天離(さか)る、海風(うみかじ)に叫ぶ―

文字数 23,396文字

第一話 ひたすら環境保護を説く!
 多田愛(まな)は北九州市出身。現在沖縄〇市明朋大学の三年生。女子高生の頃より環境保護活動に関心がある。大学では環境保護のサークル「エナジラス」に参加。二年生の時に同サークルが発表した「エコロジーの花咲く街」はインフラのすべてをエコエネルギーで賄う近未来の都市の姿を創造し、全国大学アカデミーで優秀賞を戴いた。
 大学の専攻は国際文化研究科に所属し今年からはSDGs研究課程に進んだ。将来はSDGsやエコロジーを社会にコンサルする企業に就職したいと漠然と考えていた。
 2019年マドリードで開かれたCOP25(第25回気候変動枠組条約締約国会議)にも自費で参加した。その頃は飲食のバイトも順調で旅費を捻出できた。語学の方は流暢とはほど遠い。同行した帰国子女の友人が頼りだったけど。
 そん時は話題の環境活動家、スウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんとも知り合うことが出来た。嬉しかった。十代の頃から毎年ノーベル賞候補にも挙げられるカミだ。その後は定期的にSNSで連絡をとりあっている。ツーショットのスマホ写真は誇りであり宝物。
 沖縄の海に拡がるサンゴ礁のことを紹介し、近年の海水温の上昇(0.7~1.1度)で白化現象(サンゴ礁の死)の危機にさらされていること。また白化のもう一つの要因である淡水や土砂の流入を止めるべく、保全活動の啓蒙に努力している現状を伝えた。
 彼女も世界自然遺産である石垣のサンゴ礁を見ていたらしく「So great of all it!」と大仰に腕を拡げ満面の笑顔を浮かべてくれた。
 2001年と2007年に沖縄近海では大規模の珊瑚の白化現象が起こった。その後も海水温の上昇は留まることを知らない。メガ・タイフーン(台風)の増発も、海水温の上昇を裏付ける証拠となっている。
 豊かになった国は今まで自然から恩恵を受けた分をお返しをしなければならない。なのに日本はまだ及び越し。アメリカの顔色を窺っているのか、大幅なCO²削減には同意せず、COP25では「化石賞」なる不名誉賞を頂戴する。
 アフリカなどの発展途上国にあってはエネルギーは不可欠な要素。飢餓貧困と闘わねばならない。だから彼らはCO²を出しても致し方ない。
 問題は先進国。充分に潤った自国経済よりも、地球の将来を見据えて環境保全活動に力を入れて貰いたい。それでもまだ自国の経済を守りたいならば、せめて排出するCO²と同等の植林をして欲しい。植物はCO²を摂取し酸素を放出する。
 自国に植える場所が無ければ、アマゾンを元に戻す活動をお願いしたい。熱帯雨林アマゾンは地球全体の三分の一の酸素を供給している巨大酸素製造工場。けれど原因不明の大規模火災と焼き畑農業で、すでに十パーセントを焼失してしまった。その十パーセントを元に戻す為に資金拠出をして貰いたいのだ。
 ユーラシア大陸内陸部の砂漠化も大問題。毎年数パーセントの勢いで原生林が不毛化している。これらは人類全体の問題。子孫を残さないと決めればそれでいい。未来を語るならば看過は出来ないだろう。
 小学校の理科で習う植物の光合成は、二酸化炭素と太陽の光で自らの生命を保ち産物として酸素を生み出す。だったら二酸化炭素がいくらあってもいいんじゃないの? と言われそう。けれど二酸化炭素量があまりに多すぎる。

 加えて化石燃料と云われる石炭や石油を燃やして出る二酸化炭素を植物は嫌うらしい。(詳しいメカニズムはまだ解析されていない) どうも化石燃料自体が、幾世代にも亘る植物のご先祖が造ったものだからかな?
 よく温室効果と耳にします。これは、地表が太陽光を浴びるものの、その分に見合った赤外線を宇宙に放出して、平均気温14度の法則を保ってきたと云うものです。この「温室効果現象」は人間を含めた地球の全生物が生きてく上の大前提な訳です。
 ところが増えに増えた二酸化炭素はこの温室効果に悪影響をもたらします。宇宙に放出されるはずの赤外線量を減少させ、温室効果現象の値をプラスに転じさせてしまうのです。
 さらに新たな問題が浮上しました。温室効果現象のプラスによって地球の気温が上昇し、北極圏のツンドラ(永久凍土)が溶け出し、メタンガスを排出していると云うのです。このメタンは、地表が宇宙に放出する赤外線を、二酸化炭素の80倍もの勢いで吸収してしまうことで知られています。
 結果、地球はますます温暖化し、極部の氷は解け海面上昇する。そしてこれは、台風の大型化、頻発など気象災害を招き飢饉を産み、人間の食糧を奪ってゆきます。未来の人類には、過酷な気象条件から飢餓に喘ぐという予想図がすでに描かれているのです。
 こうなると悠長なことを言っている時代はとうに越して、喫緊の人類最大の課題と云えます。


 多田愛は「ウチナーの自然を守る環境活動」を「エナジラス」で主催し、参加者は沖縄・九州各県、大阪、東京からも総数百名にものぼる。気温を気にせずに動きやすい毎年冬、大学の休みを利用して、沖縄の一地点を決めて清掃活動をする。手弁当の活動。
 浜辺、山や川には不法廃棄物が多い。一回の清掃で二トントラック複数台になる。最近はプラスチック問題が根深い。ペットボトル、レジ袋、食品容器、発泡スチロール。
 プラスチックは数百年経っても分解されずそのまま残る。地面や川底にへばりつき、自然の循環浄化サイクルの邪魔をする。
 また魚や鳥、小動物が餌と間違えて食べ腸閉塞で死ぬ。唖然とする出来事が起きた。奈良春日大社の鹿(神の使いとされる)が、観光客の持ち込むレジ袋や食べ物の包装プラスチックを、匂いが附いているものだから餌と間違え、食べ死んだのだ。
 棲息する千四百頭の不自然死を調査すると年間何十頭にも及ぶらしい。スゴク身近に感じられた。状況は海でも同じ。海洋プラスチック問題がちょくちょく報道される。浜辺に打ち上げられたクジラの異の中には、大量の海洋プラスチックが。今に可愛いペットのワンちゃん、ネコちゃんにも危険が及ぶかもしれない。犠牲が出てから気付く実害。
 悪気がなくともプラスチックを使用している間は、身近な自然にまき散らすことになる。ここに来てレジ袋有料化とやっと一歩前進した。小さなことの積み重ねがようやく世論を動かす。環境活動家たちが訴え続けて十年、初の栄誉と云える。

