第69話 心と身体
文字数 2,999文字
月曜日の午後。昼食後、今日は研究室のデスクには座らず教授室に一人で籠って、調べものをしているような振りをして、実はぼーっとしていた。
昨日は結心さんに、彼との赤裸々な日々を話してしまった。本当は凄く恥ずかしかったのだけど、結心さんには私の心の変化や感じたことを隠さず話しておきたかった。もしかしたら、私と同じく妻子ある人と恋に落ちてしまった彼女に、「同志」のような連帯感を感じているからかも知れない。
恋の歓びを誰にも話すことができないもどかしさ。二十歳のころのようにドキドキする彼との逢瀬のはずなのに、何故か抑えようとする心の奥のどす黒い背徳感。それでも抑えきれずに突き進んでいこうとする、もう一人の私。
身体が彼の愛撫を求め始めてしまった。それが、愛の深まり故なのか、単に性の悦びを身体が知り始めたからなのか。こんな気持ちになるとは、正直に言って想像もしていなかった。もう、私には、それを判別する術が無くなっている。
身体が心をコントロールできなくなってしまった。……いや、心が身体をコントロールできなくなったのだ。まだ深い関係とまでは言えないのに、今からこんなになってしまったら、本当に深い身体の関係になったとき、私はどうなってしまうのだろうか。もし、彼から捨てられるようなことになったら、彼にしがみついて泣き叫ぶのだろうか? 「結婚していなければいつでも別れられるから都合がいい」と言った私の言葉は何だったのだろう。
何が、私を変えてしまったのだろうか。踏み留まるのなら、今しかない。いや、もう遅いのかも知れない。身も、心も、全てが彼を求め始めている。もう止まらない。……こんなこと、天野さんに相談できない。天野さんに「もしもの時は別れると決心した上で交際すると決断した」と大見得を切ったし、結心さんだって彼と交際すると決めたとき、そう宣言した。私は大いに同感した。だから、私も決断したのだ。
この恋の歓びに心をときめかせつつ、悩みや苦しさがあれば結心さんと相談し合って乗り越えていくのだ。誰にも言えない私の恋を、彼女にだけは聞いて欲しいと心から思っている。だから、私の恋を結心さんに語る。結心さんだって、幸せそうな顔の内には誰にも言えない恋の悩みや葛藤もあるはずなのだ。それでも彼女は今、幸せそうにしている。恋とは歓びだけではなく、苦悩や哀しみなど色々な感情も一緒に付いてくる。それが恋なのだ。
――ふと我に返り、ほっぺたを両手で軽く叩いて気持ちを引き締めた。研究室に出て、院生たちの研究の進み具合を聞きながら問題点や改善点を指示してから、コーヒーを淹れて研究室のデスクに座った。
夕方、彼からLINEが入った。最近は、夕方になると教授室に入ってLINEが来るのを待つようになった。日曜日は会わなかったので、今日は彼が家まで送ってくれる。――いつものところで待ち合わせて、彼の車に乗って帰った。
今日は、私の家で彼と一緒に夕飯を食べる。彼が上がってくる迄に普段着に着かえて料理の準備に入った。
私が夕飯の用意をしている間に、彼は私のスマホにsimをセットして使えるようにしてくれることになった。思ったより早くsimが届いたのだ。私のスマホが家でも使えるようになる。
食後、ソファに座ってコーヒーを飲みながら、スマホの説明を聞いた。もう、学校で使っていたから、それほど難しい説明は要らない。
「LINE電話なら、このスマホで何処でも話ができるのよね?」
「そう。まあ、君が家にいるときは僕が家の電話に掛けるから、今までどおりで良いけれど」
「貴方がどこにいるか分からないから、無闇に電話はしないわ。LINEで連絡する」
「僕よりも、君にとっては結心さんとの連絡がLINEでできるようになるから便利だと思うよ」
「ありがとう。明日にでも、早速結心さんのところに行ってLINEが繋がるようにするわ」
「結心さんがちゃんとしてくれるだろうから、やってもらえばいい」
「うん」
そう言ってから、私は彼の首に手を巻き付けるようにして抱き付き、simセットへのお礼とばかりに彼のほっぺたに軽くキスをした。――もう最近は、ソファにはいつも並んで座っている。それが当たり前になった。だって、キスしたり抱き締めて貰うときに便利だもの。
