第2話 斗有無学園及び近隣集団変死事件

文字数 1,636文字

 

 抱きしめた腕が、そっと離れ
 地獄の門が開く。
 一瞬で校内は闇に包まれた。

 そして叫び声にも包まれる。

斗有無(とうむ)学園及び近隣集団変死事件』
 (のち)にそう呼ばれるこの凄惨な事件は
 人間による犯行ではない。

 ただの百鬼夜行がここを通ったのだ。
 何百年に一度蘇る化け物がたまたま、ここを通ったのだ。

 俺達が
 アリの巣を気にせず踏み潰すのと同じだ。
 その瘴気に触れると、人間は化け物に変化する。
 変化に耐えられない体であれば、そこで死んでしまうのだ。

 なつみは俺の前で
 崩れたような肉塊の化け物になって死んだ。

 残った右の瞳を大きく見開き、涙を流して……。

 甘い、口づけを交わした後で俺はカッターナイフを取り出す。

 急に暗くなった教室や叫び声の異変に気付いたなつみは
 更に俺のナイフを見て、驚いた顔をした。

 でも恐怖ではない。
 俺達は、そんな軽い安い信頼関係ではなかったんだ。

 俺達がどれだけお互いを信頼し、大切に愛しく思っていたか――。

 そんな事を考えている暇はない。

 あと15秒。
 俺は自分の耳をナイフで、半分切り落とした。

「きゃああっ!? (さい)!? 何を!?」

 地の滴るそれをすぐに
 なつみの口に無理やり押し込んだ。

 もう信頼が全て恐怖に変わってしまった恋人を
 俺は抱きしめながら、涙を流しながら、それを飲み込ませる。

 ここまでするのに何回リープしただろう?
 切り取る部分も、指だの目だの色々と迷い、間違え失敗し、やっと左耳の半分に落ち着いた。

 幸せの絶頂から、恋人に千切った耳を飲み込ませられ、なつみは気を失いそうだ。

「さ、祭……」

 俺の血が滴り落ちる。
 これでなつみの変死はとりあえずは止められる。

「大丈夫、必ず俺が助ける」

 何を言ってるのか、と思うだろう。
 そのままへたり込むなつみの前で俺は血で教室の床に複雑な魔法陣を描く。

 馬鹿な俺がこれを時間内に描くのだけにも何度ループしたか。

 胸で祈るように手を合わせ、詠唱する。

「待ちわびる血の涙の聖女の苦味
 白い肌を刺す絶望の味よ
 通じない狂ったこの呼声
 魂弾け飛び
 ――汝を刺す
 指し示せ!
 拮抗する契約の前に、
 悪魔ウィンキサンダ我が血に答え我が声を聞き我が前に現われよ!!」

 魔法陣から黒の闇と血が噴き上がる。

「あいよぉ、祭。最短記録じゃん」

 その真ん中に出現した。

 悪魔ウィンキサンダ。

 醜い、悪魔だ。
 黒いトカゲのような羽に、青い顔つり上がった目。片方は潰れている。
 右羽もかなり欠損し、右足は千切れてない。
 紅い巻き舌。爪は鋭く長い、しっぽも生えているが先は無かった。

 ボロボロになった死にかけの、先の死んだ黒い鯉のようだ。

「御託はいい。
 早く、なつみに結界を、そして寄越せ」

「うぃ?」

「ふざけるなよ」

 睨みつけると、悪魔は両手のひらを拝むように合わせ唱える。
 そしてゆっくりと両手を開いていくと
 その手の間に剣の刃が見え始め、腕を開ききると、その掌にふわりと剣が浮かぶ。

 俺は教室の時計を見た。
 16時23分。

 なつみは、結界の中でもう気を失っていた。
 もう、俺はこの結界には触れられない。

 あと1分26秒。

 俺は転がっているバレンタインチョコレートの包装をバリバリと剥がして
 6個しか入ってないチョコを一気に口に入れた。

『6個しか入ってねーのかよ!』
 って笑いあって
 ハート型のイチゴ味はなつみに取られたんだろうな、なんて
 何度繰り返しても俺は此処で、溢れる涙が止めれない。

 もう絶対にない未来。

 でも――これが俺の走馬灯だ。

 学ランの袖で涙を拭った。

「ウィン!」

「うい」

「今日こそ必ず、この悪夢を終わらせる」

「そうしてくれ」

 俺は、バカを見るような目で待っていた悪魔が持っていた剣を握りしめた。

 ぶわっ!!
 っと一気に竜巻のように俺の身体に力が流れ込む。

「行くぞ!!
 結界は絶対に守れよ!!」

「じゃあ、此処から離れろよ。まず」

 言われなくとも、俺はすぐに教室の扉に向かって走る。

 もう、なつみの顔は見なかった。


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登場人物紹介

祭(さい) 本作主人公 男子高校生 17歳

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