黄色い花の伝説
文字数 1,960文字
次の日、俺と彩さんは白蛇村へ向かうため車を走らせた。
山道は細く、曲がりくねっている。
山かげに入ったせいか、妙に風景が陰気になってきた感じがする。
木立が死人の行列に見える。
岩石は……雪に覆われて見えない。
ふと社長の憎たらしい笑顔が脳裏に浮かぶ。
俺は嫌なことを考えないようにした。
助手席では、彩さんが寝息を立てている。
1時間のドライブなのに早々に寝落ちするとはねぇ。
乗車後、15分以内で爆睡するとかどんな特技だよ。
きれいな寝顔だ……が、起きてナビして欲しかったぞ。
「聞こえてるよ」
いきなり話し掛けられて、俺の心臓は飛び上がった。
「な、なんだよ。起きてるのか」
「総ちゃんね、前にも注意したと思うけど、そういうことは心の中で言いなさいよ。癖なのか知らないけど、思い切り周りに聞こえるように喋ってるから」
「気を付けてるんだけどなぁ」
「知らない人が見ると不審者扱いされると思う」
……酷い言われようである。
「あんな花もあるんだね」
景色を見て彩さんが言った。
道の左右に黄色い花が……俺には見えない。
「どの花? 雪に覆われて見えないんだけど」
「多分、あれは弟切草だね」
弟切草が……ど、何処にあるの?
「ちょっとした伝説があるんだけど、聞きたい?」
「いや、遠慮しておくよ」
「えっ、なんで?」
「嫌な予感がするから」
今は雪道を車で走っている。もし対向車が目に前に飛び出して来たり、ブレーキが効かないなどの出来事が起きたら死ぬ可能性がある。ここは話を聞かずに難を逃れよう。
「あれ? こんなところにスケッチブックが落ちてる」
彼女が助手席のシート下に、汚れたスケッチブックを見つけた。
「えっ、スケッチブック? そんなもの持って来た覚えはないんだけど」
「小さな子供が描いたような絵みたい」
彼女がパラパラとページを捲ると、下手な絵で猫や犬が描かれていた。
「あっ、表紙に名前が書いてあるよ」
「誰のスケッチブック?」
「……英語で『シェリル・メイソン』って」
「待て待て待て」
俺は道の端に一旦車を停め、外に出て雪景色を見ながら深呼吸をした。なにかオタク気質の不愉快な存在が、俺たちを別の世界へ誘おうとしている。これで小さな女の子が運転中に飛び出して来たら、霧に包まれたゴーストタウンへ行ってしまうかもしれない。
「どうしたの?」
彩さんが不思議そうに俺に問い掛けた。
「いや、長いドライブだから少し休憩しようと思って」
「たった1時間の距離なのに体力なさ過ぎだよ」
……そのたった1時間の間に、ソッコーで寝落ちしたのは誰だよと言いたいわ。
さて、おフザケはこれくらいにして、俺は再び車を走らせると白蛇村の役場に向かった。田舎の役場にしては建物が新しい。観光地として有名なので、村の財政は潤っているのだろう。
「すいません、ちょっとお聞きしたいのですが」
表入口から建物の中に入ると、俺は受付の女の人に尋ねた。
「はい、なんでしょうか?」
「この村にある山荘『ラヴェンデル』の中を見てみたいのですが」
山荘の名前を聞くと、受付の人の眉間に微かに皺が寄った。
「お尋ねしますが、その山荘でなにが起きたのかご存じですよね?」
「はい、殺人事件があったのは知っています」
「肝試しでも行かれるのですか? 最近、そういう目的の人が多くて困ってるんです」
俺は名刺を懐から取り出して、受付の人に渡した。
「自分はゲーム制作の会社で働いてまして、ミステリーのゲームを作ろうとしています。色々と参考にしたいため、取材を兼ねて建物の内部を見ておきたいのです。もしダメだと言われれば帰りますので」
受付の人はしばらく考え込むと、「ちょっとお待ちください」と一言残して、誰かを呼びに奥の部屋へ入った。
「怒られるかな……?」
彩さんが不安そうな顔をする。
「まあ、もともと嫌がられるようなお願いをするのだから、覚悟の上だよ」
10分後、受付の人が入った部屋から、30代と思われるの男性が一人で出て来た。その男性がこちらへ歩いて来ると、掠れた声で俺たちに問い掛けた。
「ラヴェンデルに行きたいというのはあなたですか?」
「……は、はい。そうです」
「なんでもゲーム制作の参考にしたいとか」
「不謹慎なのは分かっています。だからこうして許可を取りに伺いました。もし村の方針として止めて欲しいということであれば、このまま帰りますので」
男性は軽く溜息を吐くと、黙ったまましばらく下を向いた。
「仕方がない。私が一緒に行くという条件であれば、許可を出しましょう」
口を開くと、男性はそう言った。
「本当ですか! それなら助かります」
「申し遅れましたが、私は小野塚と言います」
小野塚……何処かで聞いたような気がする。
「すいません、小野塚ってまさか……」
「あの山荘で生き残った小野塚道雄です」
山道は細く、曲がりくねっている。
山かげに入ったせいか、妙に風景が陰気になってきた感じがする。
木立が死人の行列に見える。
岩石は……雪に覆われて見えない。
ふと社長の憎たらしい笑顔が脳裏に浮かぶ。
俺は嫌なことを考えないようにした。
助手席では、彩さんが寝息を立てている。
1時間のドライブなのに早々に寝落ちするとはねぇ。
乗車後、15分以内で爆睡するとかどんな特技だよ。
きれいな寝顔だ……が、起きてナビして欲しかったぞ。
「聞こえてるよ」
いきなり話し掛けられて、俺の心臓は飛び上がった。
「な、なんだよ。起きてるのか」
「総ちゃんね、前にも注意したと思うけど、そういうことは心の中で言いなさいよ。癖なのか知らないけど、思い切り周りに聞こえるように喋ってるから」
「気を付けてるんだけどなぁ」
「知らない人が見ると不審者扱いされると思う」
……酷い言われようである。
「あんな花もあるんだね」
景色を見て彩さんが言った。
道の左右に黄色い花が……俺には見えない。
「どの花? 雪に覆われて見えないんだけど」
「多分、あれは弟切草だね」
弟切草が……ど、何処にあるの?
