第1話

文字数 1,110文字

 ピカピカに磨き上げられた、キレイなアタシが届けられたのは、とある冴えないOLが暮らすマンションの一室だった。
 その子は笑顔が向日葵(ひまわり)みたいに可愛いかったけれど、全体的にぽっちゃりしてて、まぁ……アタシの美意識とはかけ離れてるわね。
 だからアタシはこっそり『ぽちゃ子』って呼ぶことにしたの。

「クリスマスまでに痩せなくちゃ……」

 そんなことを呟いて、ぽちゃ子はアタシに『目指せ! マイナス5キロ』なんて紙を貼り付けたわ。
 ああ、この子はきっと、恋をしているのね。
 それなら、アタシがサポートしてあげなくっちゃ。

 ――え? どうしてアタシが、ぽちゃ子を応援してるのかって?
 そりゃあもちろん、ぽちゃ子のことが気に入ったから。
 だってあの子、毎日アタシに『よろしくお願いします』なんて挨拶するのよ。
 たかが物の分際なのに……変わってるわよね。
 返事ができない代わりに、アタシはぽちゃ子の背中を押してあげるの。
 アタシの上でぽちゃ子が苦しそうにしてたら、目標まであと10メートルだって教えてあげる。
 仕事で疲れてやる気が出ないって時は、気合が入るEDMを流してあげる。
 ぽちゃ子がアタシを使ってくれると、アタシも一緒に遠くへ行ける――そんな気がするから。

 でも――

 ある日突然、ぽちゃ子はアタシを、クローゼットの奥へ押し込んでしまった。
 ちょっと、どうして!?
 アンタ、まだ目標体重には程遠いわよ!?
 こっそり隙間から覗いたら、ぽちゃ子は知らない男の人と楽しそうにお喋りをしてたの。

 ――ああ、だからあの子はアタシをしまう時、『ありがとう』って言ったのね。

 外見だけじゃ分からない、ぽちゃ子の魅力に気付いてくれた人がいて、アタシは嬉しかった。
 嬉しかったけど、寂しかった。
 だってぽちゃ子と一緒に走った時間は、とってもとっても、楽しかったから。

 それからカレンダーを六枚くらいめくったある日。
 再びアタシをクローゼットから引っ張り出したのは、あの子の相手だった。
 そう言えばこの人、最初に見た時はもっとスリムじゃなかったっけ?

「いやぁ、君の手料理が美味しくてすかり太っちゃってねぇ」

 ふーん。ノロケ話ごちそうさまっ。
 カップルは似る、って言うの、あれは本当ね。
 ぽちゃ男とぽちゃ子、相変わらずアタシの美意識には全くそぐわないけれど――まぁ、悪い気はしないかも。
 これからもこの人達と、どこまでも走って行けたらいいわね。
 そんなアタシの名前は、フィットネスバイク。
 荷台がない代わりにたくさんの夢を載せて、どこまでも走り続けるの。
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