉行依田和泉守(きたまちぶぎょうよだいずみのかみ)に宛てた届出書だった。
 成る程、江戸で敵討ちをする場合には予め町奉行に届け出をするのが道理。仇討ちは御公儀としてはおおっぴらに認めるものではないが、届け出があれば奉行所から該当する家中へ事実関係の確認が行われ御法度である武士同士の私闘ではないことが明らかにされる。沙汰は諸藩の法度に基づき下されるが、大仁田新九郎の場合は御用金に手を付け神社に押し込み藩士を一人斬った男を討ったとあれば厳しいものにはならないだろう。ただ。一之進は顔を曇らせた。届け出が受理されるには吟味が必要であり、届け出の内容が奉行所の調書に正式に記載されるまでには時間が掛かる。
「貴殿の懸念はご尤も」
 一之進の暗い顔を見て茂十郎が口を開く。
「だが事は急を要する。曲げてお願いできぬか。この仇討ち、太閤秀吉公の隠し財産の事を公にせずただの敵討ちとしておきたい。そのために必要な手続きなのだ」
 逡巡した末一之進は応えた。
「承りました。話の通じる与力に図ってみます」
 茂十郎には窮地を救って貰った恩もある。穏便に済ませるのに己に出来ることならば手を尽くそう。一之進はそう腹を括った。
「しかし吉原内で仇討ちとは……。葛野も大仁田も郭に現れるということですか?」
「葛野は姿を変えて吉原に通っておる。大仁田は名を変え既に吉原に居住し網を張っておる。富澤氏。貴殿もよく知る男となっておるのだよ」
「と、仰いますと……」
「覚伝流の槍の名手よ」
 茂十郎は片方の口角を、くい、と上げた。不意に一之進の脳裏に六尺棒を振るう黒ずくめの男の姿が浮かび上がる。大仁田新九郎。おおにた。しんくろう。おにのしんくろう。鬼黒。重ねられた連想全て結びついた。

