第4話 国追われた王子――睦月 澄人 3

文字数 5,154文字

 澄人にガウスガンの発射実験の話が持ちかけられたのは、太一、遥馬と親しくなってまもなくの頃だった。上官との面談に呼ばれ入った部屋には、研究者らしき白衣の男性が同席していた。
 上官とは特殊武装班の管理官であり、その人の提案、とは澄人にとってほぼ命令に近いものだった。訓練官とは違い、普段あまり言葉をかわしたことのない壮年の管理官の顔から澄人はなんとなく視線を外して、胸の徽章をながめていた。
「……試験者を何人かこちらでピックアップしたんだが、みんな断ってきた。まぁ、尻込みしているんだ。君はどうだ。我々に勇気を見せてくれるか?」
そして、今度は研究者が進み出て、ガウスガンの構造の説明、無人実験でのデータを記載した書類をデスクに並べて見せた。
 澄人は研究者の胸元を眺めていた。そこには、PBの字を組み合わせた徽章のとなりに、十二角形の臙脂色の徽章があった。『トゥエルブ・ファクトリーズ』。PB(プラチナベビーズ)人権擁護公益法人のもっとも大口の出資会社だった。特殊武装班に支給される装備品のほとんどに、同じマークが入っていた。
「プロトタイプ01は、レールガンタイプになります。今まで、電力の消費があまりにも激しいことと、コンデンサの大型化がネックになり、ハンドガンへの応用が不可能とされてきましたが、プラズマ発生のための基本的構造を見直し……」
 澄人は電気銃の構造の話を、よくわからないままぼんやりと聞いていた。
「何か、質問はあるか?」
 管理官に問われて、びく、と背筋を伸ばす。
「あ、あの、ずっと思ってたんですが、僕、今年で十四なんです。銃器の取り扱いは、ハーバーガーデン内でも十六歳から、それも射撃訓練を終了してからときいています。それで……」
 管理官は口元を歪めて笑った。
「君、そもそも銃器を携帯することと射撃実験を行うことは別問題だよ。それに仮に君が装備するとなっても、これはまだ銃器ではないんだよ」
「銃、ではないんですか」
 管理官の眼鏡が、窓からの光を反射してきらりと光った。
「わが国の『銃刀法』で『銃砲』と定められているものは、『金属製弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲、および人の生命に危険を及ぼしうる威力を持った空気銃』のみだ。ガウスガン、とは従来の銃のように『装薬』つまり火薬の爆発によって弾丸を撃ち出すものではない。磁力を使って弾丸を撃ち出す新しい銃器なのだ。国内にはこの銃器を取り締まる法律はまだ存在しない。もちろん、人の身体に危害を及ぼしたり、財産を損壊させれば法に触れるが、実害が出るまでは、実質野放しと言っていいのだよ。これは、国外でも同じだ。まだ、この銃器の装備について規制する法律を持っている国はほとんどない。国際的な条例も倫理的見解も示されていない。未開の地を切り開き、新しい道を作るパイオニアは従来の交通ルールに従う必要などない、ということだよ。どうだね、君も開拓者の一人となって、この特権を味わってみたくはないか?」
 優越感に浸る口調だった。
(この人は何を言っているんだろう)
 澄人は呆然としていた。まだ、法律が整っていない新しい武器だからどう扱ってもいい、そんな理屈だ。それを作って、何に使うというのだろう。その自由を、どう利用するつもりなのだろう。
 だが、疑問をさしはさむことなど、自分には許されていない。それがプラチナベビーズの制圧に必要だと言われれば、参加するしかないだろう。金につられて契約したわけでない。自分は命を契約したのだから。
「やります」
 無表情に答えて、澄人は差し出された書類に署名をした。
 管理官が眼鏡を押しあげ、満足そうに口角を上げるのを、澄人は珍しい動物でも観察するような気持ちでながめていた。

 澄人は通電を防止のための黒いラバースーツに身を包み、射撃訓練用の大きなゴーグルを装着していた。
 ラバースーツには、あちこちに衝撃を計測するためのセンサーが埋めこまれ、全身に銀色のコードのラインが走っていた。それは背中の一点で集約され、液晶テレビのようなモニター付きの測定制御機器につながっている。
