第2話 気になるお店

文字数 1,272文字

 コロンコロロン……。

 いまどきのカフェと違って、ドアを開けた瞬間にベルが鳴ったときは、少しだけためらった。
 中は思ったよりも狭くて席はカウンター二列、店の真ん中が通路で、内側と外側に向かってる。
 通路に添うように並んだ観葉植物と店内に小さく流れる落ちついた曲が、大人の雰囲気みたいでステキだ。
 キッチンに向かうカウンターに、OLっぽい女の人が腰を下ろしてぼんやりと雑誌を眺めていた。
 同じ列に座るのは気が引けるし、なによりお店の人と向き合ったままになるのもちょっとイヤ。
 私は迷わず、反対側の席に向かった。大きなガラスの向こうに、白樺並木と線路、あのランプが見える。

「いらっしゃいませ」

 優しそうな雰囲気の大人の男の人が、お水とメニューを持ってきてくれた。
 お店の中にいるのがこの人だけってことは、この人がマスターなんだろうな。
 私はそう思いながら、ココアを頼んだ。

 初めてこのお店に来たのは、初めてバイト代をもらった日。
 その日はちょうど日曜日で、両親にちょっとしたプレゼントを買った。思ったより早く買い物が済んで、ずっと気になっていたこの店に寄ってみた。
 普通ならファーストフードとか、カフェやファミレスに寄るんだろうけど、一人で行くのはなんとなく気が引けたから。

 それに……。

 実はちょっと気になっていた。
 このお店の前に、大きいのになんだか控えめで、そのくせに変に暖かく見えるこのランプ。
 地元の同級生たちは、昔から当たり前のようにあるこの店を、特に意識することもない。
 当然、話題にのぼることもない。

 だから、誰かが突然、ここにくることもない。
 誰にも会いはしない、そんな安心感もあって、ここへ来た。

 今日で三度目。
 三度とも、ココア。

 もう夏だから、アイスココアもいいかな?
 そう思ったけど、冷房の効いた店内では、あったかいココアがちょうどいい気がした。

 ただぼんやりと外の景色を眺めたり、手持ちの小説を読んでみたり、時には塾の宿題をしたりして、二時間ほど時間をつぶす。
 このお店では、一人の時間が心地いい。
 イヤな思いもしないし、さみしい思いもしない。誰も私の邪魔をしない。
 ふと顔を上げたとき、ガラスに店内の様子がうっすらと映っているのに気づいた。
 衝立がわりのような植物の向こう側に、女の人の細い背中が映っている。

(あの人もいつも一人だ。私みたいにこうやって、時間をつぶしてるのかも)

 こんな田舎の小さな喫茶店。
 私が来たときに、他のお客さんを見たのは一度だけ。
 それは私が最初に来た日で、タクシーの運転手さんが二人、遅いランチを食べていただけだった。

(あんまり流行(はや)ってないのかな……? つぶれちゃったらやだな……)

 ココアに口を付けてまた外に目を向けた。
 目の前を同年代の女の子が数人、横切った。ドキリとしてカップを両手で包むように持ち、顔を隠すようにしてココアを飲みながら、通り過ぎる女の子たちの顔を見た。

 全員、知らない顔。

 それでも私は、誰もこっちを見ませんように、と願いながら、その姿が見えなくなるまで目で追った。
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