第二話 やむなく闇バイトへ
 東京も案外暑いんだな。沖縄でそれまでの人生を過ごして来た比嘉穂高は首に巻いたタオルで額の汗を拭う。暑い時はタオル(手拭い)に限る。地元のオバアたちの口癖。日除けに頭に巻いたり汗を拭ったり。
 ―
 リゾートホテルマンとしての人生は五年目で頓挫した。原因はコロナウィルス。客が来なければホテルは成り立たない。文句の付けようがない。天災には労働組合でも声が出ない。
 穂高は4月より一時休職扱いとなった。失業よりはマシとも云えるがなにぶん先が見通せない。お先真っ暗というヤツ。組合は見舞金として半年間ひと月5万円を支給してくれる。それもあと数月で終わる。
 会社は家族持ちの社員を優先させる。仕事もないのにおよそ20人の雇用を護るのが精一杯。人事課長さんに「ごめんな! 終わったらすぐ来て貰うから」。平身低頭謝られてついこちらも頭を下げてしまう。
 県内には仕事がない。唯一無二の産業の観光業がやられてはそもそも職を探すのがムリ。ホテルの在る本島北部の〇市のハローワークにひと月通い詰めたがサトウキビの収穫時のアルバイトだけ。それも秋のことだ。
 社員寮には居られたが何もすることがない。食費だけでも浮かせようと那覇市壷川の自宅に戻った。両親は共働き。父はマンション管理会社で嘱託社員をしている。母は国際通りの飲食店でやはり職を失っていた。
「いい若いものんが仕事もせんと、なんばしょる!」
 認知症が現れたオジイに罵られる。長く出稼ぎで苦労した博多弁が抜けない。仕方なく昼間は実家をあとにする。徒歩で「波の上宮」近くのビーチをめざす。県庁、市役所を通って58号線まで出るが、舗道には所狭しと弁当売りの机が並ぶ。道路脇には路駐の軽自動車。
 コロナで店を閉めざるを得なくなった飲食店が少しでも稼ごうとビジネス街にひしめくのだ。需要と供給の関係で一食300円を切る弁当まである。穂高は毎日その中の一つを購入し朝昼兼用の食事とする。
 「波の上宮」下のビーチでぼんやりと時を過ごす。普段の夏ならば水着姿の観光客で賑わう。でも今は地元の小学生が数人だけ。



 カモメ、カラス、ネコたちも餌を貰う相手が居なくなり所在無げだ。つい、「こいつらもさぞ腹を空かせてるだろうな」などと余計な心配までしてしまう。
 穂高の職場はいま世間を騒がせている「普天間代替飛行場」建設現場を見渡せる高台にある。眼下の大浦湾は希少動物、ジュゴンの生息地。ペアで仲良く泳ぐ様子を度々見かけた。
 でも、埋め立て用の土砂が投入されてからは姿を見せない。建設現場からの騒音のせいか土砂のせいかはよく分からない。たぶん両方のせいだ。しかも土砂は貴重なサンゴ礁を破壊する。
 穂高は普天間の現状も知っている。あんな人口密集地帯に大型ヘリポートがある。頻繁にアパッチやオスプレイが離発着を繰り返す。いつどんな事故が起こっても不思議じゃない。移転は仕方がないこと。
 うーん、でも、そもそも米軍が沖縄から居なくなればいいんじゃない? 沖縄県民最大のジレンマ。沖縄の米軍基地関連の仕事に従事する人の数は多い。また、日本政府より出される多額の沖縄振興予算。社会インフラ、医療、教育に割り振られる。これらのお蔭で沖縄は豊かになったと、実感する住民は多いのだ。
 問題の工事現場の辺野古地区「キャンプ・シュワブ」へのゲート付近には、「基地反対! 即時撤去!」を掲げる幾つもの看板の隣に常時寝泊まりする相当数の人間たち。その人たちのことを地元民は誰も知らない。
 少なくとも近所のひとならば顔を見知っているはず。誰が何の目的でこの人たちを派遣しているのか? 不思議。とても裕福な環境活動家にはお世辞にも見えない。
 ホテルからはこの大規模な工事の様子が手に取る様に見える。夕方、休憩に入った数人の同僚たちと、大浦湾の夕景を眺めながら缶コーヒーを啜っていた。
 すると中国との交換研修生がこう言った。
「こんなことしても無駄だよ。中国人民解放軍はアッという間にここまで来るよ」
 中国人訛りの日本語にはヤケに真実味があった。(確信)ともとれる言葉だった。
 ―
 穂高はいつもの習慣でツィッターで「#バイト」を眼で追う。
 ふと、あるツイートに目が留まる。
 簡単案件! 高額バイト! 闇バイト! 誰でも日払い15万円~保証します
 直接dmください! 
 ふーむ、ブラック、闇バイトももはや隠さない処まで来たの? だって、「闇バイト」と自ら記してある。ここまで明言しても需要があるってことか。
 次にグーグルで闇バイトを検索する。運び屋、受け子、出し子、掛け子と概要が明記されている。続いて、その罪状について検索する。
 警察署や弁護士事務所のサイトに繋がる。なので「絶対にダメ!」とか「罪は重い」などのフレーズばかり。
 犯罪にかかわりなく知らずにブツを持ち歩いた場合は逮捕されるの? この問いに対する回答は、
 「未必の故意」となる。つまり裁判所に結果が充分に予測出来ていたと判断されて有罪となるそうだ。が、詳細は記されていない。
 要するにこれらのサイトは犯罪を抑制する立場にある。罪に問われないなどと記せば犯罪を助長させてしまう。
 穂高は決心した。食べられないのだから仕方がない。dmしてみよう。
「やります。詳細を教えて下さい」
 しばらく待つが返信はない。こういう人たちは昼間には活動しないか。日課である次のスポット、バスターミナル傍のハローワークに向う。
 穂高は食べ終えた弁当のプラケースを公園のゴミ箱には決して捨てない。家に持ち帰り不燃物として廃棄する。カラスやカモメに引きずり出されれば永遠に分解されない{最強のゴミ}と変る。彼も環境保護活動に熱心な若者のひとり。
 数日後に「闇バイト」から返信が来た。
 沖縄では案件がない。東京に来ればその日からいくらでも仕事を紹介する。羽田に降りたら連絡されたし。070-3451-8----。ショートメールで。平日午後であればすぐに返信可能。
 反対されるかと思った。沖縄では珍しい一人っ子だし。両親は明るかった。
「そりゃ、やっぱり大都市だわな。目星はついてるんだろう?」
 曖昧な返事をしたが、父親は気にも留めずバブルの頃に東京でタクシードライバーをしていた体験談をはじめる。
「道路脇に客が何十人も、タクシーに乗りたくって、万札振ってるんだわ。中には3枚も5枚も」
 一体どれだけ前の話しだ。今は沖縄の何十倍のコロナ罹患者が毎日出てる。景気が佳い訳ないだろう。まぁ、今の両親には息子の世話にも荷が重いのだ。懐具合も理解出来る。そんなこんなで百均の布袋に生活品を詰めて東京に旅立った。
 ―

 今は渋谷センター街の入り口。陽射しは沖縄ほどではない。けれど湿度は高い。茹だるような暑さ。首のタオルは絞れるくらいに汗で重みを増している。
 東京に来てから、五件の運び屋をやった。A地点からB地点へ荷物を届ける。AにもBにも人は居ない。支給されたスマホにショートメールで置き場所と届け先の指示がある(画像付き)。
 荷は何の変哲もない茶封筒に入っている。見ない方が為になる。でも触った感触や重さから、その手のクスリだと分かる。時にはカードだし明らかに携帯電話と分かった。
 報酬は届けられたことが確認されると、最初の荷物の上に置いてあるキャッシュカードに振り込まれた。名義人は「SOGA HARUMI」とある。おそらく盗品だろう。一回で三万円だった。まだ一週間も経たないのに15万円の現金が手に入る。素直に嬉しかった。このままで行けばホテルマン時代の給与を遥かに超える。
 今日は六件目のショートメールでの指示を待つ。

