第9話

文字数 1,715文字

 それからすぐにスマホを取り出し達也に連絡を取った。
『何だよ、今度は?』
 まだ少し機嫌が悪いみたいだ。僕は達也の曲を悪く言ったことを謝った。
「ごめん、やっぱり俺が間違ってたよ。」
 少し間をおいて達也からも謝罪してきた。
『いや、俺の方こそ言い過ぎた。確かにこんなただ流行りにこびへつらっただけの曲なんざ俺達らしくないな。』
 電話の向こうから豪快に紙を破る音が聞こえてきた。
「お、おい、達也、何やってんだよ?」
『何って、さっきの曲の歌詞と楽譜を破り捨てたんだよ。やっぱり曲はお前としっかり話し合って納得のいくものを書かないとな。』
「あーあ、何もそこまでしなくても…もったいない。」
『もったいないとは何だ!?お前だって気に入ってなかっただろ!?
「いや、確かにそうだけど…」
『そうだけど何だよ?』
 先程はあんな風に悪く言ったが、正直あの曲は売れる。僕はそう確信を持っていた。それなのにこいつと来たら…
「いや、なんでもない。そういうところもお前らしいなと思っただけだ。」
『そうか…例え売れようが売れまいが俺達らしさは損なわないようにしような。』
 達也がそう言い終わるのを待ってからおそるおそる聞いてみた。
「それでさ、もう一度俺とバンド組んでくれるか?」
『もちろん!俺の相棒はお前だけだ!!だから早く戻ってこいよ!!
「おう!夜までにはそっちに戻るよ!」
 居ても立っても居られず、すぐに部屋を、そして家を飛び出した。玄関前で買い出しを終えた母親と遭遇する。
「あら、突然帰ってきたかと思えばもう出ていくの?」
「悪い、母さん。俺、気付いたんだ!俺にはやっぱりギターしかないって!!ある人との約束を果たす為にも一刻も早くビッグにならなきゃいけないんだ!!
「全く、いつからあんなに慌ただしい子になったのかしら?せめて夕飯ぐらい食べていけばいいのに…」
 昭和のロックンローラーが言いそうな少々臭い言葉に呆れ返る母親をよそに最寄り駅を目指す。目的地はもちろんギターやベース、それに歌詞や楽譜を殴り書きしたノートが散乱する東京のワンルーム、つまりの僕ら根城だ!!

「戻って来るのが遅せえよ。」
「悪かったって。そんなことより曲でも作ろうぜ。」

 達也と和解してからも僕らは来る日も来る日もバイトとライブを繰り返した。着々と仕事も増え、知名度も上がっていき、そして3年の月日が立った頃、ついに!ついに来たのだ!!観月やよいとの共演の日が!!まあ、バックバンドとしてだけど…

 何はともあれそのライブは翌日民放で特集を組まれる程の大盛況。ちなみに僕はギター、達也はベース担当だった。達也のやつ、コーラスでも良いから歌の出番が欲しかったって嘆いていたよ。そうそう、後で知ったことだが、そのライブには秋乃と両親、そして智樹も見に来てくれたらしい。もっとも秋乃に関しては弥生さん目当てで僕らの応援はそのついでだろうけど。その秋乃にサインを(何故か達也まで)半ば強制的に書かされたときに知ったことだ。あの時サインを書く約束をすっぽかして出て行って悪かったって…

 その日の打ち上げの席には僕らも招待された。打ち上げが終わり、一人夜風に吹かれていると、僕のもとに来る1人の影が…そう、観月やよい、つまり弥生さんだ。
「ねえ、君が”チハ”くんで合ってる?」
「ええ、合ってますよ、”ミツキ”さん。」
「良かった、実は君に電話をしたのってつい先月のことなんだ。それで、突然今注目株の若手の2人組ロックバンドがいるってマネージャーがいうから彼らと共演させてくださいってプロデューサーに頼みこんだんだ。そしたらバックバンドとしてなら良いって。ごめんね、普通にバンドとしての共演までは叶えてあげられなくて。」
「バックバンドでも十分すぎるぐらいですよ。それより、あなたがあのとき電話をしてくれなかったら俺達は喧嘩別れしたままだったかもしれませんね。」
「そうだったら私達一生逢うことはなかったかもね。」
「そんな未来にならなくて良かったです。ともあれ、これで約束は守れましたよね?」
「ん?約束なんてしてたっけ?」
「とぼけないでくださいよ。」

―三年後に逢いましょう―

―七年前から待ってたよ―

―fin―
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