 自分ともう一人、発射実験に参加するという班員は、身長から見ても澄人より明らかに年上の少女だった。高校生だろうか、もう大人とほとんど変わらない体つきの彼女が、自分と同じ体にぴったりとしたラバースーツを着ているのを見て、澄人は目のやり場に困った。
 茶色の長い髪をさらりと背中に流して、その少女はこちらを見て微笑んだ。
「私は如月理央。よろしくね」
 ゴーグルを透かして見た瞳は、柔らかな印象だった。
「……睦月澄人です」
「中学生?」
「はい」
 理央はもっと何か言いたそうにしたが、研究者たちがやってきて話は中断された。
 いつもの地下射撃場は、やけに広く感じた。射撃訓練用の台やレーンを全て取りはらって、一つの標的だけが置かれていた。
 ガウスガンを設置した台の周りに澄人と理央が呼ばれ、プロトタイプ01開発チームの研究者たちが集まって、説明を始めた。銃器そのものは大型拳銃ほどの大きさで、本来撃鉄がある場所から、太いコードが二本伸びている。
 ガウスガンを置いた台の傍には、船舶用コンテナほどの巨大な蓄電池が三台直列で設置されていて、間に樽のようなコンデンサを介して銃器につなげられていた。蓄電池とコンデンサの周囲からは、真夏のアスファルトの上のような蒸気のゆらめきが見える。すでに熱が発生していて、天井近くにある通気ダクトのプロペラがフル回転していた。
 発射位置には白いテープの目印が貼ってあり、その周囲には、耐熱素材でくるまれた衝撃吸収用マットが敷き詰められていた。
 標的、として用意されたものを見て、澄人は息をのんだ。なんとなくだが、コンクリートのかたまりだとか、無人の装甲車を想像していたのだったが、二十メートル先に用意されたものは、小さな家だった。標準的な鉄筋コンクリートのマンションと同じ強度で準備されたという屋根のない一部屋だけの家だった。四畳半ほどの広さの中に、木製のテーブルが置かれ、かこむ椅子にはご丁寧に三体の黒いマネキンが座っていた。衝撃実験用のマネキンは、目も鼻も髪の毛もない真っ黒ののっぺらぼうだ。それでも、澄人の目には家族三人の団らんの図に見えた。
 これを壁の外側から撃つのだ。研究者の説明によれば、設計どおり強力な磁場を発生させれば、撃ち出される銃弾の弾速は、初速で秒速8キロを超えると試算されている。従来の大型狙撃用ライフルが秒速2キロ弱なのだ。スピードは破壊力に比例する。ハンドガンの威力としては、今までの火薬による銃器とは比べ物にならない。もはや、狙撃の精度だとか、障害物などは関係ない。壁の向こう側からであっても、中の人間をこっぱみじんにできるというのだ。
 仮に街中を持ち歩いても、まだ誰もとがめることすらできない、未知なる兵器。澄人は気味の悪い感覚が、足元から這い登ってくるのを感じていた。
(自分は何をしようとしているのだろう)
 視線を落とし、そのまま自分の少し前に立っている理央を見た。その膝が細かく震えているのが見えた。
(僕と同じものを見ている)
 澄人は確信した。あれはやっぱり、家族団らんの家だ。こちらに危害を加えようと向かってくる敵ではない。
(一体、なんのために僕らはあれを撃たねばならないのだろう)
「如月理央、前へ」
 号令に少女の肩が大きく揺れた。ロングヘアーが波打つ。ガウスガンの載った台の前に進み出て、研究者から銃器を受け取る。その右手は銃器を支えられないほど震えていた。研究者が何か声をかけ、理央は右手の震えを止めるために左手でその手首をつかんだ。ぎゅっと自分の手で自分の手首を握りしめたまま、立ちすくんでいる。その両肩が激しい呼吸に上下している。
「僕が」
 気づいた時には進み出ていた。
「僕が先にやります」
 澄人は、わざと乱暴に理央を後ろに押しのけた。背後で小さな悲鳴が聞こえた。
 澄人は研究者たちの顔をうかがい見て、理央との順番が入れ替わることに問題がないのを確認した。
 銃器を握る。右手を引き金にかけ、左手を銃身についたレバーに添えた。的に照準しやすいようレーザーサイトが取り付けられているのは、おそらく、射撃訓練を受けていない澄人のためなのだろう。分厚いマットを踏んで進み、テープの印の前に立つ。