第三話 ネコも歩けば金欠女子
 さてさて、そんな充実した学生生活を送っているかに見える多田愛だか、コロナ禍で生活環境が一変してしまう。飲食のバイト三つが全滅。生活費が捻出できない。今では300円の弁当が買えないありさま。
 学生でもOK(親にもバレないスマホで対応可)のローン、いわゆる「神スリー」からもすでに限度額10万円ずつ。来月からは三社への返済15000円が始まる。
 こんなはずではなかった。コロナ騒ぎも半年ぐらいで収まると軽く考えていた。
 本当に困った。
 世間では親に援助して貰えと云う。でも学費は出すけど生活費はバイトで賄う。それが親との約束事って学生は多い。両親だって共働きでギリギリの生活を送っている。
 それに一端、北九州の実家から離れてしまえば正月などの行事に一度帰るか帰らないかだし。よく掛かって来た電話もあまり出なくて返信もしなければ、親もそれきりになる。別に怒られることもなし。つまり親よりもキラキラはしたモノが世の中には溢れている。こっちから遠ざけといて今更、弱音は吐けない。

 時々話す電話の終わりになんども、
「お金貸して貰えない?」と云おうとしたけれど、「バイトも大事だけど身体だけは大事ね!」と言われて電話を切られてしまう。そんなことがたびたび。(笑)

 自立支援金とか一時給付金、生活保護を受ければと簡単に言うけど学生にはムリだ。あれは世帯を単位としている。多田愛はまだ多田家の扶養家族の一員。
 同じような境遇の友達と話し合った。どうしたらいい? 問題はコロナ終息の道筋、期間。
大方の意見はワクチンを接種すれば集団免疫を持ち経済が徐々に戻るんじゃないか。
 それじゃ、この一年を乗り切るための方策を考えた。沖縄は観光で成り立っている。
「リゾートのホテルもダメなの? あんなにあるじゃない? それに海の近くには飲食店がわんさかあるし」
「七割占めてた大陸からのお客さんが全く来ないのよ。那覇空港も閑散としていて、飛行機何も那(キ)空港だってさ。タクシーやってるお父さんが言ってた」
「国際通りだって、ひと時は人とすれ違うのにぶつかるんじゃないかと心配して歩いた。今は目をつぶっても歩けるよ」
 それでみんな笑った。しかし伏し目がち。


「松山(地区の名称)でコンカフェとかクラブとかは?」 
「あん、ダメダメ、客が居ないよ。夜、軽(車)で廻ったけど人が居なくて、店も開いてないよ」
 みんないろいろな情報を持っている。それだけ必至ということ。
 ある女子から風俗という声があがる。誰もが避けていた言葉。そこまでやりたくない 。(身をやつしたくない ) 場が盛り下がる。それでも、違う女子がバイトをしていた友人の話しとして、
「でも今はキャバクラでも日に5千円稼ぐのがやっとだそうだよ。それに汚い、痛い、何よりコロナ感染大だしね」
 八方塞がり。今日はこれで解散。沖縄には「ユイマール」と呼ばれる相互互助教育がなされている。困った時はお互い様というヤツ。その場で現金を多く持つものが無い者に千円ずつ配った。
 愛は最後に手元に残った故郷の大切な友人(同性)から誕生日プレゼントに貰った三万円もするcoachの財布を手放すことにした。
 通い慣れたリサイクルショップに売りに行く。彼女は大阪の大学行った。しばらくは逢わない。また会う時までに何とかしよう。今はこれしか方法がない。ごめんね、カナちゃん。(泪)
「番号札十一番の方~」
 アナウンスがあった。自分のことだ。
「三千円ですが、いいですか?」
 経験上、そんなものだろうとは考えてはいたが、
「あのう、もう少しダメでしょうか?」
「じゃ、三百円ね」
「はい、ありがとうございます」
 愛は素直に嬉しかった。一食分浮いた。ショップの担当者は五十絡みの小太りの男性だった。いつも額に汗が滲んでいる。
「ツィッターで動画売ったら? {売り子}さん」
 愛はなんのことか分からない。
 不思議そうな顔をしていると、スマホを操作して画面を出した。
 画面上には、ツイートがズラズラ並ぶ。
「私のエッチな動画買ってください。今なら3000円です」
「オナ動画5本まとめて買ってくれたら10000円にします。詳細は固ツイを見て」
 こんな文言と一緒にスタンプで隠した裸の写真が並ぶ。
 この人は親切で教えてくれたのだ。そう分かって居ても、思わず恥ずかしさに両手で胸を隠した。
 男性は3300円をトレイに載せて差し出した。いつものように売却承諾書に署名をしている間に、
「お金になるのは若いうちよ。しかも女子だけの特権。
 男は若くても一銭にもなりゃしないさ~」
 愛は上乗せしてくれた礼を言いさっさと店を出た。

 閑散とした国際通りから外れた高台の公園で、売上金を百均の新しい財布に入れる。男性から言われた動画{売り子}のことが頭から離れない。
 愛は無料でwifiが使える観光案内所に向かう。自分のスマホで確認するためだ。


 観光案内所で友達と待ち合わせた。この手の話しに強そうな女子。美人だし女子よりも男子と一緒居ることを好む。嫌う女子も多いが何故か愛は気に入られている。大学の桜ラウンジで独りお茶していると必ず隣の席に座って来る。ハーブ系アロマの佳い香りがした。
「ごめんね、愛ちゃん、待った! 」
 宮城夢愛はアイスラテを片手に腰を降ろした。
「なになに話しって」
 今日も露出度の多いピンクのタンクトップに白のスキニー。スレンダーな体型を際立させている。愛はリサイクルショップで聞いたツイッターの画面を見せた。
「ああーん、裏垢女子ってヤツね。愛ちゃんもやるわけ? 愛ちゃんNiziUのAYAKAに似てるからきっとたくさん、いいね! 貰えるよ」
「うらあかって、何のことなの?」
「ツィッターにアカウントを二つ持って、別の私になって好きなことを演じる、かな? だから裏アカ。まぁ、沖縄じゃ、そんな女子は居ないわよね。需要もないし」
 眼から鱗の世界。ウラアカに需要。俯く愛に向って、
「ああ、分かった。バイト代稼ぎたいんだ? {売り子}をやるわけね」
図星をさされて愛は恥ずかしくて両腕で胸を隠した。今日はこれで二度目。
 それを見た、夢愛が、
「わたし、愛ちゃんのそれ可愛いと思う。だから好き。どっかの勘違いブスがそんな仕草しても腹がたっちゃう」
 きっと誰かのことをさしているんだと思う。そん時だけ目つきがキツク変わった。
「で、どこまでするの?」
 夢愛は自分のスマホをいじってページを出した。
「この子たちは裸を写真や動画で売る。値段は決まってない。自分の価値は自分で決める。客はそれを欲しければ買うし、全く売れない場合もある。それは分かるわよねぇ?」
 愛はひとつ頷く。夢愛は外ハネミディアムの髪を掻き揚げ、ストローを勢いよく吸った。
「いい、お客の価値基準は可愛いくて綺麗な若い女子の服の中身。胸、お尻、アソコ。だってネットを観れば女子の裸で溢れてる。タダで幾らでも観られる。それでも買う気になるのは身近なこの子の裸だから。なので、大概の子は固ツイに顔写真を載せる。あ、地顔の必要はないのよ。身バレが怖いでしょ。顔アプリでいじった上にスタンプで隠す。要するに可愛くしてぼやかして大いに見たい気にさせればいいわけ。オトコのスケベ心をくすぐる」
 愛は聴き入る。けどいまいちよく分からない。ぼんやりとした顔付をしていると、
「そうね。やってゆくうちにコツがつかめるわよ。他の人のツイートも参考にして。いいねやフォロワーの数が多いヤツね」
 このあと、夢愛の話しは夜の帳が下りても続いた。
 夢愛はフードコーナーにあるタコライスもご馳走してくれた。お金に困っているようには見えない。ネイルもサロンでコーディネートして貰ったものだし、髪も毛先のみミンクブラウン。(自分で染めるのはムリ) 愛は思い切って夢愛の懐具合を訊いてみた。
「愛ちゃんだから教えるね。わたしパパが居るのよ。IT企業を運営しているの。四十代で妻子持ちで、ちょっとお腹がたるんでるんだけど、別に本気じゃないから」
 愛は還す言葉が見つからない。これは歓んであげることなのか、褒めていいことなのか? 全く別世界の事柄。
 そのあと二人はひとつ上の階のBTSのグッズ売り場へ。愛も夢愛も大ファンだ。
コロナでも二三人のお客が居た。夢愛はピンク色の寝具三点セットをすぐに手に取った。愛はどうせ買えないので店先に立っていた。遠くから雰囲気だけ愉しむってヤツ。いつもの習慣。
 夢愛はそんな愛の腕を引っ張った。そして大好きなSUGAの抱き枕を愛に手渡しレジに向った。金色のクレカを愛に振って見せた。たぶんパパ名義のクレカ。 

