第19話  ジャパン・アズ・ナンバーワン再考

文字数 3,251文字

(「ジャパン・アズ・ナンバーワン」には、発展途上国になったヒントがあります)

1)ジャパンアズナンバーワン

社会学者のエズラ・ヴォーゲルは、1979年に「ジャパン アズ ナンバーワン ―アメリカへの教訓―」(原題:Japan as Number One: Lessons for America)を出版しています。

ジャパンアズナンバーワン(ウィキペディア)による内容紹介は以下の通りです。(筆者の要約)

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この著作の主要テーマは、日本から何を学ぶべきで、何を学ぶべきでないかを明瞭に示唆した点である。

日本の高い経済成長の基盤は、日本人の学習への意欲と読書習慣である。

当時の日本人の数学力はOECDで2位、情報は7位、他の科学分野は2位から3位である。
日本人の1日の読書時間の合計が米国人の2倍に当たり、日本人の学習意欲は高い。

当時、日本人は他の国の人たちより英語力は明らかに劣っているが、まだそれは大きな問題ではない。

優秀な通商産業省や大蔵省主導の経済への強烈な関与がまた日本の競争力を高めている。

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最初に断っておきますが、これは、社会学の本であって、データサイエンスの検証手段を経ていませんので、主張に裏付けは、相関レベルにとどまります。仮説は、参考程度に考え、深追いしないで利用します。人文科学では、原典の分析に走る人が多いですが、原典はかなり間違いが含まれている可能性がありますので、おおざっぱな理解で十分と考えます。


2)再考


「ジャパン アズ ナンバーワン」の1979年には、計算科学もデータサイエンスもありませんでした。

この時点で利用可能な手法は、経験経学と理論科学だけでした。

理論科学は、計算科学が未完成で、問題を数式で表現しても、解くことができず、実用上は、経験科学が、中心でした。

経験科学は、過去の成功例を整理してノウハウを得ます。

前例主義は典型的な経験科学の発想です。

ヴォーゲルがいう「日本の高い経済成長の基盤になったのは、日本人の学習への意欲と読書習慣」とは、ビジネスの世界では成功事例を学ぶことになります。

「ジャパン アズ ナンバーワン」の分析手法自体が、日本の成功事例を学ぶアプローチです。

ただし、次の2点に、注意する必要があります。

(1)「ジャパン アズ ナンバーワン」は、先行事例コピーを推奨してはいません。日本の成功事例を分解して、「アメリカへの教訓」にするために、再構築しています。

この「分解と再構築」は、要素還元主義の科学的アプローチです。

1979年には、コンピュータが必須のビッグデータの解析やネットワークの解析は出来ませんでしたので、要素還元主義の科学的アプローチは唯一の科学的なアプローチの選択肢でした。とはいえ、この手法は、自然科学の仮説検証を経ておらず、経験科学の手法に留まっています。

(2)裏読み

「ジャパン アズ ナンバーワン」は、成功事例の本ですが、2023年現在であれば、失敗事例の本として読むこともできます。

さて、筆者は、2023年現在、検証されていない経験科学の成果を学ぶ価値はないと考えます。

たとえば、1979年には、読書して考えてメモをとったと思います。

2023年には、プログラム本や数学書を、読書して、一寸考えて良いアイデアが浮かべば、テストコードを書いて、実行して、アイデアに間違いがないかテストします。

実際にコーディングしてみると、曖昧に考えていた部分が、明確に定義されて、ミスに気付くことも多くあります。

先行事例を参考にする経験科学の手法は、レジームシフトが起こっている場合には、必ず失敗します。

数学の問題を説くときに、易しい問題であれば、受験勉強のように、過去問の解法をコピーして使えばできます。

一方、誰も解いたことのない難問であれば、過去問の解法のコピーでは解けません。

自分で考えて解法を見つける他にアプローチはありません。

レジームシフトが起こると、基本的には、過去問の解法のコピーは使えません。

つまり、誰も解いたことのない難問にチャレンジして、解答を見つけるしかありません。

ビッグテックが、非常に高い給与を提示して、高度人材の確保をしているのは、ジョブの内容が、誰も解いたことのない問題を解くからと思われます。

もちろん、誰も解いたことのない問題を解くヒントはあります。

それは今まで使われていなかった、最新の手法を適用してみることです。

使い古された手法で、難問が解けるのであれば、既に、誰かが解いているはずです。

最新の手法を誰よりも早く使いこなして、難問を解いていくには、高度人材が必要になります。

リスキリングに時間をかけている人では勝負になりません。

現在の日本のビジネス誌をみれば、問題解決のアプローチは、前例主義、経験主義で、1979年の「ジャパン アズ ナンバーワン」の頃から、全く変わっていません。

成功事例が載っていて、これを真似すればいけるという構成になっています。

混乱があると思うので整理しておきます。

例えば、ノーベル賞の受賞者の記事があったとします。その記事を読んでも独創的な研究はできません。ノーベル賞の受賞者は、他の人のできないことをしたので受賞できたのです。

記事が参考になるとすれば、分解と再構成のプロセスを経た場合です。

「ジャパン アズ ナンバーワン」は、成功原因を要素に分解して再構成していますが、そのレベルに達しているケースは稀です。

例えば、リスキングが欧米で流行しているから真似するという視点は、要素分解にすら達していません。

これは、逆にいえば、高度人材が解くべき難問を提示できている企業が少ないことを意味します。

高度人材は、日本では、能力を発揮できないので、流出します。これは、給与以前の問題です。

逆説的に言えば、問題をみつける必要があります。

何が、解けたら、競合企業に対して競争優位に立てるかといった問題設定です。

3)アメリカアズナンバーワン

「ジャパン アズ ナンバーワン ―アメリカへの教訓―」(Japan as Number One: Lessons for America)は、日本の成功条件を分析して、その教訓をアメリカの経済成長に結びつけるための本です。

失われた30年の間に、日本以外のOECD先進国は、経済成長しています。

先進国の中では、成長率が高いのは、アメリカです。

先進国以外に、目を拡げれば、中国、台湾、香港、シンガポールは大きく経済成長しています。

アメリカに限定する必要はありませんが、「アメリカ アズ ナンバーワン ―日本への教訓―」のような本が書かれてもよいと思いますが、そうはなっていません。

1980年代に、「ジャパン アズ ナンバーワン」は、アメリカの偉い先生が、日本はすごいとお墨付きをつけたから、日本の技術が高いのだと言うように自画自賛に受け取られてきたように思われます。

「ジャパン アズ ナンバーワン」は非常に分析的な本ですが、日本人でその分析をまともに読んだ人は少ないと思います。

日本のおもてなしは世界一だといった根拠のない自信と同じような、エビデンスのチェックや、努力を回避するために、引用されたように思われます。

アメリカの経済成長の原動力は、デジタル社会へのレジームシフトとそれに伴う急速な生産性の向上です。

それを支えているのは、インド、台湾、中国からの移民を中心とした高度人材です。

ウィキペディアは、「ジャパン アズ ナンバーワン」では、次のように言っていると書いています。

「日本の高い経済成長の基盤は、日本人の学習への意欲と読書習慣である」
しかし、これは不自然です。次のように解釈すべきでしょう。

「日本の高い経済成長の基盤は、日本人の学習への意欲と読書習慣に支えられた、高い学習能力である」

結局、現在の日本の経済成長の停滞の原因は、「ジャパン アズ ナンバーワン」が指摘した学習能力の低下、とくに、自然科学とデータサイエンスの学習能力にあると思われます。

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