「花魁。宜しいかな」
 玄斎は畳に置かれた木の小箱を手繰り寄せると小さな引き出しを開けて紙包みを取りだした。
「まずはこれをお飲みなさい」
 綾松は身を起こして包みを受け取り開いた。中には小さな丸薬が三粒入っていた。
「……これはなんざんしょう」
「うむ。良仁丸(りょうじんがん)と申しましてな。体の毒を抜き血の巡りを良くする薬です」
 綾松は頷いて丸薬を口に含み微かに喉を鳴らして飲み下した。
「苦い薬でありんすなぁ」
 綾松は顔を顰める。それを見て玄斎は綾松に微笑みかける。
「良薬口に苦し、と言うでしょう。そうは言っても苦みから嘔吐いてしまっては元も子もない。どれ。清風散(せいふうさん)を進ぜましょう。口中が清涼になります」
 玄斎は別の引き出しからまた一つ紙包みを取り出して綾松に渡し、枕元に置かれたギヤマンの水差しから一杯水を汲んでやった。綾松は包みを開いて上を向き粉薬を喉に落とすと、薄い唇を切子の杯に付けてこくこくと水を飲んだ。
「ああ……口も喉も冷や冷やすうすういたしんす」
「それは良かった。気も楽になりますぞ」
 続いて玄斎は手提げ木箱の薬を取りだしたのとは反対の面に設えられた大きめの引き出しから陶器の瓶を出し綾松に見せた。
「この中に特別に調合した油が入っております。これを花魁の背に広げていき、凝ったところは解しながら経絡に添って気を流し、体に溜まった悪いものを流してしまいます」
「按摩療治のようなものでありんすかえ?」
「似たところもありますが少し違う。遙か昔大唐国より貴重な経典を求めて西域を旅した高僧玄奘三蔵が天竺より持ち帰った書物の中に、阿輸吠陀(あゆるべいだ)、というのがありましてな。天竺の貴人に用いた医術が書かれております。その中の一つが花魁の体質に合っていると思いましてな」
「天竺の貴人に用いた医術でありんすか。ほんだんすかえ。ばからしゅうござりんす」
 ばからしい、と花魁お定まりの文句が出たということは玄斎を信じこれから行うことを受ける気があるということに他ならないだろう。玄斎は安堵した。ここで拒まれれば元も子もない。
「さあ。着衣をずらして肩と背中を出して俯せにおなりなさい」
「あい」
 綾松は内側から緋縮緬(ひぢりめん)の袖を取って左右に引っ張り襟元を大きく開けると、その間からゆっくりと両腕を抜いて上半身を露わにして布団の上に伏せた。玄斎が部屋に置かれていたぶ厚い座布団を取って綾松の顔の前に差し出すと、綾松はそれを肩口まで引いて両腕を折重ね頬を預けた。
「では」
 玄斎は一声掛けて瓶の封を切り油を綾松の背に垂らす。あ、という短い声が綾松の口から漏れる。
「少々冷たいかな」
「あい。けれども火照った体には何とも心地良うおす」
「そうですか。それは良かった」
 玄斎は瓶を左右に滑らせて中の油を背骨に沿って垂らし、掌で背中中に満遍なく伸ばすと、瓶を置いて両手で優しく摩り始めた。綾松が、はん、と艶っぽい声を上げる。感じておるのか。玄斎は笑みを浮かべた。
「按摩どんの揉み療治より良い心地がいたしんす。床でとのたちに背を撫でられるより良うござんす」
「はは。妙な気になるのではありませんよ」
 時折揉むようにしながら上から下へ、下から上へと玄斎の手が綾松の背中を行き来する。
「ゆっくりとやりますでな。眠くなったら眠っても宜しいですぞ。終わりましたら起こして進ぜよう」
「ではいっとき休みんす」
 綾松は目を閉じ玄斎に身を任す。玄斎は背骨の両脇の筋を親指で押しながら手を滑らせて首筋から腰の上まで解す。次第に綾松の肌が熱を帯びてくる。もう少し。もう少し。玄斎は掌で綾松の熱を確かめながら手を動かし続けた。
 いつしか綾松の優美な鼻梁から、すう、すう、と呼吸する音が漏れ出す。玄斎は手を止め綾松の口元に耳を近づける。眠ったか。玄斎は綾松の二の腕を揉みながら耳元で囁く。
「綾松。綾松さん。お休みになったか」
 返事はない。薬が良く効いているようだ。玄斎の口角がゆっくりと持ち上がる。玄斎は綾松の背に手を当て直し体温を吟味する。上がっている。徐々に上がっている。直に湯のように熱くなるだろう。玄斎はほくそ笑んだ。
 やがて綾松の口から微かな唸り声が漏れ始める。息が荒くなる。額に汗が浮かび頭の下に敷いた座布団に雫となって滑り落ちる。別の薬もしっかりと効いているようだ。もうすぐ。もうすぐだ。玄斎は逸る心を抑えつつ綾松の背に手を当て続ける。油をしっとりと含んだ白い肌が桜色に変わっていく。毛穴から浮き出した汗が油に弾かれて玉のように丸くなる。
 手が風邪に罹った者の体温よりも高い熱を覚えたとき、玄斎の目に野卑な光が浮かんだ。待っていた。この時を待っていた。待ち望んで来たのだ。玄斎は綾松の腹の下に手を滑り込ませて腰紐を掴んで結び目を解くと、緋縮緬の襦袢を綾松の尻の下まで引きずり下ろした。
 玄斎の顔が歓喜に歪み喉が、くつくつ、と音を立てる。下卑た笑みを張り付かせた玄斎の顔が綾松の腰に迫る。ああ。これだ。十年来待ち続けたこの時がついに来たのだ。玄斎は小刻みに頭を動かして綾松の上気した肌を睨め回す。その視線の先にあるのは、高熱を帯びた綾松の腰に浮かび上がった羽を広げた蝶のような紋様だった。