第四話 ネコたちの避難所
 ここは〇市公設市場に隣接する駐車場の脇。五メートル四方の広場がありコーヒースタンド、パン屋から軽食を購入しベンチで食べる。広場を囲うようにアカバナ―(ハイビスカスの原種)が植えられ、それは見事な枝ぶりのガジュマルの樹が一本、人々の日除け雨除け風除け替わりに聳える。


 コーヒー、パン屋に挟まれた間口一坪ほどのリサイクルショップらしき店舗が。ここは還暦を迎えた天野春江が一人で営む。金沢八景(横浜市)出身の彼女は人生の荒波にもまれ流され沖縄で地元出身の夫と出逢い家庭を成し一男一女をもうけた。  
 夫は脳梗塞で倒れ闘病中。息子は市役所に勤め、娘は山口県に嫁いだ。春江はこの日も軽トラで朝、病院に寄ってリハビリに励む夫の顔を見てから、お店に向う。 
 店前にはネコが四匹春江を待っいてる。朝食の時間。春江は店から餌と水を取り出し放置されたままの四つのお皿に均等に盛り付ける。ネコには序列があるからだ。春江はペットが大好きで保護犬猫活動をしたい。でも資金がない。
 息子経由で市役所にお伺いをたてたが、税金は市民の要望によって割り振られる。医療、教育、住宅、ライフライン……。
 どうもここ〇市では保護犬猫活動は認知されていないようだ。毎年要望を出し続けてもう七年になる。
 確かに近くの歓楽街で酔った客が平気で地域ネコを蹴り飛ばす。お腹を蹴られたネコは内臓破裂で死んでしまった。また、子供たちは産まれたばかりの子猫を小枝で突っついてなぶる。春江は亡骸を海が見える丘に埋めた。哀しかった。
 いま保護しているネコは四匹。片耳の欠けたブチ♂、びっこを引くニャン♀、それから兄妹猫のオモチとアズキ。どれも年齢は分からない。わずかな募金と自腹で去勢避妊手術と三種混合(ウイルス性腸炎、ネコヘルペス、ネコ風邪)ワクチンは施した。
 目下の処、ワンちゃんまでには手が回らない。それにここ〇市では未だに犬の放し飼いをやっている。散歩をしていると向こうから首輪をした犬がやってくる。まぁ、散歩の手間は省けるかもだが、強面の犬と出くわすと思わずドキッとしてしまう。そんな土地柄だから保護犬活動と云ってもなかなかに難しい。
 お店にネコ用のゲージはない。資金が無いこともあるがここは沖縄。真冬でもネコは寒くない。たぶん外の隠れ場所に居る方が快適なのだ。今までに保護したネコは十五匹、すべて写真に収めてある。半分以上はここで余生を過ごした。残りは引き取り手が現れて幸せに暮らしている。
 お店の賃料は月三万円。捻出するために支援者が持参した古着を販売している。バッグやお財布に靴なども。なのでパッと見リサイクルショップに見える。店の名前はキジムナー。沖縄の妖精、神様の名前。この神様はガジュマルに棲むと云われている。すぐ横には樹齢三百年の大樹。
 お店には開店直後から多様な女性たちが集まる。同年代の散歩がてらのお喋り仲間がいれば、仕事目的の若い女性が三人いる。広場でマッサージ術を施し金を稼ぐ。そのために必要な道具一式を春江のお店に月三千円で預けている。
 いくら説明を聴いても春江にはよく理解出来ない。一人はインドのアーユルヴェーダ(インド発祥五千年の歴史を持つ)の医療術。アロマオイルを使って全身のマッサージを通じて体調を整える。試しに時々痛む腰を手当てしてもらった。なんか、ラクになった気もする。この女子は他にスマホの画面を護る特殊コーティングの仕事もやっていた。
 もう一人は中国式の気功術。太極拳のような動きから周囲の気を集めて患部の血の巡りをよくする施術法。この女子は産まれたばかりの子供を託児所に預けてやって来る。ご主人は宅配ドライバーだそう。
 三人目は超難解。宇宙からの気を受け取り頭部のリラクゼーションをする。お客に棘がたくさん付いた帽子を被せる。試してみたがこれも頭がスーツとしたような気がする。
 どの子もアラサー女子。店舗を持てば賃料がかかる。ならば広場で。屋根が無いので雨天は休業となる。宣伝広告はSNSで。ホームページも持つ。ジックリとそれまでの人生を聞き及んだことはないが苦い経験から逃避して沖縄へ。自分と同じ。だから彼女たちに共感し協力する。どの子も固定客ばかりポツリポツリと。とてもとても潤っているようには見えない。
 あ、肝心なネコたちは朝の食事のあとは想い思いに広場に佇む。やがて近くの歓楽街から出る生ゴミを糧にする野良ちゃんたちもここに集結する。強い陽射しが容赦なく降り注ぐガジュマルの樹の日蔭には十数匹のネコがまったりとした時を過ごす。
 春江はこの光景が好きだ。この気持ちを一言で著すならば「倖せ」だろうな。
 さらに主要な人物が。唯一の男性。おそらく自閉症の若者。年齢は26。(自分で話した) 姿恰好は委細構わない。いつも同じ服で現れる。頭はボサボサ。
 温暖な沖縄ではこういう人は結構いるのであまり気にはならない。彼は店内の椅子に座って沖縄の環境保護活動を熱心に説く(ウチナーグチで)。今昔の二枚の写真を並べて環境破壊がいかに進んでいるかを述べる。聞いている人が居ようが居まいが一切構わない。春江の脇で口述は夕方まで続く。
 彼がどこに住んでいるかは分からない。聞いても話さない。そうだ、もう六年になるのに名前も知らないや。三人のヒーリング女子や常連客の間では、{講談師}のコーちゃんと呼ばれている。すーと現れて気が付けば消えている。そんな印象。今日はまだ姿が見えないけど。
「こんにちは。今日は風があって気持ちいいね」
 市場で八百屋を営む通称、青さん。彼は夜になると市場の二階の一室で「子供食堂」を主催する。市場だから手元の野菜のほか、お肉、総菜、おやつ類までなんでも揃う。廃棄寸前のものを貰い受け、近所の気のいいオバアたちが調理して夕食を作る。今年で十年ほどになる。常時二十名ほどの子供たちが集う。
 青さんは春江の活動にも興味を示し、「市場子供食堂」のホームページに(保護猫)のコーナーを作ってくれている。頼りになる地元生まれの好青年だ。仕入れが終わって店を開く前の一服。焙煎コーヒーをガジュマルのベンチで愉しむ。
 動物には人間の本質を見抜く能力がある。危害を加えられる可能性のある人の元には決して近寄らない。酷い場合には姿を見ただけで逃げ出してしまう。でも、青さんにはどのネコも親し気に近づく。足にマーキングしたり、頭を撫でられたり、中には腿の上に乗って来るものも。
「オモチは少し太ったねぇ」
 青さんも嬉しそうだ。春江にとってはこれも「倖せ」な日常のひとコマ。

