五、早奈美ちゃんのお願い・6

文字数 1,293文字

「もし、本当にあの子がみきさんの妹だとしたら……わたし達はこれから、みきさんと会わせてもらえるようあの子に頼むことになるのかな」
 だとすれば、早奈美ちゃんに連絡を取ってもらうことになるはずだ。わたしはちらりと、彼女の表情をうかがった。

「そうですね。私、この後亜紀ちゃんに電話してみるので……二人とも、一緒に話を聞いていてくれると助かります。亜紀ちゃんがみきさんの妹だって確証はないし、何だか少し、怖いから」
 早奈美ちゃんは小さく頷いてからそう言って、都築君が「なら、食べ終わったら静かな場所に移動しましょうか。慌ただしいですけど」と被せ気味に発言する。

 静かな場所、かあ。
 いつもなら閉店後のカンヴァスを使わせてもらうところだ。でも今日これから、散々お世話になったばかりの上、労いの言葉まで貰って別れたオーナーの自宅に押し掛けて鍵を借りるのは、どうにも気まずいし恥ずかしい。

 ……あ、そうか。自宅。

「じゃあ二人とも、これからわたしの部屋に来る?」
「杜羽子さんの部屋?」
 都築君と早奈美ちゃんが、同じ言葉を同時に発する。二人とも、この一日で随分息が合うようになったらしい。

 けれど続く言葉は少々方向性が違っていて、早奈美ちゃんは「いいんですか?」と前向きな声色で、都築君は「いくらなんでもそれは悪いですよ。ほら、あそこはどうです? みきさんと待ち合わせた公園とか」と、若干目を泳がせた後ろ向きな態度で、早口ぎみに言った。

「いいよ、全然気にしないで。一〇分くらい片付けの時間を貰えると嬉しいけどね」
「いや、そんな手間を掛けてもらうのは申し訳ないですって」
 わたしが冗談めかして答えると、都築君はそれを柄にもなく深刻に捉えてしまったらしく、両手を左右に振った。
 気遣ったつもりが、逆効果だったか。にしても、いつもノリのいい彼にしては珍しい反応だ。

「でもさ都築君、公園じゃ通りすがりの人に話が聞こえちゃうだろうし……わたし達はともかく、みきさん達のプライバシーのことを考えると、あんまり良くないと思うよ」
「そう言われちゃうと」
 都築君は少したじろいだ様子で、口ごもる。
 それを見たわたしは、すかさず早奈美ちゃんの方に視線を向けた。
「早奈美ちゃんはどう?」

「私は……そうですね、できれば、杜羽子さんのお部屋でお願いしたいです」
 斜め前に座る彼女は申し訳なさそうに眉を下げて、それから頭も小さく下げる。

「亜紀ちゃんと、どんな話をすることになるか分からないから。他の人が誰もいないところの方がいいです」

 その言葉がどういうつもりで放たれたものなのかは分からなかったけれど、少しだけ考えてみて、心がざわつくものを感じた。

 亜紀ちゃんは、早奈美ちゃんのお友達だ。きっと、早奈美ちゃんとジュン君の関係……早奈美ちゃんの気持ちを、知っていた。
 加えて、彼女が本当にみきさんの妹で、同居の家族だったならば、姉が出かけた先くらい把握していたかもしれない。

 そんな子が、早奈美ちゃんとみきさん達が鉢合わせてしまうタイミングで、あえてカンヴァスに立ち寄ったのだとしたら――

 そこには一体、どんな思惑があったのだろう。
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