第6話 (休題)とある番組内からの抜粋(神谷)

文字数 1,655文字

琴音が数寄屋で祝られていた頃、
その裏で神谷がとある生番組に出演していた時の一コマ。
司会はテレビ局の政治部担当記者と女子アナウンサー。
神谷のお相手を務めていたのは、当時都知事だった男性。

番組全体の議題は”保守とは何か”。
話は大戦後日本社会、そして世界について議論が交わされた。
東西冷戦を軸に、日米同盟などの話などが話された後、
ふと司会の男性に、「神谷先生にとって、戦後日本を保守の立場から見ると、どの様な評価になりますか?」と問われ、それに対して答えるところだ。

神谷「それを話すとちょっと長くなるし、これは生番組だから時間も無いし…」
男性「いえ、時間はたっぷりありますから大丈夫です」
神谷「昔から保守思想…その大元であるイギリスの保守の考えには、それこそ三原則があってね。まず一つ目は、英語では”fallible”と言うんだけれど、これは日本語にしたら”可繆性”といって、つまり『人間というのは不完全なものなのだから、その時その場の気分で思い付いた理屈だとか理論なんかに自ら埋没するな。”爾自らを疑え”というのが第一テーゼでね」
男性「なるほど」
神谷「で第二テーゼだけれど、これは社会を”有機体”と捉える考え方で、例えば木とかの植物を傷付けてしまうと枯れてしまったりするでしょ?これは人間社会にも言えて、何せその社会を構成しているのは、生まれも育ちも性別の違う個々人がそれぞれの過去を引きずっている、必ずしも合理的には生きていない代物の集合体なわけだからね。だから第一テーゼとも絡むけれど、過去の事例を無視する様な思いつきの机上の空論なんかで、無闇に改革をしてはいけないという事。でー…少し触れた様に全て関連性があるんだけれど、今までの話の結論として出てくる第三テーゼは、”gradualism”つまり”漸進主義”。要は頭でっかちな右派の様に頑固に過去のものに固執するのではなく、時代が流れれば否応無く変化は逃れられないのは自明なことだけれど、でもそれを息急き切って先頭に立って突っ走るのではなく、一番最後尾からゆっくりと慎重についていく態度、また一番後ろにいるお陰で全体の流れを落ち着いて観れるという美点もあるから、最後尾にいるもんで、もしかしたら先頭に向かって『方向が間違っているよ』と声をかけても届かないかもしれないけれど、それでも飽くなく声を発し続ける…とまぁ、冗長になってしまったけれど、これがまぁイギリスの伝統的な保守主義なんです」
男性「はっはぁー、なるほど…」
神谷「でまぁ、ここで質問に改めて答えるとね、五十年体制とかいってずっと与党に居続けたあの党は、冷戦期はずっとアメリカに擦り寄って、それでずっと過ごしてきた訳だけれど、でも冷戦が終わって、パクスアメリカーナとでも言うのか、アメリカ一強時代が九十年代の間だけ続いたけれど、結局それもポシャって、アメリカはもう世界の警察を辞めるとまで言い出した。…まぁそもそも、日本とごく一部の国以外は、アメリカが世界の警察だなんて認めていないけれども。何せ、今世紀に入ってから、アメリカは傍若無人に我が物顔で偉そうにイスラム諸国に攻め込んで侵略している訳だしね。…いや、何が言いたいかっていうと、アメリカ自身がそろそろ自分の力が落ちてきたことに徐々に気付き始めて、それを認め始めているというのに、この日本ときたら、今だに”冷戦脳”の連中が、政治家、経済界、官僚、そして教育の分野の中にいて、そんな人らが国の行方を左右し、たまに何かし出したなと思えば、改革だのなんだのと、何を血迷ったのか偉そうに、たまさか今産まれて生きているだけの人間が、過去二千年近く続く日本の社会に施そうとして、実際に施してきた訳ですよ。それも、自称保守党と名乗っている政権与党が。…まぁ長くなりましたけど、結論としては、戦後日本では、ポツポツと小さくはいたけれど、大まかに見たら影響力が全く無かったという意味でも、保守というものが無かったということですね」
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