 ブン……。
 背後でコンデンサがうなりをあげた。弾倉部分のエネルギーパックが青く光る。
 ブ……ン。
 作動音の音階が少しずつ上がっていく。もう一度、標的を見た。灰色の四角い枡だ。
 澄人はつとめて、今日の昼休み、自分を殴ったクラスメイトの顔を思い出そうとした。人目につかない校舎裏で、三人がかりでやられた。自分だって特殊武装班の一員なのだ。射撃訓練は受けていないが、体術はひととおり習っている。自分は小柄で筋力もけっして強くはないが、一対一で押さえこむ自信はあった。
 それでも。一般人に手を出してトラブルを起こすのは、実験の支障となり、契約違反になる。だからひたすら耐えていた。自分を無力と決めつけて優越感にひたる彼らの顔を、じっと観察していた。
 そんな時、澄人はいつも自分に言いきかせている。人間性を見極めるのだ。いつもの監視業務のように。液晶画面を隔てて向き合っている時と同様に、冷静になるのだ。彼らは、人なのか。人として生きる権利があるべきだろうか。それを見極めてやるのだ。そう考えて、少しでも惨めな気持ちから自分を守ろうとしてきた。
 澄人は、今までの人生経験から一つ痛烈に悟ったことがある。人間は社会的な動物だ。他者とのつながりを深くし、生存競争から弱い固体を守って繁栄してきた。だが、その社会の中に人間はヒエラルキーを作りたがる。そして、必ず自分の下位に誰かを置いて安心したがるのだ。
 母国でも、教室でも、人間の本質は変わらなかった。特に、上位の者の弱みをみつけて下位にひきずりおろすとき、人間は驚くほど残酷な一面を見せた。
(僕はそれを、心にも体にも、忘れがたい痛みとともに刻みこまれてきた)
 この新しい武器の開発だってそうだろう。
 プラチナベビーズ。特殊な能力を持つ彼らは、人類の最上位に位置する存在になるかもしれない。それが怖いから、いざという時ひきずりおろす方法をあみ出しておきたいのではないだろうか。
 ブ……ン。ブ……ン。
 作動音がさらに音階をあげて、耳障りな高周波を発する。
 澄人の構えた銃器は生き物のように、温まってきた。指示されたとおり、脇を締めて銃身を上げる。レーザーサイトの赤い光線を、無機質の壁に合わせる。
 カウントダウンの声が聞こえた。一度、深く息を吸って、ゆっくりと吐く。
(大丈夫、やれる)
 澄人は今まで自分の心の底に封じてきた思いが、うかびあがってくるのを感じた。それは深海から立ち上る泡のように、次第に明確なかたちを持って上昇し、表層に達してはじけた。
 僕だって。僕だって、そんな人間の一人なんだ。誰かをひきずりおろして、踏みにじりたい。自尊心をめちゃめちゃに叩き壊してやりたい。
 ああ、そうだ。人間の残酷さをよく知っている自分こそが、本当は一番残酷になれる。澄人には自分を殴ったクラスメイトが、今、自宅で何をしてるのかが面白いように想像できた。宿題でもやっているのか。自室で好きな漫画やゲームに囲まれているのか。それとも家族とテーブルについているだろうか。
(そこは安全な場所とでも思っているのか。お前の居場所だって消してやる。わけもわからないままに、根こそぎ吹っ飛ばしてやるからな)
「3」
(科学の力を、こんなふうに使うのが正しいかなんて僕にはわからない)
「2」
(それでも、撃つ)
「1」
(この世界が大嫌いだ)
「0」
(みんな滅びろ――――)
 澄人はレバーをひいた。誰かの悲鳴があがった。
 耳が痛くなるほどの爆発音。まばゆい光が網膜を焼く。圧倒的な力で弾きとばされた。自動車にはねられる時、とはあんなふうなのだろうか。
 人形のように空中に投げだされながら、くだんの銃器が白い発光体を撒き散らし、生き物のように暴れまわるのが視界の端に見えた。そしていまだ、その銃器のレバーと銃身の持ち手を握っている自分の手。
(手?)
 澄人は先の無い自分のひじから、ホースを押しつぶしたような勢いで血液がほとばしるのを見た。
 頭から落下したマットは、白い炎で包まれていた。ゴムの焼ける異臭。髪の毛が燃える音――そこで気を失った。
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