第五話 奨学金の罠に絡まれて
 宿泊所はネカフェ。個室、九時間で二千五百円、十二時間で三千円が相場。シャワーはサービスで付いている。千円アップでカプセルホテル(大浴場やサウナ、休憩室付き)もあったが、いつまでも闇バイトをするつもりはない。
 穂高は手にしたお金で真っ先に支払ったのが奨学金返済の三ヶ月分、九万円。私立大学の授業料としてざっと四百万円を借りた。平均よりちょっと上の額。貸与型だかなんとか無利子タイプにこぎつけた。それでも卒業した次の月から三万円の返済が始まる。およそ十一年と二か月間続く。無事に終わるのは三十五歳。中年のオッサンに入る。
 もちろん返済額を半分の一万五千円と設定してもよいが完済までの年数は倍になる。人生の計画図をジックリと考え、家庭を持つ前までに完済したいと月三万円にした。就職先のリゾートホテルの初任給は社保、税抜きでおよそ二十万円。充分支払って行けると計算した。けれどコロナのせいでこの有様。
 奨学金と聞こえは優しいがこれは紛れもない借金中の借金(保証人付き)。自己破産しても保証人に請求書が届く。逃れようがない。保証人はもちろん父親。三月返済が遅れると保証人に請求書が行くことになる。ブラックに認定される可能性もあるとか。(この場合のブラックは以降全ての金融機関からの借り入れは難しくなるということ) 今回はギリのセーフ。
 いわゆる奨学金は国保負担金。国民の血税。血税からの借金はブラックより上の最強の借金だ。日本固有の保証人制度を利用して雁字搦めに縛る。普通民間の金融会社は貸し付ける時に大なり小なりリスクを負うものだ。しかし血税からの借金は返還されるべきものとの考え。貸与側のリスクは0。保証人が返せなければその財産の差し押さえにも入る。
 学生の三人に一人が何らかの奨学金制度を利用していると云う。そりゃ、学生時代は楽しい天国。お金は神様から受け取るようなもの。けれど一端社会に出れば返済地獄が待っている。悪魔が口を開けて待っている。苦慮している学生は実に多い。
 穂高のようにそこそこの企業でも正規社員として採用されれば見通しは明るい。だが、就職先に苦労し非正規で雇用されると、社会保険もボーナスもなく最長三年の契約書を結ばされる。会社の業績によっていつ契約を打ち切られるか分からない。給与も正規社員の0.7~0.8。そんな危うい生活の中で、このコロナだ。最悪。
 穂高はシャワー室でねとつくような全身の汗を洗い落し飲み放題の飲料を片手に個室に戻る。個室と云っても一坪もない。大型のパソコンをやっと置けるテーブルに椅子のみ。横たわることは出来ない。(リクライニング機能は付いているが)それに昼間でも薄暗い。オバアがよく防空壕に入って沖縄石灰岩の岩肌を背に幾日も過ごしたもんだと云っていた。まさにその状態にある。
 ネカフェの設備はネットの使い放題。また人気のコミックも充実している。さらに映画やドラマも何種類かは観られる。食べ物は安いが品数が少ないので近くのスーパーで弁当や総菜を買ってくる。
 利用時間が決まっているので大体夜十二時に入って翌十二時に出る。運び屋の仕事は何故か渋谷近辺での受け取りが多いので、センター街近くのネカフェを選択することに。また時間も夕方以降に集中する。空いている時間はデパートなどのクーラーの利いた集合施設で過ごす。スマホでSNSやゲームをする。
 Twitterやインスタを眺めながら、つくづく若い女子はいいなぁ、と思ってしまう。顔と体だけでお金になる。この考えはセクハラに当たる。ホテルマンとしてセクハラに関する研修を受けた。まぁ、男でもホストクラブのバイトもあるが自分はその手の男性とは違うと思う。こんなことを考えていても一銭にもならない。
 ある時、「新薬治験」のバイトを見つける。二週間二泊三日を二回で十三万円~もらえる。運び屋よりはマシ。逮捕の心配もないしそれで死亡したとの報道もない。条件は健康状態良好の男子。
 おそらく凄い数の応募者。それにコロナ禍だし治験自体やってないかも。当たるハズはないと思ったが当たった。病院のような六人部屋で投薬後の様々な医学的検査を受けた。複数回のPCR検査に外世界との境界線はキッチリ分けられている。
 施設内は自由に歩ける。テレビ付きの娯楽室やジムもあった。薄暗いネカフェよりははるかに佳い。なんならここにずっと居ても構わない。そんな話しで母親くらいの歳の看護師さんとは親しくなった。なぜ採用になったのかが分かった。沖縄出身者だから。ナイチャー(内地の人)とは遺伝子配列が多少異なるとのこと。
 また薄暗いモグラの巣(ネカフェ)に戻る。ここを利用する客は多様。否が応でもバッタリ出くわすことに。ラブホ替わり使うカップル。(ラブホよりはかなり安価)でも明らかに歳の差のあるカップルも。これはたぶんp活、サポ、プチと呼ばれる行為。売春に近い。大きめの部屋ペアシートに入る。女性からしてみればラブホよりは危険が少ないと思うのだろう。密室にはなるが狭いし大声で人は呼べる。
 次は若い女性ひとり。女性専用シートがある。コロナで女子だって喰い詰める。パンパンのリュックやスーツケースを持ち込む。一体どうしているのだろうか? 要らぬ心配までしてしまう。つい、TwitterでQRコードを晒してSNS乞食をする女子を思い浮かべてしまう。
 ご飯が食べられません 百円でいいから恵んでください
 困ってます 援けてください お礼はします
 「乞食行為」は軽犯罪法違反。知ってるのだろうか?
 いやいや、実は女子を装う男子かもしれないか? うら若い女子である方が稼ぎやすい。SNSはなりすましが多く実体が定かではない。
 さてさて、穂高はコンビニに出掛ける時に近くの電信柱に張り紙を見つけた。
「渋谷の街をきれいに! 街角の清掃活動。ボランティア募集!」
 穂高は次の日曜日の朝九時にボランティアの集合場所の公園に居た。これも環境保護活動の一環。渋谷は居住する街ではないが、闇バイトをする罪滅ぼしかも。
 支給されたゴミばさみと大型のポリ袋を片手に渋谷の街中を隈なく歩く。穂高の担当は空き缶とペットボトル。センター街などは五十メートル歩かずに袋が満杯になる。道玄坂に出ても植え込みの中にゴッソリと見つかる。
 夏の暑い日のこと。汗だくとなる。ふと、ボランティアの中の若い女子に目が留まる。あ、似てる。穂高には彼女は居ないけれど何となく好きで気になる相手がいる。シャイな彼はデートに誘えない。口に出かかっては溜息に変ってしまう。
 彼女は大学の後輩で、サークルも同じ環境保護のグループ「エナジラス」。今年三年生になる。時々、Twitterで挨拶を交わす。〇湾の清掃活動をした時の写真をスマホ画面に出しては彼女のことを想う。
清掃活動のあと数人からお茶に誘われた。同じ年代の若者たち。涼しい店内で一息をつく。
「生活たいへんですよ。奨学金は還せないしいつまでも親にたかってばかり。恥ずかしいです」
「僕は来月から北海道に畜産業研修に行きます。東京では仕事がない。奨学金はキツイ」
 こんな話しばかりだった。なぜ、沖縄から東京に来たのか? 聞かれたが返す言葉に詰まる。目的が「闇バイト」とは言えない。
「たまたま、親戚の法事にちょっと来ただけです」
 穂高の額には通常の汗とは違う液体が浮かぶ。それでも、分かったことが在る。
 若者は、コロナ禍じゃなくてもいずれ〇〇〇禍なるものがやって来て、にっちもさっちも行かない状況に陥ってしまう。そんな危うい状態にあるということ。