「すると。葛野源四郎(くずのげんしろう)は名を変え身分を偽って(さと)の中を徘徊していると」
「左様。藩を逐電した後、兇賊に身を落として方々で悪さを働き江戸表へと流れ着いたものと見える」
「葛野が吉原で凶行を働くと」
「うむ。彼奴は萬屋の花魁綾松を拐かす積もりでいる」
「何と不敵な。身代金を萬屋からせしめる積もりか」
 茂十郎の言葉に一之進は顔を顰めた。
「代金などに用はない。そもそも妓楼が花魁の身代金など出さんよ。綾松を浚うのはそれが彼奴の十年来の望みだからよ」
 茂十郎も眉根を寄せて眉間に皺を刻む。
「十年来の……ですと?」
 十年前葛野は岩渕藩にいたはず。それが江戸吉原の花魁を浚う計画をしただと。一之進は引っかかりを覚えた。
「綾松が葛野が求めた豊臣家の埋蔵金に辿り着くための近道なればこそ」
「それは……また……」
「金碗の妻千代はもうこの世の者ではない。だが金碗の娘真砂はな。生きておる」
「それが綾松だと……」
「うむ」
 一体今夜はこの御仁に何度驚かされることだろう。一之進は低く唸って唇を引き締めた。葛野に斬られた宮司金碗小平太の亡骸は焼け落ちた神社から見つかっている。妻子は行方が分からぬということだったが葛野の手を逃れて落ち延び、娘は何らかの理由で吉原に来たという訳か。花魁綾松は見たところ年の頃二十代半ば。十年前とすると十四。十五くらいか。社家の娘が一人生き延び江戸表に来た訳ではあるまい。女衒に拾われ郭に売られたか。
「娘を浚って口を割らせて銀山の場所を吐かせるという寸法に御座いますか」
「それは少し違う」
 一之進は茂十郎の口からもう何が出てきても驚くまいと心に決めた。
「綾松、いや。金碗の娘真砂の体こそが隠し財産へと導く絵図なのだ」
 茂十郎はまた杯を持ち上げて口を湿らせた。
「貴殿は白粉彫(おしろいぼ)りというものをご存じか?」
「はて。彫り物に御座いますか?」
 御役目柄、無頼の類いに接することは多い。博徒にも会えば堅気の職人にも会うし、鳶や大工、火消しの頭とも昵懇にしている。牡丹、唐獅子、仁王に不動。様々な入れ墨を見てきたが白粉彫りというのは聞いたことがない。
「特殊な技法でな。墨を入れるのだが普段は絵柄が肌の奥に沈み見ることは出来ぬ。しかし入れられた者の体温が変わり熱を帯びると浮かび上がる。そういう物なのだ。真砂の体にはな。その白粉彫りを使って銀山と埋蔵金へ至る道筋が描かれておるのだ」
「それで綾松を拐かすと」
「生きたまま捕らえてその体から絵図を写し取る積もりであろう」
 一之進は己の前に置かれている杯を掴むと乱暴に酒器を傾け一気に煽った。一直線に胃の腑に流れ落ちる酒は渇いた喉を潤すことはなかった。
「酷な宿命よの。銀山の秘密を守る金碗一族の女は等しく同じ彫り物を刻まれる。一朝事あればいつでも社の外に持ち出せるようにな。身一つあればそれも容易いこと。よしんば敵対する者の手に落ちたとしても、白粉彫りの仕組みが分からねば絵図を見ることは叶わぬ。二百年。そうして二百年の間連綿と受け継いで来たのよ」
 茂十郎は深く溜息をつき遠くを見た。
「男は戦で命を落とすかも知れない。国破れれば打ち捨てられた骸を拾う者はいない。女ならば戦場に出ることはまずない。捕らえられ慰み者とされ身も心もぼろぼろにされても、命を取られる公算は男よりも低い。生きてさえいれば、生き延びさえすれば秘密は伝えられる」
 一之進も溜息をつき視線を落として畳の目をぼんやりと眺めた。綾松として生きねばならぬに至った経緯もそうだが、金碗真砂がその身に背負ったものの重さを考え一之進の胸は重くなった。
「葛野は。葛野源四郎は今どこに」
久保玄斎(くぼげんさい)と称し医師の真似事をして妓楼に出入りしておる。只で女郎を見るという触れ込みでな」

