第30話 製造業で繰り返される失敗

文字数 5,076文字

(製造業で繰り返された失敗の原因を考えます)

1)シェア喪失のプロセス

日本がかつて大きなシェアを持っていた分野で、現在は撤退している分野があります。

(a)ICとくにメモリ
(b)家電製品
(c)太陽電池

これらに共通する特徴は、低価格競争になった時に、安価な価格競争力のある製品を生み出せなかった点にあります。


1-1)モノづくり日本の終焉

高度経済成長期に、日本は、世界に工業製品を輸出しました。この時のコンセプトは、安価で質の良い製品を製造して輸出することです。

松下幸之助氏は、「商品を大量に生産・供給することで価格を下げ、人々が水道の水のように容易に商品を手に入れられる社会を目指す」という考え(水道哲学)を提唱したと言われています。

モノづくり日本の実態はここにあります。

少量生産の高級品(高価格)ではありません。

「安価な価格競争力のある製品を生み出せない点」は、「モノづくり日本」の終焉を意味します。

1-2)戦略の再構築

「安価な価格競争力のある製品」を生み出せなくなった日本は、「高機能で高価な製品」を目指(高付加価値戦略)しているのでしょうか。

それとも、「安価な価格競争力のある製品」を再び製造(モノづくり戦略)できるように、戦略を練るべきでしょうか。

これは、ニ者択一の問題ではなく、課題や分野毎に使い分けるべき経営判断と思われます。

とはいえ、戦略は、明確にする必要があります。

戦略のない二つの間の中途半端な対応をすれば、生き残りは不可能と思われます。

「モノづくり戦略」には、高度経済成長期の成功事例があります。

少数ですが、最近でも、分野によっては、モノづくりで、輸出をして、世界的なシェアを獲得している企業もあります。

ただ、「モノづくり戦略」で成功している企業の割合は多くなく、撤退している企業の方が多いです。

もう一つの「高付加価値戦略」に、成功している事例は更に少ないと思われます。

例えば、白物家電は、中国製の安価な家電製品が出て来ると、高機能で高価な家電製品にシフトしましたが、結局、ブランドを中国企業に身売りすることになります。

これは、マーケットサイズを考えれば、極めて当然なことです。マーケットサイズは、「単価×販売数」で決まります。高機能で高価な製品は単価が高いですが、販売数は少ないです。販売数が少なくとも、単価が高くてマーケットサイズが大きな家電製品はありません。

高機能で高価な製品で、マーケットサイズが大きい製品には、航空機、医薬品があります。高機能テレビでは、そこまでの高い単価にはなりません。劇場用の投影装置はより高価ですが、テレビとはマーケットが被りませんし、航空機と比べれば、マーケットサイズは小さいです。

ミラーレスカメラでは、コンパクトデジカメの市場が消失して、各社は、高級機路線に切り替えています。これは、一昔前の家電製品の戦略に似ています。単価を上げれば、製品あたりの利益は増えますが、販売数が減ります。マーケットサイズが小さくなれば、従業員をレイオフしないと赤字になる点は変わりません。

新聞やテレビでは、競争力のある日本の伝統的な製品を紹介する記事を多数見かけますが、これらの製品のマーケットサイズは小さく、仮に、販売量が増えたとしても、経済全体への影響はとても小さいです。

地方再生では、伝統工芸品を取り上げることが多いですが、地域経済を支えるだけのマーケットサイズはありません。

そもそも、新聞やテレビでは、一部の成功事例を誇張して取り上げる傾向が強く、マーケットサイズのような定量的な視点は、乏しいです。

航空機や医薬品は、少数の高度人材が開発するタイプの商品です。日本の一部の製薬会社は、外国人のCEOの元で、完全なジョブ型雇用に移行して、国際企業になっています。こうした企業では、高機能で高価な製品を販売できる可能性があります。しかし、多数の日本企業は、そのような国際企業にはなっていません。

こう考えると、安価で質の良い製品を販売する「モノづくり戦略」を捨てることは難しいと思われます。

2)「モノづくり戦略」の課題

バブル経済の後で、「モノづくり戦略」を維持できなくなった理由は、日本の一人当たりGDPが上がって先進国になったからです。単純労働のスキルの高い人材を安価で供給できる中国の製造業に勝てなくなりました。

考えられる対策は、次の通りです。

2−1)労働生産性を上げて競争する。

これは、「機械化、ロボット化を進め、無駄な人材をはぶく」ことが基本です。

2−2)無駄な人材を省く

「無駄な人材をはぶく」ことは、売上げが減少した場合には、レイオフになります。過去30年間、レイオフせずに、無駄な人材を抱えないですんだトヨタ自動車のような企業もありますが、売り上げが減少しなかったことに注意する必要があります。売上が減少した場合には、レイオフ以外に手段はありません。レイオフをしないために、他業種に手を出したり、子会社に社員を派遣したりする場合もありますが、競争優位になれるノウハウのない業種に手を出しても成功できる理由はないので、レイオフができるのであれば、レイオフすべきです。

レイオフは、レイオフされた個人には、ストレスになります。

しかし、このストレスは、企業組織を継続的に変化させて維持するために必要な要素です。

体内に大きな患部があれば、手術で除去します。体にメスが入れば、ストレスになりますが、手術をしなければ、生き延びることはできません。

ペテン師は、手術しなくても、病気が治る方法があると言いますが、エビデンスはありません。実際に、民間療法を信じて、手術を先延ばしにして、ガンで死んだ著名人も多数います。

書店の健康コーナーに行けば、「私は手術をしないでガンが治った」類の本が多数見つかります。これらの本の内容は、そもそもガンではなく、腫瘍マーカーの数字の話であるようなエビデンスのないものです。