第六話 売り子と万引き兄妹
 多田愛は決意した。よしやるぞ! 「#動画販売」は散々に眺めて研究した。その結論として、三十分のオナ動画を自撮り棒で制作した。そのための道具や演技の方法は夢愛から聴いた。三十分を五つに分けて六分の動画を五本用意し一本三千円とした。
 そして何より重要なことはこれ以上は絶対にやらないこと。私の動画販売はこれのみ。それがプライド。(他の子はダラダラと幾つも動画や写真を撮り次々にアップしリクエストにも応える)そう決意すると何だか罪悪感も薄らぐ。
 裏アカを使ってTwitterにアップした瞬間は指が震えた。まずは身バレ。マスクをして髪型を替えたり染めもしたが本当に大丈夫だろうか?
 即座に、「アレ、愛ちゃんじゃない。ここまでやるんだ」などと云うdmが還って来ることに怯えた。
 畏れを和らげてくれたのは夢愛の一言だった。「大丈夫! 愛ちゃんには見えない」よ。
 数分で三桁のインプレッションがある。いいね、が次々に、そしてdmが入り始める。夢愛の言う通りに、大半が冷やかし。中には誹謗中傷も。暴力的な表現も。世の中には病んでいる人は多い。
 複数回のやりとりの後、最初の注文が入った。素直に嬉しい。動画を送ると「可愛い…〇×」褒め詞が。これもまたなんか嬉しい。
 夜九時から初めて、夜半三時までに十本が売れた! 生活が、暮らしが、食べ物が、飲み物が、欲しい化粧品、洋服が……。ジックリと「ゆとり」の余韻を噛み締める。
 翌日は昼の三時まで寝むれた。リラックスの証し。
 え、でも夢なの? 愛は急いで枕もとのスマホを見る。と、注文らしきものが溢れている。
ヨカッタ! 本当のことだ。
 アップする時間は夜八時過ぎ。購入する層を考える。生活にユトリが無ければ買えない。働いているサラリーマンが中心。相手が独身か妻帯者かはこの際関係ない。仕事から解放される時間帯を狙えばよい。
 とにかく昼間はアップしない。深夜の一、二回にする。これは夢愛にも忠告された。あまりアップの頻度を挙げると「安物」にみられる、と。なるほど。
 売り上げが詰まった決済アプリでスタバのラテLを注文する。何か月ぶりのこと。優雅なひと時に身を委ねる。だってお金になる仕事を手に入れた。それも楽チン。飲食のバイトと違ってお客の顔色を伺う必要もない。マスターから文句を言われることもない。勝手きまま。
 なんで今まで思いつかなかったんだ。身近にこんな宝の山があったのに。教えてくれたリサイクルショップの店員さんに感謝を述べよう。事実、二三日後に売却した友達からのプレを買い戻しに行った。あの店員さんじゃなかった。もし同じ人だったら感謝のシルシに私の動画を見せたかもしれない。

 でも、愛は旭橋の上、海に沈む夕陽を見つめて、同時に失ったものにも気付く。
 それは、清廉潔白さ。清々しいさ。無垢の羞恥心。手つかずの自然(笑)さよなら。
 愛はふと「エナジラス」の先輩のことを想った。昨日dmがあった。東京で元気で働いていると。彼はTwitterで女子の裸を買うような人ではない。でも何か悪いことをしたような気がする。他の男子と浮気をしちゃったような。そんな心持ち。
 哀しい。切ない。
 ―
 子供食堂に、扱いずらい子供がふたりやって来た。小学五年生の男の子と三年生の女の子、実の兄妹。なにが扱いずらいかと云えば二名は「万引き常習者」。児童相談所に何度も保護されている。
 もちろん親と思しき人物にも注意喚起される。実の母親だが「やめるよう、言って聞かせる」とそれだけ。特に驚き慌てる風でもなく重大なこととも受け止められていない。やりたいならやらせておけば。そんな風にも感じられる。
 両名の成りは薄汚れている。何日も着替えていないTシャツに短パン。足元は島草履。唯一の救いは妹の草履はピンク色。春江はまず店に並ぶリサイクル品から着られるものを探す。幸い子供の服はちっちゃくなって着られないものを持ち込ん来るので豊富にある。
 春江は適当に選んで着替えさせた。やはり汗臭かった。洗濯よりは捨てる。別に愛着もないようだった。二人は仲良く並んでネコを撫でている。こうしてみればどこからどう見ても普通の小学生の兄妹。
 青さんから声が掛かる。
「様子はどうですか? 」
「あ、ご覧の通り。可愛いもんですよ」
とは言っても、この界隈ではちょっと鳴らした {万引き兄妹}。違和感は強い。
「それで、訳は分からないんですか? 」
「はい、児相の話では一切何も言わないそうです。警察の調査ではどうも仲間が居るらしくて、その日のアガリを持って行って分け合う。相手は中学生らしいようです」
 青さんはその仲間たちを{窃盗団}と表現した。春江はますます分からなくなる。
「じゃぁ、お腹が空いて食べ物を盗る訳ではないんですか? 」
「はい、どうもそのようで。家に帰れば簡単な食事を用意してあるみたいです。もちろん母親は仕事で居ませんけどね。戦利品の中には、文房具、ちょっとした置物、大人の洋服まで在ったそうで」
「では、換金目的? 」
「いやぁ、そこまでは。戦利品は手つかずに見つかってますしね。リサイクル店でも子供が持参すれば怪しく思うでしょう」
 ますます謎は深まる。アズキを愛おし気に抱っこしている。別にいたぶってイジメる風ではない。
「で、しばらくは学校のあとに子供食堂で預かります。ゲーム機もあるし友達も居るし、何よりも監視できる」
 青さんはこんな負担までも引き受ける。本当に優しい人だ。
 太陽が本気で大地を照らし出す頃には、万引き兄妹はガジュマルの広場でネコたちの餌やりを引き受けるようになった。夏場は八時頃まで明るい。春江の店も九時過ぎまで開いている。夫は病院だし食事の算段をする必要がない。市場で適当に少量を買って食べる。
 どうも子供食堂に集まる他の子供たちとは遊ばない。ゲーム機にも興味はないよう。ヒーリングを施す女性たちとも軽く話しを交わす程度であまり親しくならない。
 不思議なことに、例の自閉症の男性とは一番気が合う。彼の脇で、大人しく彼が説明する沖縄で起きている環境破壊の実態を聴いている。ただ彼は{万引き兄妹}に特段関心があるようには思えない。いつものように我関せずの態度。ひたすら喋り続ける。{講談師}のコーちゃん。
まぁ、子供だから、集まって来るネコたちに興味が移ったり、青さんにアイスを貰いに行くようなことは在っても、大体は彼の廻りで一日が暮れてゆく。彼が風のように消えると万引き兄妹もヤサに帰る。何とも解せない。