 ああ。美しい。何という美しさだ。玄斎は油に塗れた綾松の腰に指を這わせながら息を荒くした。この女は既に瘡毒(そうどく)を患ったと聞いている。だがどうだ。女の肌に描かれた図像は欠け一つない。まるで肌を蝕む瘡が避けていったようではないか。いや。瘡蓋が避けたのではない。図像が避けたのだ。描かれた蝶の羽が傷を避けて舞ったのだ。玄斎はその様を想像して今にも達しそうだった。
 この彫り物を何人の者が見ただろう。何人の者がこの蝶に触れただろう。金碗一族は言うに及ばず。あの愚かな寺社奉行所与力、大仁田左兵衛も見たのだろうか。玄斎は十年前に斬った男の顔を思い浮かべる。
 本当に愚かな奴よ。我の誘いを受け入れておれば良かったものを。だが感謝するぞ。貴様が我を止めたが故に古文書に記されたことが真実であると確信出来たのだから。
 思えば古筆見役という職を得たのは僥倖だった。黴臭い書庫に籠もっては記録を改め筆跡を鑑定し真筆か否かを確かめる退屈な日々だった。だが信長公が開き秀吉公が受け継いだ隠し銀山のことを知ることが出来たのは、あの故紙にも等しくなっていた記録を目にすることが出来たからこそ。寺社奉行所に死蔵されていた領内の社について纏めた古文書に触れられる役職だったからこそ。
 導きだったのだ。先祖の導きがあったのだ。豊臣の存続を賭した戦に敗れ河原に首級を晒された主君の無念を晴らせと。命ばかりでなく誉れも領地も何もかも全て奪われ、墓石一つ立てておくことさえ許されなかった恨みを我の代で晴らせと。先祖が導いたのだ。徳川に報いよと。感極まり玄斎は拳を握る。
 それにしても美しい。その意味を知らぬ者の目にこの図像は只の珍しき手法を用いた蝶の彫り物にしか見えぬだろう。複雑で摩訶不思議な線で描かれた絵としか映らぬであろう。だが。右の羽に描かれた幾重にも引かれた線は全て山の稜線、川の道筋、丘の輪郭、平地の境界。一箇所描かれた信長公の御紋を模した小さき五瓜こそ隠し銀山の場所。対となる左の羽の筋は全てが坑道の絵図。そして同じく五つ木瓜を模した印の位置が財宝のありか。知るまい。誰も知るまい。金碗小平太はこの手に掛けた。大仁田左兵衛も斬り捨てた。金碗千代は没した。最早この世にこの秘事を知る者はこの女と我と我の求めに応じた浪人どもしかおるまい。
 生き存えた。無様に生き存えてここまで来ることが出来た。目論見が失敗し二人斬って金碗の女を見失った我には脱藩し逃走するよりほかなかった。生きるために武士を捨てた。盗みも殺しも何でもやった。盗賊に雇われ押し込み先で皆殺しに手を貸した。その盗賊一味を裏切り全員斬殺して金も奪った。博徒に混じり賭場で金を増やした。懐を温かくして賭場から去る者を襲いもした。堕ちるところまで堕ちきった。
 だが。蛇の道は蛇とは良う言うたものだ。悪党には悪党の間でしか交わされない話が集まる。金碗の社を襲ったときに見失った母子が国を超え落ち延びているらしき噂を聞きつけたときには胸が躍った。娘一人になり吉原に売られたと知り血が滾った。
 髪を剃った。葛野源四郎の名は捨て久保玄斎を名乗った。医師に扮して吉原の中を探った。女郎の病を無償で診ると触れ込んだ。何ということはない。医師など誰でも化けられる。免状も届け出も要らぬ。それらしい格好でそれらしいことを言ってさえいれば、一度信用を勝ち取ってしまいさえすれば誰一人疑う者はいない。薬などどうとでもなる。効能を確かめ薬屋から手に入れれば済むだけのこと。この女に盛った薬も体を熱くし眠りに落とす効能を持った漢方薬を買い求めただけ。女に塗りたくった油も胡麻油に菜種油を混ぜただけのもの。気付きもしないこやつらが阿呆なのだ。
 増やし蓄えた金はかなり目減りしたが問題はない。手先となった浪人どもを満足させるために随分と握らせ、妓楼で遊ばせる金もかなり蒔き散らした。だがもうすぐ手に入るのだ。莫大な財宝が。徳川の治世を転覆させられるだけの金銀を手にすることが出来るのだ。この女さえいれば。この女さえ塀の外に連れだせて腰の絵図を写し取ることさえ出来れば。それも直に叶う。もうすぐだ。もうすぐなのだ。
 玄斎は天を仰いで大きく口を開いた。声こそ出さなかったが沸き上がる内なる哄笑は吉原中に響き渡るかのようだった。

