まえがき: 英語が駄目なら中国語をやればいいじゃない(誤算!)

文字数 936文字

 秋葉原からの総武線各駅停車最終に揺られて、十五年前の私は決心した。

どっか行こう。日本から出ていこう。

 日本にいても、誰かの役に立つでもないし。いなくなっても迷惑になることもないだろうし。帰ってきて再就職のあてはあるのかと言えば、木枯らし吹き荒ぶ某国の街角で野垂れ死にそうな気もするが、要するに何をしても食いっぱぐれなければいいのだろう。出世とか高収入とか幸せな家庭とか、もともとあまり可能性は無いけれど、諦める。ただ今出ていかないと、多分一生ここにいる。それじゃ、後悔する。

 英語は苦手である。そもそも人と話すこと自体、必要最低限に留めたい。相手にどう思われているか気になり、口の回らない自分が嫌になる。要領が悪く、協調性に欠け、新卒でアルバイト経験も無く、実家暮らしという、当時の会社はよく雇ってくれたものだ。留学というと、何だか大層なもののように聞こえるが、外国に長期滞在するためには、学生ビザか就労ビザが必要というだけである。就労ビザを申請できるような技術や経験なぞ無い。学生ビザを取得できる、できるだけ学費の安い海外の語学学校がいい。英語を使って専門の勉強をする、海外の有名大学を目指すなんて、とんでもない。

 目標は低めの設定で。できるだけ長く日本に帰らないでいること。それは結構楽しそうだ、どこに行き着くか分からない。しかし、初めての一人暮らしが海外なので、最初は安全そうなところから。英語には適性が無いし、この歳からお金と時間を費やして、上手な人のレベルに追いついてもしょうがない気がするから、他の言語にしよう。本当はベトナム語か広東語を学んでみたかったのだけど、どちらもトーン(声調)が八つも九つも有るので断念。

 シンガポールへ行こう。公用語は英語、主要言語は普通語(マンダリン)、それからマレー語にヒンディー語。クリーンな観光都市。教育機関の国際的な評価も良い。あそこだったら、甲斐性無しでもそんな直ぐへこたれることはないだろう。

 このエッセイは、さまざまな事情で、そして夢のために、十五年前のシンガポールを往来していた人たちの、思い出です。彼等の生き様や優しさは、今でも(自業自得とはいえ)世界の片隅で息切れしそうになる私を、励まし続けてくれています。
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