最終話 海風(ウミカジ)に乗せて
「COPウイーク」と沖縄〇市明朋大学の環境サークル「エナジラス」のメンバーたちはそう呼ぶ。今年は昨年コロナのせいで開かれなかったCOP26がイギリスのスコットランド西部の港湾都市グラスゴーで開催される。
 それに併せて世界自然遺産{やんばる}のビーチで環境活動に熱心な人たちが集まり意見を述べ合う。大画面モニターはグラスゴーの本会場とオンラインで繋がる。配信箇所は世界30箇所にも及ぶ。もちろんグラスゴーの本会場にはグレタさんほか著名な活動家がいる。
 〇市も助成金をくれる。会場設営、大画面モニターなどオンラインイベントには結構金がかかる。だから大掛かりなサークルの一大イベントとなる。市では八月の花火大会、十月のエイサー(伝統の太鼓をたたき跳ね回る踊り)地区大会に次ぐ事業規模かもしれない。しかも今年はコロナで花火とエイサーはない。
 比嘉穂高はTwitterで「エナジラス」の告知を観た。東京での{仕事}に潮時を考えていた矢先のこと。環境保護活動に参加することで沖縄に帰る。貯金は二百五十万円近い。いわゆる「闇バイト」のほか、巣ごもりで需要が増えたピッキング、箱詰め作業、膨大に持ち込まれるリサイクル品のリメイク作業(消毒清掃し売れる商品に戻す)など数多い職種をこなした。やはり大都会。探せば職はある。
 これだけの現ナマがあれば奨学金の返済に当分困ることもない。認知症のオジイには嫌味を言われ続けるだろうけど、実家に居れば生活費は切り詰められる。月に三万円ずつでも入れれば多分母親は微笑む。
 三席を占有できる空席だらけの沖縄便で今後の生活に想いを巡らす。
 けれど、この金が尽きたら。それまでにコロナ禍は解消するのか? 罹患者数は一進一退。吉報もあれば悲報もあり。晴れかけた心にまた暗雲がかかる。また、「闇バイト」の世界に逆戻りか。
 本島が見えた時はさすがに気分が和らぐ。飛行機のドアをくぐりターミナルビルに出るまでの通路で早速、故郷の空気を感じる。この匂いと頬にあたる優しい風。

 帰って来た。四か月ぶりのウチナー。
 ―
 多田愛はこの日もスタバで大好きなアイスラテを片手にスタイリング雑誌に目を通す。稼業の{#動画販売}には三ケ月を経てスッカリ慣れてしまった。平均して一日に三本売れる。ひと月で三十万円。今までの飲食のバイト代を遥かに凌駕する。
 罪悪感も現金の溜まった決済アプリの現実に蔭を潜める。もしこの稼業「売り子」がなかったらブラックのレッテル貼られたまま、今度は本当の闇金に手を出して、それも返済できずに今頃は半グレに追われているかもしれない。そんな友達を見て来た。
 とにもかくにも「神スリー」の返済に多くを充てる。それでも全額は還し切れていない。もっと動画数を増やしたり、客のリクエストに応えた動画を撮れば、月に百万円も達成出来るかもしれない。
 だけどそれは最初に誓ったことに反する。「これ以上は絶対にやらない!」今は最低限、
{危機}を脱したことに感謝すべきなのだ。
 そして数日前から困った事態が起こりはじめた。ツイートが凍結され始めた。ならばアカウントを替えてアップするが数時間を経ずにやはり凍結される。この事態に「#動画販売」を生業とする女子たちは騒ぎ始めた。Twitter社の「凍結祭り」だと。
 愛は夢愛から対処方法を伝授される。けれど売上は減少してゆくだろう。「売り子」たちは自らの体を張って女子の大事な心を棄てた。なのに世の中ってヤツは精一杯の稼業にもNOを突き付ける。一体、どうしろと云うの?
 
 さてさて、〇市での「エナジラス」の環境活動を数日後に控えて台風がやって来た。沖縄に台風は切っても切れないお友達。でもそれは言ってはいけない。やっぱり厄介者だな。
 六月から十月にかけては月に三つの台風がやって来ることもある。しかもナイチャー(本土)のようにアッという間に過ぎ去るものではない。毎度一週間から十日影響を受ける。(台風はコンディション1~2の状態。発達途上)気圧の低下、高湿度、高い波、強風、スコールと悩まされる。
 ひと月に三つくれば月内影響下にある。那覇市の中心部の大型マンションなら安心だが、大抵の家はその都度備えて過ぎ去れば後片付け。その繰り返し。ひと苦労。
 今回のは「メガ台風」と呼ばれている。中心の気圧が限りなく900ヘクトパスカルに近い台風のこと。気象庁は「十年の一度の巨大台風」と表現するが、毎年のことでもはや誰も信じない。現在では台風は必ず巨大化するが常識。
 「エナジラス」のメンバーは地球温暖化による海水面温度の上昇が原因による必然と結論付けている。後押しするように、地球気象学者は数字と指標を交えながら科学的に論じてくれている。
 台風十四号は現在フィリピン東の海上にあって中心気圧970hPa、あさってには先島諸島が暴風域に、予想中心気圧930hPa。最大瞬間風速70メートル。すでに愛の居る〇市でも風は生暖かく、時折スコールがある。台風の前触れと分かる。
 穂高は一度実家によって東京土産の菓子と先々の生活費十万円を母親に渡し、〇市にある元の職場にタントで向っている。母親のホクホクとした顔が忘れられない。オジイは相変わらずブスッとした顔で昼間からイカ墨でコップ泡盛。
 職場だったリゾートホテルは今シーズンは諦め、来年の海開き(二月末)を目指して全面再開を目指している。その時には頼む! などと絵空事を言われる。
 穂高の目的は「エナジラス」の環境保護活動に参加するための宿泊所の確保。一つ返事で職員寮を貸してくれた。
 穂高にはもうひとつ愉しみが。それは後輩の多田愛に遭うこと。彼女の笑顔を見るだけで占えない明日への活力が漲ることだろう。
 愛はその頃、〇市の歓楽街近くの1kのアパートで「エナジラス」のメンバーとLINEのやり取りをしていた。イベントの準備状況の確認。ただ問題はこの台風。中止すべきだろうか?
でも、COP26は開催される。イベントのために県外からも駆けつけてくれた人も多いと聞く。
 つけっぱのテレビからは台風情報が漏れ聞こえる。今までの情報に変化はない。 
 比嘉先輩からも参加するとdmがあった。ついでに近況挨拶も。もし、「#動画販売」のことを知っていたらこんな素直な挨拶は来ないだろう。
 愛は心底ホッとした。今まで通りに、先輩と逢える。

