第8話 御茶ノ水始発
文字数 1,459文字
具体的な病名を告げるのは憚られたので、過呼吸の一種とか急な頭痛とかでしのぐ。ただでさえ駅員各位は振替乗車券の応対等であわただしくしているので手間を取らせる訳には行くまい。しばらく休ませてもらうことで落着した。定時はとっくに過ぎているが、こういうことなら仕方ない。今日は午前休暇、それともいっそ・・・と考えていたら、瞼が重くなってきた。
番線に入ってこないことには運転再開の見通しが立たないので、最徐行しながらではあるが黄色も朱も動き出す。アナウンスを入れるなら、五十分遅れで到着といったところか。
「で、さっきのは知り合い? それとも彼氏とか?」
「ま、ご想像にお任せします」
「ったく、ツレナイねぇ」
「先輩、お客様がいなくても勤務中ですから。ホラ、もう着きますよ!」
並走、近距離、加えて窓が開いているとなれば、無線を使わなくとも会話は可能。同じようなシチュエーションはこれまでもなくはなかったが、まず話をすることはない。先輩の太田は後輩の佐方にここぞとばかりに声をかけるもこの始末である。ボードとマーカーがあれば、また違った展開になったかも知れない。
入線する音を聞きつけて、病人は一旦起き上がる。
「ちょっとお手洗いに行って来ます」
とか言っているが、ボードとマーカーを携えて、というのがどうにも怪しい。ついでに足取りも怪しいが、何とか階段を下りきり、再びマーカーを走らせてみる。
『ありがとうございました』
窓から顔を出していた車掌の目にそれはハッキリと映った。そして距離が縮まるごとに笑みの度合いは増す。指差し確認を終えるとすかさず一礼。
「お出迎え、ですか? お加減は?」
「おかげ様で。改めまして、どうもありがとうございました。」
「先日助けてもらってますし、お互い様ですよ。そもそもあの時のお礼をちゃんと言ってませんでした。失礼しました。」
「いえいえ」
「業務上のこととはいえ、個人的に礼を述べるべき?とか。迷ってたら日が経ってしまって・・・こちらこそありがとうございました。」
ダイヤが混乱しているため、時間調整を兼ねて御茶ノ水始発の扱いに変更になった。今はちょっとしたオフタイムである。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっとした神経症というか・・・身動きが取れない状況になると具合が悪くなってしまうんです。自分の意思で動けないってのが特に。」
「はぁ、それはまた・・・私も閉じ込められるのはイヤですけど、それが仕事ですからねぇ。ま、動いてるからいいんですけど。」
「いつも楽しそうに乗務してらっしゃるから、そうは見えなかったけど」
「このお濠沿い、上ったり下ったりは特に好きですね。でもやっぱり出たくなっちゃう。だから今日も・・・」
そのおかげで助かったんだから良しとしないといけないだろう。相槌でも何でもフォローの一つ入れればよかったのだが、タイミングを逸してしまう三雄であった。
「そう言えば並岡さん、お仕事って? 空間商品部でしたよね。実は間仕切りとか?」
半端ボードを眺めながら彼女は問う。図星である。
「仕切りを仕切るというか、企画したり設計したりですね。とにかく自分でパーティション組んでる時は楽しいし、その組み合わせた中に入ってるのも満更じゃない。まぁ自在に動かせるかどうか、の違い?かな。」
話が飛躍気味ではあったが、事情はわかった。太田車掌はさっきから遠巻きに眺めるだけ。発車を待つ客が車内に少しばかりいるが、ホームは至って閑散としていて静か。少しばかり沈黙が流れる。
番線に入ってこないことには運転再開の見通しが立たないので、最徐行しながらではあるが黄色も朱も動き出す。アナウンスを入れるなら、五十分遅れで到着といったところか。
「で、さっきのは知り合い? それとも彼氏とか?」
「ま、ご想像にお任せします」
「ったく、ツレナイねぇ」
「先輩、お客様がいなくても勤務中ですから。ホラ、もう着きますよ!」
並走、近距離、加えて窓が開いているとなれば、無線を使わなくとも会話は可能。同じようなシチュエーションはこれまでもなくはなかったが、まず話をすることはない。先輩の太田は後輩の佐方にここぞとばかりに声をかけるもこの始末である。ボードとマーカーがあれば、また違った展開になったかも知れない。
入線する音を聞きつけて、病人は一旦起き上がる。
「ちょっとお手洗いに行って来ます」
とか言っているが、ボードとマーカーを携えて、というのがどうにも怪しい。ついでに足取りも怪しいが、何とか階段を下りきり、再びマーカーを走らせてみる。
『ありがとうございました』
窓から顔を出していた車掌の目にそれはハッキリと映った。そして距離が縮まるごとに笑みの度合いは増す。指差し確認を終えるとすかさず一礼。
「お出迎え、ですか? お加減は?」
「おかげ様で。改めまして、どうもありがとうございました。」
「先日助けてもらってますし、お互い様ですよ。そもそもあの時のお礼をちゃんと言ってませんでした。失礼しました。」
「いえいえ」
「業務上のこととはいえ、個人的に礼を述べるべき?とか。迷ってたら日が経ってしまって・・・こちらこそありがとうございました。」
ダイヤが混乱しているため、時間調整を兼ねて御茶ノ水始発の扱いに変更になった。今はちょっとしたオフタイムである。
「今日はどうされたんですか?」
「ちょっとした神経症というか・・・身動きが取れない状況になると具合が悪くなってしまうんです。自分の意思で動けないってのが特に。」
「はぁ、それはまた・・・私も閉じ込められるのはイヤですけど、それが仕事ですからねぇ。ま、動いてるからいいんですけど。」
「いつも楽しそうに乗務してらっしゃるから、そうは見えなかったけど」
「このお濠沿い、上ったり下ったりは特に好きですね。でもやっぱり出たくなっちゃう。だから今日も・・・」
そのおかげで助かったんだから良しとしないといけないだろう。相槌でも何でもフォローの一つ入れればよかったのだが、タイミングを逸してしまう三雄であった。
「そう言えば並岡さん、お仕事って? 空間商品部でしたよね。実は間仕切りとか?」
半端ボードを眺めながら彼女は問う。図星である。
「仕切りを仕切るというか、企画したり設計したりですね。とにかく自分でパーティション組んでる時は楽しいし、その組み合わせた中に入ってるのも満更じゃない。まぁ自在に動かせるかどうか、の違い?かな。」
話が飛躍気味ではあったが、事情はわかった。太田車掌はさっきから遠巻きに眺めるだけ。発車を待つ客が車内に少しばかりいるが、ホームは至って閑散としていて静か。少しばかり沈黙が流れる。