「それにしても」
 一之進はぽつりと零した。
「服部様は良くお調べになられたものですね」
「講釈師見てきたように物を言い、とでも言いたそうな顔だな」
 茂十郎はくすりと笑ったが、すぐに真顔になって一之進に応じる。
「気になる話が耳に飛びこんで来たものでな。そこに控えておる娘を初め我が手の者を使ってな。吉原の中を探らせたのよ」
「但州岩渕藩の一件とそれに纏わる諸々をですか」
 茂十郎は瞳に深い色を湛えて頷く。
「二代半蔵が神君家康公をお救いして御役を賜って以来、我らが一党とそれに与する者が諸国に散っておってな。望むと望まざるに係わらずあらゆる話がこの耳に入ってきてしまうのよ。儂は忍びではない。もう何代も前から松平家に仕えて(ろく)()む武士の身分よ。だがな。半蔵の名はどうやらそうした平穏な暮らしを許してはくれぬようでな」
 楽しんでおられるのか、という言葉を一之進は呑み込んだ。この御仁にはこの御仁なりの立ち位置があり、求められる身の振りようがあり、様々な柵みの中で精一杯己に従っているだけなのだ。
「儂はただ。ただ世が事もなく穏やかでいてくれればそれで良いのよ」
 茂十郎のその言葉に嘘偽りはない。一之進はそう確信した。
「さて改めて富澤殿。事を収まるべき所へ収めるべく。合力して下さるか」
「承知仕りました」
 一之進は平伏した。
「して。葛野が事を起こすのにさほど間はないように仰いましたが。いつ事は起こりましょう」
「郭が一層に賑わいを見せる日を選び、その喧噪に紛れて事をなすものかと思われる」
 近々に吉原が賑わいを見せる日。思い当たり一之進は膝を打つ。
「では大晦日に……」
「恐らくは」
 一之進の背が震えた。それこそもう間がないではないか。仇討ちの届け出を奉行所に通し、大門の出入りに一層の目を光らせ、そうだ、萬屋の周辺も見張らねばならぬだろう。一之進の頭の中になさねばならぬことが次々と沸き上がり目まぐるしく回った。
「し、失礼を。その。茶を一杯頂けませぬか」
 ここは一旦落ち着こうと一之進が申し出る。
「冷え切ったもので良ければ」
 茂十郎は振り袖の娘に目配せをする。娘は座敷の角に進むと盆に置かれていた土瓶から湯呑みに茶を注いで一之進の前に置く。一礼して口を付けようと湯飲みを手にした一之進だったが、湯飲みの中に一之進にとっては凶兆となる物を見て体が強ばり飲み下すことは出来なかった。
 湯飲みに注がれた冷え切った茶には、あたかも空気を求めて水面から何度も顔を出す溺れた者のように、太い茶柱が浮いて上下に揺れていた。
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登場人物紹介

富澤一之進(とみざわいちのしん)

北町奉行所同心。吉原大門で人の出入りを監視する顔番所に詰める。父・平三郎の背を負い同心を志した。木嶋伝兵衛を実の父のように慕う。

木嶋伝兵衛(きじまでんべえ)

北町奉行所同心。顔番所詰。一之進の父・平三郎とは親友だった。平三郎の忘れ形見である一之進を実の子のように思っている。

鬼黒(おにくろ)

吉原大門で人の出入りを監視する四郎兵衛会所の若い者。弁も腕も立ち吉原の用心棒としての役割も果たしている。

萬屋惣兵衛(よろずやそうべえ)

吉原は江戸町一丁目に見世を構える妓楼・萬屋の主。

綾松(あやまつ)

妓楼・萬屋の花魁。他の吉原の遊女がそうであるように人に語れない過去を持つ。

松高(まつたか)

吉原の端,羅生門河岸にある局見世の遊女。

並び矢筈紋の侍(ならびやはずもんのさむらい)

源氏車に並び矢筈の家紋の入った羽織を着て吉原に出入りする侍。素性を明かさず一之進と鬼黒を陰日向から見守る。

久保玄斎(くぼげんさい)

医師。吉原の妓楼に出入りし,無償で遊女たちの体を診る。

葛野源四郎(くずのげんしろう)

但州岩渕藩藩士。寺社奉行配下古筆見役だったが野望を叶えるために金碗神社宮司・小平太と寺社奉行配下同心・大仁田左兵衛を斬殺,逐電。消息不明。

大仁田左兵衛(おおにたさへい)

但州岩渕藩藩士。寺社奉行配下同心。葛野源四郎に斬殺されあらぬ嫌疑を掛けられる。

大仁田吉乃(おおにたよしの)

大仁田左兵衛の妻。夫・左兵衛の死後,失意の内にこの世を去る。

大仁田新九郎(おおにたしんくろう)

但州岩渕藩藩士。左兵衛の嫡男。父の敵である葛野源四郎を追い出奔。金碗真砂とは幼馴染み。

金碗小平太(かなまりこへいた)

但州岩渕藩に鎮座する金碗神社の宮司。葛野源四郎に斬殺される。

金碗千代(かなまりちよ)

小平太の妻。葛野源四郎による金碗神社襲撃の後消息不明となる。

金碗真砂(かなまりまさご)

小平太の娘。葛野源四郎による金碗神社襲撃の後消息不明となる。大仁田新九郎とは幼馴染み。

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