「ちょっとした伝説があるんだけど、聞きたい?」
「いや、遠慮しておくよ」
「えっ、なんで?」
「嫌な予感がするから」
今は雪道を車で走っている。もし対向車が目に前に飛び出して来たり、ブレーキが効かないなどの出来事が起きたら死ぬ可能性がある。ここは話を聞かずに難を逃れよう。
「あれ? こんなところにスケッチブックが落ちてる」
彼女が助手席のシート下に、汚れたスケッチブックを見つけた。
「えっ、スケッチブック? そんなもの持って来た覚えはないんだけど」
「小さな子供が描いたような絵みたい」
彼女がパラパラとページを捲ると、下手な絵で猫や犬が描かれていた。
「あっ、表紙に名前が書いてあるよ」
「誰のスケッチブック?」
「……英語で『シェリル・メイソン』って」
「待て待て待て」
俺は道の端に一旦車を停め、外に出て雪景色を見ながら深呼吸をした。なにかオタク気質の不愉快な存在が、俺たちを別の世界へ誘おうとしている。これで小さな女の子が運転中に飛び出して来たら、霧に包まれたゴーストタウンへ行ってしまうかもしれない。
「どうしたの?」
彩さんが不思議そうに俺に問い掛けた。
「いや、長いドライブだから少し休憩しようと思って」
「たった1時間の距離なのに体力なさ過ぎだよ」
……そのたった1時間の間に、ソッコーで寝落ちしたのは誰だよと言いたいわ。
さて、おフザケはこれくらいにして、俺は再び車を走らせると白蛇村の役場に向かった。田舎の役場にしては建物が新しい。観光地として有名なので、村の財政は潤っているのだろう。
「すいません、ちょっとお聞きしたいのですが」
表入口から建物の中に入ると、俺は受付の女の人に尋ねた。
「はい、なんでしょうか?」
「この村にある山荘『ラヴェンデル』の中を見てみたいのですが」
山荘の名前を聞くと、受付の人の眉間に微かに皺が寄った。
「お尋ねしますが、その山荘でなにが起きたのかご存じですよね?」
「はい、殺人事件があったのは知っています」
「肝試しでも行かれるのですか? 最近、そういう目的の人が多くて困ってるんです」
俺は名刺を懐から取り出して、受付の人に渡した。
「自分はゲーム制作の会社で働いてまして、ミステリーのゲームを作ろうとしています。色々と参考にしたいため、取材を兼ねて建物の内部を見ておきたいのです。もしダメだと言われれば帰りますので」
受付の人はしばらく考え込むと、「ちょっとお待ちください」と一言残して、誰かを呼びに奥の部屋へ入った。
「怒られるかな……?」
彩さんが不安そうな顔をする。
「まあ、もともと嫌がられるようなお願いをするのだから、覚悟の上だよ」
10分後、受付の人が入った部屋から、30代と思われるの男性が一人で出て来た。その男性がこちらへ歩いて来ると、掠れた声で俺たちに問い掛けた。
「ラヴェンデルに行きたいというのはあなたですか?」
「……は、はい。そうです」
「なんでもゲーム制作の参考にしたいとか」
「不謹慎なのは分かっています。だからこうして許可を取りに伺いました。もし村の方針として止めて欲しいということであれば、このまま帰りますので」
男性は軽く溜息を吐くと、黙ったまましばらく下を向いた。
「仕方がない。私が一緒に行くという条件であれば、許可を出しましょう」
口を開くと、男性はそう言った。
「本当ですか! それなら助かります」
「申し遅れましたが、私は小野塚と言います」
小野塚……何処かで聞いたような気がする。
「すいません、小野塚ってまさか……」
「あの山荘で生き残った小野塚道雄です」