 台風十四号は徐々に近づく。〇市でもスコールの頻度が増し、時折、樹木の枝を揺り動かす突風が吹き出した。その晩のこと、Twitterに一件のツイートが。 
 公設市場のガジュマルが倒木に瀕している。みんな集まって欲しい!
 不思議なことに発信者の@マークは空欄になっている。
 あのガジュマルなら知っている。遥か昔から住民に親しまれて来た。子供は登ることを競い大人は陽射しや風を避けた。とにかく憩いの場を提供して来た。何としても救けたい。穂高は着替えもせずにタオルを首に巻いてタントに乗り込む。足は馴染んだ島草履。
 愛もレインコートを被り長靴で市場に急ぎ脚で向かう。
 永年自然の猛威に耐え抜いて来たガジュマルにも寿命がある。それは生命あるものの宿命。二メートルもある太い幹の中央部分の上下に亀裂がハシッタ! 今にも真っ二つに引き裂かれそう。
 何しろ枝ぶりが大きく広がり風の抵抗を受けやすい。青さんは直径三センチはある丈夫なローブを大樹の幹回りに二重に巻き付け、真っ二つに裂ける危機を回避する作戦に出た。一方の端を広場にあるAの鉄柱に固定し、もう一方をBの鉄柱に固定しようとするがなかなか上手く行かない。もう少しの処で届かない。
 そこに穂高が加わり二人がかりでロープを引っ張る。春江は三人のヒーリング女子たちと背丈ほどある木杭を倒れようとする幹に押しあて地面に固定しようとしている。
 愛はようやく広場に到着しそこに穂高を見つけた。急いで穂高の元に走る。
 穂高と愛、視線が交錯する。
 二人の手が引っ張るロープの上で触れ合う。
 その瞬間、負の行為で散々に痛めつけられてきた互いの心に温もりが産まれた。
 それは一言で著すなら、ト・キ・メ・キ。
 たとえ将来が見渡せなくても今は倖せ。そけだけでいい。
 雨はスコールから長く降り続ける大粒の水玉に変る。レインコートではない穂高はまんまプールに飛び込んだよう。
 と、びっこを引くネコが雨と風の勢いで駐車場に蹲ってしまった。そこに、万引き兄妹が現れ抱きかかえて春江のリサイクル店に向う。
 夜が明けようとする頃になると凄まじかった風雨がまるで嘘のように収まる。台風が大陸の方に進路を替えたのだ。騒ぎで集まって来た仲間たちは一様にその場にヘタリ込む。
 皆の関心を一身に集めるガジュマルの大樹は無事だ。安堵の笑みが浮かぶ。
 青さんと穂高も安心しきって繋ぎ止めていたロープの端を外した。
 その時、支える力を失った大樹の半分が駐車場目掛けて倒れ込んだ。
 もの凄い音がした。愛にはその音が「あがー!」と聞こえた。ウチナーグチ(沖縄方言)で、「痛いっ!」悲痛な叫び!
「あーあ、死んじゃったね」
 春江が二つに引き裂かれた巨樹の姿を見て泣き崩れる。
「おばさーん! 」ヒーリング女子たちも春江を取り巻き肩を落とす。
 
 すっかり陽が昇った頃、皆はあと片づけを始める。飛び散った木の破片、小枝、葉っぱを集める。
 万引き兄妹も手伝う。でも何かを必死に捜しているように見える。引き裂かれた根元を見ている。
「お兄ちゃん、キジムナー(沖縄の妖精、神様)はどうなったの? 死んじゃったの? 」
 妹が兄に尋ねる。兄を答えずに必死に幹回りを探(さぐ)り続ける。それを見ていた青さんが、少年に、
「キジムナーとは誰のこと? 」
 万引き少年は語り始めた。はじめて本音を呟いた。 
「あのお兄ちゃんは万引きしなくてもよい世界に連れて行ってくれた。そこには、お寿司やお肉、お菓子やおもちゃ、ゲームまで何でもあった。このお兄ちゃんなら信用出来ると思った。味方だし仲間。だからお兄ちゃんとは友達。万引きをするなと云えばもうしない。だって、お兄ちゃんの世界にいれば、もうしなくたって済むんだ」
 春江は想い当たった。毎日、店に来るあの自閉症らしき青年、{講談師}のコーちゃんのこと。
ヒーリング女子も顔を見合わせる。
 真っ二つの割れた根元に麻袋が置かれていた。春江は恐る恐る持ち上げようとするが重い。その場で中を見ると何やら小銭がたくさん。青さんが春江の店に持ち込み改めてテーブルの上に広げた。
「これは明のものです。{永樂通宝}と書かれた小銭を持ち上げた。十五世紀の中国の王朝のものですね」
 歴史をかじった穂高が。その他に棒状のものが三本ほど。薄汚れた金属の表面には「明」の文字が彫り込まれている。春江がおっかなびっくりで雑巾でこすると金色の輝きを放つ。
「これは金ですね。それもかなり重い。三本で十キロ近くになります」

 ここは県の歴史資料博物館。過去の遺産を独り占めにして佳い筈はない。資料館に収蔵して貰うために持ち込んだのだ。対応した学芸員は白髪交じりの初老の男性。穂高と愛は倒壊したガジュマルの樹の中から見つけた「麻袋」をそっくり手渡した。
 学芸員は「ちょっと待ってて」と云い、一旦奥の研究室に持って行った。
 待合室の穂高と愛。二人の手はこの時もしっかり握られている。離してしまえば、また罪人に逆戻りしてしまう気がする。それだけは嫌だ。
 そんな二人にしか分からない想いが存在した。
 十分ほど経って学芸員は姿を現した。手には例の麻袋が。
「これは別に目新しい物じゃない。残念ながら歴史的発見とは言えない。だからあんたらに還す。〇〇(古物商の名)に行って換金してもらいなさい。たぶん三千万円にはなる。金は純金。24K。これはキジムナーから貰ったんだろう。それを掠め取ったらワシが殺されてしまうわ」
 学芸員は身震いして見せた。(確かにガジュマルに棲むキジムナーには荒ぶる神の一面もある)

 青さんはこの資金で一般財団法人「@ニライカナイ」を立ち上げた@を付けたのは、Twitterにツイートしたのはキジムナー本人としか思えないから。そして何よりもお金をくれたことに感謝する意を込めて。※ニライカナイとはウチナンチュが信じる海の彼方の楽土のこと。
 子供食堂を拡充し、さらに多くの子供たち、いや、どんな人にでも食事に困る人の為の食堂にした。
 春江の店内には真新しい大小様々なネコのゲージが並ぶ。近くの動物病院と連携し犬猫用の緊急保護施設とした。この日も目脂(めやに)で眼が開けられないネコちゃんが運ばれて来た。
 あのガジュマルの大樹は?
 半分になった幹に樹木医が手当てを施し再生を図っている。枝先には瑞々しい若葉も散見される。
 ヒーリング女子たちはいつも通り営業中、お客との間に笑い声が絶えない。
 万引き兄妹はネコたちの世話を続ける。今日もあのお兄ちゃん、青年{講談師}、コーちゃんが再び現れるのを待つ。

 やんばるのビーチで環境保護の会議が開かれた。COP26の本会場とオンラインて繋いだイベント。会議で参加各国の首脳が自国ての環境政策を述べる。その発言が脱炭素、地球温暖化対策に即応しているか否かを討議し評価する。日本は今年も「化石賞」だ。
 会場はどよめき、罵声が溢れる。
 愛も穂高も声高に懸命に非難の声をあげる。拳を何度も振り上げる。
 と、いま、この瞬間に分かった。私たちは何にこんなに憤り、腹を立てているのか??
 それは、
 バイト先がなく「売り子」を生業にせざるを得ない世の中に、
 奨学金が還せず「闇バイト」に手を染めざるを得ないこの社会に、
 いま、罵声を浴びせているんだ!!
 
 波音は絶え間なく、秋天にこだまする ――
                             おしまい                
 (この物語はフィクションです。登場する人物、団体にモデルは居ません)
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み