彼は、私の方へ身体の向きを変えると私を抱き寄せた。当然のように唇にキスをしてくれる。そのまま私の上へ覆い被さるようになると、私はソファの上で仰向けになる。それから、自然に私の胸を弄 りながら、ときどき背中とか腰にも手を伸ばして上半身をゆっくりと撫でるように手が動く。私は、どうなるのだろうとハラハラドキドキしながら彼の好きなように任せていた。もう、少々のことでは拒否しない。だって、撫でられるって気持ちいいし、何よりも幸せだって思ってしまう。
キスも激しくなって舌を絡ませると身体がゾクゾクし始めた。胸の動悸も激しくなって、呼吸が乱れてきた。彼の暖かくて柔らかい手が、私の上半身全体を弄 っている。身体中の神経が彼の唇や手に敏感に反応してしまう。彼の手や唇の感触を感じるだけで一杯になった。身体が覚えたばかりの快感を待っているのかも知れない。突然胸の周りが楽になったと思ったら、彼の手が私の身体や胸に直接触れてきた。いつの間にか彼の手が服の中に入ってきてブラの背中ホックを外したのだ。私は、もう抵抗するどころか彼の愛撫を喜んで受け入れていた。
服の上からとは違ってはっきりとした快感が否応なしに襲ってくる。私は夢中になって彼にしがみついた。堪らずに吐息が漏れる。彼の手の平が胸の膨らみを包み込み、指が先端を執拗 に触ったり摘まんだりしながら弄 って、唇が耳の周りや首筋に這ってくる。私は息も絶え絶えになって吐息が喘ぐような声に変ってしまった。身体中が敏感になって、どこを触られても身体が反応してしまう。もう夢中で彼に抱き付いて喘ぐだけだった。
身体の奥からこみ上げるような快感が何度も波のように押し寄せてきて、遂に弾 けるように全身に広がる。思わず大きな声とともに仰け反 り、頭の中が真っ白になった。
――まだ残る激しい動悸と荒い呼吸に喘ぎながら、幸せを身体中で感じていた。恋の歓びが全身にじわーと広がっている。この今の瞬間が、ずっと永遠に続けばいいのに……。私は、彼の胸に顔を埋めて幸せな余韻に浸っていた。今は、ただ黙って抱き締めてくれたらいい。
「あのね、私、……初めてのときは、新婚旅行みたいに何処かへ旅行に行きたい」
「僕もそうしたい。2泊くらいの旅行なら仕事に差し支えないよね?」
「うん。金曜日の午後から出掛けて、日曜日の夕方に帰宅でいい」
「どこがいい? 韓国とか台湾辺りなら行けるかな?」
「……台湾がいいかも」
「パスポート持ってる?」
「持ってない」
「僕も持ってない」
二人で顔を見合わせて笑った。――国内旅行が簡単でいいか。行先は、ゆっくり考えよう。
「明後日は手術だよね。手術のあと、学校に戻ってくるの?」
「その積もり」
「大丈夫なの?」
「心配ない」
「無理しないでね」
「ありがとう。でも、2週間くらいで検査に1回か2回行くらしい。……大したことない」
「その間に新婚旅行のこと考えようね」
「うん」
国内旅行でいいから、彼と二人きりで旅行に行って初めての夜を迎えるのだ。
――凄く待ち遠しい。
昨日は結心さんに、彼との赤裸々な日々を話してしまった。本当は凄く恥ずかしかったのだけど、結心さんには私の心の変化や感じたことを隠さず話しておきたかった。もしかしたら、私と同じく妻子ある人と恋に落ちてしまった彼女に、「同志」のような連帯感を感じているからかも知れない。
恋の歓びを誰にも話すことができないもどかしさ。二十歳のころのようにドキドキする彼との逢瀬のはずなのに、何故か抑えようとする心の奥のどす黒い背徳感。それでも抑えきれずに突き進んでいこうとする、もう一人の私。
身体が彼の愛撫を求め始めてしまった。それが、愛の深まり故なのか、単に性の悦びを身体が知り始めたからなのか。こんな気持ちになるとは、正直に言って想像もしていなかった。もう、私には、それを判別する術が無くなっている。
身体が心をコントロールできなくなってしまった。……いや、心が身体をコントロールできなくなったのだ。まだ深い関係とまでは言えないのに、今からこんなになってしまったら、本当に深い身体の関係になったとき、私はどうなってしまうのだろうか。もし、彼から捨てられるようなことになったら、彼にしがみついて泣き叫ぶのだろうか? 「結婚していなければいつでも別れられるから都合がいい」と言った私の言葉は何だったのだろう。
何が、私を変えてしまったのだろうか。踏み留まるのなら、今しかない。いや、もう遅いのかも知れない。身も、心も、全てが彼を求め始めている。もう止まらない。……こんなこと、天野さんに相談できない。天野さんに「もしもの時は別れると決心した上で交際すると決断した」と大見得を切ったし、結心さんだって彼と交際すると決めたとき、そう宣言した。私は大いに同感した。だから、私も決断したのだ。
