#14

文字数 2,469文字

「その結論で、ヌシの大蛇は納得してくれたのか?」
 翌日の午前十時過ぎ。岩永は定期検診を受けるため、H大学付属病院を訪れていた。九郎も時間が空いているというので、豚汁を入れておいた水筒や食器類の回収もかねてと付き添いで来てくれている。
 妖怪変化が集う夜の山奥には一緒に来てくれず、壁の色も白くまぶしい、コンビニエンスストアもすぐそばにある大学病院には付き添いに来るというのはどういう了見だ、と言いたくもあったが、来てくれるだけましと思ってそこは黙っていた。ただ妖怪変化は、真新しい施設や街中にも案外いるものではあるが。
 診察まで間があったので施設内にあるベンチに座り、ステッキを片手に岩永が昨晩のあらましを語ったところ、九郎はそう少々疑わしげに尋ねてきた。いつもながら恋人を信用しない男である。
「そりゃあヌシ様の疑問をきちんと解消してましたからね」
 いきなり結論を述べてもあっさりし過ぎて難癖をつけられそうだったので、少々もってまわった論陣を張ったのだ。いかにもこまかい点まで考えてあるようで、ヌシの気質とも合っていたはずである。
 平然と答えた岩永に、九郎はさらに眉を寄せて問うてきた。
「それで岩永、お前は自分の仮説をどれくらい信じてるんだ?」
「あんまりは。実際のところ、谷尾葵は警察でまったく噓をつかず、沼に棲むという大蛇に本当に死体を食べてもらおうと思っていたんでしょう」
 岩永はこれも平然と答えた。九郎がやっぱりか、といった顔をしている。
「ヌシ様に会う前、一応話のわかる浮遊霊に拘置所にいる谷尾葵の様子を見にやらせたんですが、『大蛇は死体を見つけてくれなかったんだろうか』ってぶつぶつもらしてたそうですし」
 本人に直接尋ねて答えを聞ければ一番だったのだが、岩永が拘置所内の彼女に近づくことはできず、浮遊霊に尋ねさせてもまともな回答を得られそうもない。その浮遊霊の話では、谷尾葵は霊の存在にもまったく気づかなかったというからどうしようもない。
「とはいえ私の説明は辻褄が合ってますし、合理性もあります。でも犯人が合理的に行動するとは限りません。ヌシ様は自分が聞いた呟きと谷尾葵の自供に、『食べてくれる』のを願うならそれを真っ先に呟くはずだ、と矛盾を指摘しましたが、たまたま彼女が『まずは見つけてくれないと元も子もない』と思ってそれをつい呟いた、というのもありえない話じゃあないでしょう」
 人間は合理的に行動しないこともあるから細部を気にするのはやめましょうよ、と言ってもあのヌシに通じなかったろう。けれど夜の山奥に女性がひとりで成人男性の死体を捨てに行くという段階で正気を疑うものなのである。その心理が常道を離れていた方が辻褄が合っていそうなものなのだが。
「極端なことを言えば、ヌシ様が彼女の呟きをまるで聞き違えていた、なんて可能性もあります。だとすれば全ての前提が崩れますよ」
「ヌシとも呼ばれる大妖怪が、聞き間違いとは絶対に認めないか」
 九郎は岩永が渡した水筒等の入った袋を手にしながら、苦労を慮るように言った。
「はい。だから私が知恵をしぼったわけです」
 ヌシも満足し、岩永の知恵の神としての評価も高まったろう。
 九郎は何から注意したものか、と悩む間を取った後、こう口を開いた。
「ひとつ間違えば適当な噓を並べるな、って怒ったヌシに食い殺されかねないやり方だけどな」
「そんな下手は打ちませんって」
 別に岩永はヌシに噓はついていない。最もありそうな話と付けているし、谷尾葵の自供内容も最初に伝えている。岩永の仮説を全否定する証拠も出てはこないだろう。ヌシが怒る点はない。
 だが九郎は幾分厳しい声を向けた。
「お前はもう少し身の危険に神経を回せ。お前には荒事に向いた力がないんだから」
「だからそれは先輩も一緒に来てくれればいいだけと」
「いつも一緒にいられるとは限らないだろう。危険の自覚がないのが一番怖くてだな、今回も少しは懲りるかと思えば」
 九郎はそこまで言って徒労でも感じたように肩を落とす。
 岩永には九郎が意図するところがよくわからない。岩永も最低限の自己防衛は考えているし、そちらにも頭を使っている。昨日もそういった話をしていたが、それほど九郎は彼女の能力を過小評価しているのだろうか。認識をあらためて欲しいところだ。
 さておき大蛇からの相談は片付いた。いつまでも気にしてはいられない。
「そうそう、また遠方の妖怪から相談がありまして。海坊主なんですが、明日の夜に日本海側のとある断崖に行かないといけなくて」
 岩永が言うのに、九郎はため息をついた。
「わかった。今度はけんちん汁を持たせてやるから」
 追い払うように手を振る。ひとりで行かせる気しか感じられない。まったくもってこの男の情動はどうなっているのか。
「なぜ汁物を用意して事足りると思う。一緒に来いっ」
 ステッキで足を叩いてやるが、痛みを感じない九郎には効果があるとは見えない。
 そこであやかしが下から岩永のスカートを引き、診察時間が近づいたことを報せる。
 岩永の日常は、かくてせわしなかった。

第一話 第一話 ヌシの大蛇は聞いていた(了)

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登場人物紹介

岩永 琴子《いわながことこ》

西洋人形めいた美しい女性。だが、幼い顔立ちのため中学生くらいに見えることも。11歳のころに神隠しにあい、あやかし達に右眼と左足を奪われ一眼一足となることで、あやかし達の争いやもめ事の仲裁・解決、あらゆる相談を受ける『知恵の神』、人とあやかしの間をつなぐ巫女となった。15歳の時に九郎と出会い一目惚れし、強引に恋人関係となる。

桜川 九郎《さくらがわ くろう》

琴子同じ大学に通う大学院生。自らの命を懸けて未来を予言する「件《くだん》」と、食すと不死となる「人魚」の肉を、祖母によって食べさせられたため、未来をつかむ力と、死なない身体を持つ。あやかし達から見ると、九郎こそが怪異を超えた怪異であり恐れられている。恋人である琴子を冷たく扱っているように見えるが、彼なりに気遣っているのかもしれない。

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