第3話 ベアーズビルディング

文字数 1,879文字




エゾッチは蝦夷(北海道)に住む青年で爺やは某有名企業の会長である。

ある朝、エゾッチが起きるとリビングの巨大TVが現場からの速報を伝えていた。ヘルメットを被り、緊張気味のキャスターが早口で捲し立てている。

「私がおります札幌市東区のショッピングモールにて、熊の親子が買い物をしている模様です。親子は主に衣服を買い漁っており、クレジットカードで支払いをしているとのことです。今のところ怪我人は出ていないようですが、ショッピングモールの周りには警察や猟師の方々が多数駆け付けており、親子が出てきたところを捕獲するとのことです。現場からは以上です」

エゾッチは珍しいニュースに対し、「へー、冬眠の為に、買い物してるのかな?」「そうかもしれないね」と爺やは答えた。「周りの住人は怖いだろうなぁ。爺や、あの熊見に行きたい。あと…………。」

「分かってるよ。観に行こう。準備をして、ヘリコプターを回しておくよ」

10分後、エゾッチと爺や、ボディーガード数名はヘッドフォンを装着しヘリコプターに乗り込み、ショッピングモールへ向かった。

快晴の空を通過するとテレビ塔がお昼の数字を刻んでいた。札幌の街中を一望しつつショッピングモールの屋上に到着。フロア内に入ると、中は閑散としており数分歩くと、イートスペースにて、ハンバーガーとシェイクを注文している毛むくじゃらの親子を発見。店員さんは笑顔で会計処理をしているが、汗と震えは誤魔化せないようだ。しかし、どんなお客様も神様だ、とばかりに対応する彼女は真のプロフェッショナルと言えるだろう。

エゾッチ達が近づくと親のクマが警戒心を剥き出しにし、睨む。エゾッチは手を挙げて、敵対心がないことを伝えて話しかけた。

「買い物は楽しめたかい?」「うん、楽しかった!」まず子熊が満面の笑みで答え、少しだけ警戒心を解いた親クマが続けた。「一度、人間がする『買い物』とやらを体験してみたかったんだ、もう満足だよ。でも、最後にハンバーガーだけ食べさせてくれないかい?」

「もちろんさ、この後どうされると思っているの?」子熊はムシャムシャと嬉しそうにハンバーガーを齧っている。「殺されるんでしょ?熊の業界では有名な話だよ。人間に出逢ったら、逃げるか襲わないと飛び道具で殺されるってさ。」
「そうなんだね。それなのになんで、人間の世界にきたの?」
「最初は繁殖相手を求めるオスの熊から逃げていたの。基本的に熊は人間を怖がるから、人間に近いところにはオス熊は少ないのよ。興奮したオスの熊は時に子熊を殺してしまう時もあるから。」
「大変なんだね」
「だけど、いつのまにか都市部にまで来てしまって戻れなくなっちゃって、バカだよね」
「しょうがないよ。道路やコンクリートがあるから複雑だよね。よし、僕達が戻してあげるよ」
「ありがとう。でも、森に戻るのも怖くなってしまって……。熊の世界は熊の世界で色々あるから……」
「なるほろ。人間と同じだね。ちょっと案内したい場所があるんだけど」
「…………分かった。貴方達は信用できそうだから、ついていってみる。」
中央区にある、ビルディングの屋上にヘリコプターを止めて、エゾッチ、爺や、熊の親子はビルの最上階(14階)に降りた。このビルは爺やが所有するビルディングだ。ここでは、熊の社会では生きにくくなった熊数頭と人間社会では生きにくくなった人間数名が仕事をしている。中には森林を模したエリア、パソコンがあるエリアに分かれている。仕事とは、熊と人間が会話できる装置を開発することだ。試作品は既に完成していて、エゾッチ達が今日装着していたヘッドホンタイプの物がソレである。

熊の親子はここが気に入ったらしく、自分達もそのお仕事に参加したいと名乗り出た。本日、購入した衣服を嬉しそうに着こなしながら。

帰りのヘリコプターの中で爺やは、エゾッチが昔からクマのプーさんなど熊が出てくる物語を愛読していたことを思い出していた。その影響からかエゾッチは悪いだけの凶悪な熊はいないと信じている。時々、熊が人を襲うニュースがあるがそれは熊の臆病さや慎重さがそうさせているはずで、私達人間が起こす事件だって同じなのだと思うのであった。

安心して帰宅したエゾッチは、疲れ果てたらしく、ディナーを食べずに眠った。ベッドの横にはクマのぬいぐるみがご機嫌そうに座っている。

明る日、エゾッチと爺やは将棋をしながら、テレビから流れる、消えた熊の謎についての報道を聞き流していたし、とあるサラリーマンがふと見上げたビルディングの最上階では、熊と人間が協力しながら、熱心に仕事に励んでいる。
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