この恋の歓びに心をときめかせつつ、悩みや苦しさがあれば結心さんと相談し合って乗り越えていくのだ。誰にも言えない私の恋を、彼女にだけは聞いて欲しいと心から思っている。だから、私の恋を結心さんに語る。結心さんだって、幸せそうな顔の内には誰にも言えない恋の悩みや葛藤もあるはずなのだ。それでも彼女は今、幸せそうにしている。恋とは歓びだけではなく、苦悩や哀しみなど色々な感情も一緒に付いてくる。それが恋なのだ。
――ふと我に返り、ほっぺたを両手で軽く叩いて気持ちを引き締めた。研究室に出て、院生たちの研究の進み具合を聞きながら問題点や改善点を指示してから、コーヒーを淹れて研究室のデスクに座った。
夕方、彼からLINEが入った。最近は、夕方になると教授室に入ってLINEが来るのを待つようになった。日曜日は会わなかったので、今日は彼が家まで送ってくれる。――いつものところで待ち合わせて、彼の車に乗って帰った。
今日は、私の家で彼と一緒に夕飯を食べる。彼が上がってくる迄に普段着に着かえて料理の準備に入った。
私が夕飯の用意をしている間に、彼は私のスマホにsimをセットして使えるようにしてくれることになった。思ったより早くsimが届いたのだ。私のスマホが家でも使えるようになる。
食後、ソファに座ってコーヒーを飲みながら、スマホの説明を聞いた。もう、学校で使っていたから、それほど難しい説明は要らない。
「LINE電話なら、このスマホで何処でも話ができるのよね?」
「そう。まあ、君が家にいるときは僕が家の電話に掛けるから、今までどおりで良いけれど」
「貴方がどこにいるか分からないから、無闇に電話はしないわ。LINEで連絡する」
「僕よりも、君にとっては結心さんとの連絡がLINEでできるようになるから便利だと思うよ」
「ありがとう。明日にでも、早速結心さんのところに行ってLINEが繋がるようにするわ」
「結心さんがちゃんとしてくれるだろうから、やってもらえばいい」
「うん」
そう言ってから、私は彼の首に手を巻き付けるようにして抱き付き、simセットへのお礼とばかりに彼のほっぺたに軽くキスをした。――もう最近は、ソファにはいつも並んで座っている。それが当たり前になった。だって、キスしたり抱き締めて貰うときに便利だもの。
彼は、私の方へ身体の向きを変えると私を抱き寄せた。当然のように唇にキスをしてくれる。そのまま私の上へ覆い被さるようになると、私はソファの上で仰向けになる。それから、自然に私の胸を
キスも激しくなって舌を絡ませると身体がゾクゾクし始めた。胸の動悸も激しくなって、呼吸が乱れてきた。彼の暖かくて柔らかい手が、私の上半身全体を
服の上からとは違ってはっきりとした快感が否応なしに襲ってくる。私は夢中になって彼にしがみついた。堪らずに吐息が漏れる。彼の手の平が胸の膨らみを包み込み、指が先端を
身体の奥からこみ上げるような快感が何度も波のように押し寄せてきて、遂に
――まだ残る激しい動悸と荒い呼吸に喘ぎながら、幸せを身体中で感じていた。恋の歓びが全身にじわーと広がっている。この今の瞬間が、ずっと永遠に続けばいいのに……。私は、彼の胸に顔を埋めて幸せな余韻に浸っていた。今は、ただ黙って抱き締めてくれたらいい。
「あのね、私、……初めてのときは、新婚旅行みたいに何処かへ旅行に行きたい」
「僕もそうしたい。2泊くらいの旅行なら仕事に差し支えないよね?」
「うん。金曜日の午後から出掛けて、日曜日の夕方に帰宅でいい」
「どこがいい? 韓国とか台湾辺りなら行けるかな?」
「……台湾がいいかも」
「パスポート持ってる?」
「持ってない」
「僕も持ってない」
二人で顔を見合わせて笑った。――国内旅行が簡単でいいか。行先は、ゆっくり考えよう。
「明後日は手術だよね。手術のあと、学校に戻ってくるの?」
「その積もり」
「大丈夫なの?」
「心配ない」
「無理しないでね」
「ありがとう。でも、2週間くらいで検査に1回か2回行くらしい。……大したことない」
「その間に新婚旅行のこと考えようね」
「うん」
国内旅行でいいから、彼と二人きりで旅行に行って初めての夜を迎えるのだ。
――凄く待ち遠しい。