「売り上げが減少する状態では、レイオフしないで、労働生産性を上げられない」という仮説は、エビデンスがあれば検証可能です。

統計的な検証であれば、レイオフした企業とレイオフしない企業を比べることになります。

日本では、レイオフ規制があるので、直接的な検証はできません。

海外の事例は、社会条件が大きく異なるので、日本では、使えないと思われます。

しかし、傍証はあります。

レイオフ規制の逃げ道として、非正規雇用が拡大しました。非正規雇用は、レイオフ予備軍になります。しかし、正規雇用で、レイオフされない人材は残っています。非正規雇用の賃金は、この本来はレイオフしたい人材のコストも抱き合わせてきまります。簡単に言えば、本来レイオフしたい正規雇用者(窓際族)の賃金の負担の一部が、非正規雇用に上乗せられ、その分賃金が安くなります。これは、同一労働、同一賃金とは、かけはなれた実態です。

売り上げが極端に減少した結果、本来は年功型雇用ではあり得ない、中途退職が多発します。日本の家電業界から、韓国のサムスンへの技術流出に、中途退職者が関与したことが知られています。これは、20年近く前の話です。結局、20年間、この問題は放置され、最近になって、中途退職が増えています。年功型雇用の中途退職では、有能な社員からやめていきます。その結果、中途退職を始めた時点で、組織の維持が出来なくなります。

ジョブ型雇用では、退職を引き留めるためには、給与を増やすことになりますが、年功型雇用には、このような調整システムはありません。これは、雇用が労働市場から切り離されているためです。

労働生産性が低いと給与が上がりませんので、ジョブ型雇用で、より給与条件のよいポストがあれば、年功型組織では、有能な社員から中途退職します。その結果、労働生産性がさらに下がるという悪循環に陥ります。

2-3)機械化、ロボット化を進める

かつて日本は、「ロボット大国」と呼ばれるほど、進んだロボット産業を有していました。

現在、日本のロボット産業は、競争力がなくなりました。

国際ロボット連盟(IFR)によると、中国は2013年に世界最大の産業用ロボット市場となりました。2017年には、世界の産業用ロボット販売量の3分の1に相当する12万台を中国内の産業用ロボット販売台数が占めています。

2021年の中国の産業用ロボット生産台数は36万6000台、営業収入は1300億元(約2兆6000億円)を超え、2015年の11倍になりました。2021年の中国の製造業における「ロボット密度」は労働者1万人当たり300台を超え、2012年の約14倍になり、中でもサービスロボットや特殊ロボットが教育、医療、物流などの分野で大活躍し、新産業・新モデル・新業態を次々と生み出しています。

国際ロボット連盟 (IFR)2021年の「ロボット密度」(労働者1万人当たりのロボット台数)のランキングは以下です。

韓国 1000
シンガポール 670 =>831(124%)
日本 399 =>423(106%) =>448(106%)
ドイツ 397
中国 322 =>386(120%) =>463(120%)
スウェーデン 321
香港 304
台湾 276
アメリカ 274


・シンガポールのロボット密度は、2016 年以降、毎年平均 24% ずつ増加しています。
・日本のロボット密度は、2016 年以降、毎年平均 6% ずつ増加しています。
・2020年の日本の稼働在庫は374,000台(+5%)
・2020年の中国の設置台数は 168,400 台(+20%)、稼働在庫は 943,223 台 (+21%)。

韓国は、年によって、増減しているので、トレンドは読めません。

シンガポールを124%、日本を106%、中国を120%とした場合のトレンド予測を右側に入れてあります。

これから、2023年中には、中国の「ロボット密度」は、日本を上回ると思われます。

以上のように、日本には、もはや、「機械化、ロボット化を進める」を進めることで、中国に勝てるように「モノづくり戦略」を進める余力はありません。

中国も急速に高齢化が進んでいますが、ロボットの普及によって、そのマイナスの効果が緩和されています。


3)まとめ

このままいくと、マーケットサイズの大きな良いものを安くという「モノづくり戦略」では、日本は勝てそうにないことがわかります。

これは、一般論ですから、まだ、マーケットを持てると考えられているEVやロボットにおいても、今後、日本が、「モノづくり戦略」に失敗する可能性が高いことを意味します。

「機械化、ロボット化を進める」ことと、「無駄な人材を省く」ことが、独立している訳ではありません。

「機械化、ロボット化を進め」ても、「無駄な人材を省」けなければ、それは、無駄な投資になります。そうなると、投資しない(「機械化、ロボット化を進め」ない)という選択に戻ってしまいます。

つまり、「モノづくり戦略」において、「無駄な人材を省く」ことは不可避と思われます。

この問題を次回に考えます。

引用文献

China overtakes USA in robot density
https://ifr.org/ifr-press-releases/news/china-overtakes-usa-in-robot-density

IFR presents World Robotics 2021 reports
https://ifr.org/ifr-press-releases/news/robot-sales-rise-again

ガスト、バーミヤンの猫型ロボットも!日本人が知らない中国製ロボットの驚異 2023/01/06 Diamond 姫田小夏
https://diamond.jp/ud/authors/58abbd687765611bd06b0000

2021年の産業用ロボット生産台数、36万6000台に到達=中国 2022/09/07
https://japanese.cri.cn/2022/09/07/ARTIhZkQeh6hjqj3xlydp3bJ220907.shtml

急成長する産業用ロボット市場。中国が「世界の工場」と呼ばれるワケ 2019/01/15 ロボット導入.com
https://www.robot-befriend.com/blog/china-marketsize/

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