第13話 完璧
文字数 2,061文字
日曜日の朝、少し不貞腐れた顔で、和音が詩との待ち合わせの先週2人が出会ったカラオケ屋に現れた。手には大きな荷物を持っている。
「だいたいさ、誕生会なんて制服で行くもんじゃないだろ? この間着たワンピースとかの方が良かったんじゃないの?」
紙袋の中を覗きながら、和音が言う。
自宅の家賃を「人質」にとられて、和音にはもう詩に抵抗する気力も残ってないようだった。
もともと、和音の住んでいる賃貸マンションは、オーナーである西園寺家の節税のために赤字経営をしており、それこそ破格と行ってもよいほどの格安の家賃に設定されていたのだ。
サラリーマン家庭から名門私立高校へ進学した上杉家にとって、家賃の値上がりはどうやら死活問題であったようだ。いともあっさりと詩に陥落したのであった。
「音ちゃんは初めてうちのママと会うんだから、まずは高校生としてはフォーマルな格好で挨拶をした方が好感度が上がると思うの」
詩はそう言いながら、和音の髪を分け目を直し、目まで隠れるようにたらしている和音の前髪を横に上げて、少し少女っぽく見えるようおでこを出した横髪を髪留めでパチンと止めた。
「うん、いいね。すっごいかわいいよ、音ちゃん」
和音の顔を掌で挟んで確認する。
「僕の顔って、本当に女子みたいに見えてる? 変じゃない?」
男子として育った和音には、そんなことで誤魔化せるのかまだ不安らしい。
「大丈夫よ。私、思うんだけど、音ちゃんって標準的な男子よりも遺伝子的に女性ホルモンの方が強いのかもね。だから声変わりもしないんじゃないのかな」
「それなら僕の親戚とかにそんな人がいてもおかしくないはずだよね?」
和音が首を捻っている。
「それよりほら、着替えて。私、後ろ向いてるから」
詩がそう言って和音に背中を向けると、「うん」と言う声と紙袋をゴソゴソと開く音がした。
「ねえ、西園寺さん」
「なに?」
「やっぱり、その……下着も着なきゃいけない? いつも着てるものじゃダメかなあ」
ボソリと言う。先週はショーツとカップ付きのタンクトップだけだったが、今日はブラとコルセットも渡してある。
「ダメに決まってるじゃない。学校の白いブラウスってブラの肩紐とか透けて見えるんだから、ちゃんとつけてなきゃ。それに、そのままじゃウェストの位置が違うから、コルセットで体型を調整した方がいいし。うちのママは人間観察がすごいんだから、ごまかせないよ」
「わかったよ」
ふと思い出した。
「それとさ、もう西園寺さんはやめない? 詩でいいよ」
「じゃあ、詩——さん」
「さんはいらない。詩か、せめて『ちゃん』でいこうよ」
「う、うん。わかった。詩——ちゃん」
「よし」
「ねえ」
また、ためらうように和音の声がする。
「今度は何?」
「あのさ……後ろ留めて。手が届かない」
後ろ?
「そっち向いていいの?」
「うん」
振り向くと、そこに和音の背中と変に曲げた腕を背中に回している。どうやらブラのホックを留めるのが難しいみたいだ。
「下手くそねえ」
笑いながら、詩はそのホックを留めてやった。
「仕方ないだろ。こんなめんどくさい下着なんて着たことないんだから」
抗議するように和音が頬を膨らせている。
「バカねえ。難しかったら、前で留めてからクルッと後ろに回して、最後に肩紐をかければいいのよ」
ああ可笑しい。詩はポンと和音の背中を叩いて、また後ろを向いた。
「ねえ、詩ちゃん」
「何よ」
「この間は黙ってたけど、このスカートのウエストは緩いよ。ちょっとダイエットしたら?」
今度は和音がクスクスと笑っていた。
うるさいわ——
「音がやせすぎなのよ!」
詩は手にしたハンカチを投げつけた。
最後にコンタクトを入れて上杉和音から上杉音に変身が完了した。
音に変身するためには、眼鏡を外さなければならない。そこで和音も休みの日だけコンタクトにしたいと母にお願いして、病院で検眼をすませ、コンタクトレンズを買っておいたのだ。これで手を繋がなくても和音も1人で歩けるようになる。
⌘
「初めまして。上杉音と言います」
音は練習通り、優しげな声で詩の両親に丁寧に挨拶をする。元の姿を知っている詩でさえ、どこから見ても女子にしか見えない。
「こんにちは。詩の母です。こちらが父ね。今日はお休みなのに詩の誕生会ためにわざわざ来てくれてありがとうね」
音はパパにもピョコンと頭を下げた。
「詩が友達を連れてくるなんて久しぶりだから、楽しみにしてたのよ。聖華の制服がよく似合ってるね。がさつな詩と大違い。詩が迷惑かけてない?」
「もうママったら」
詩の抗議にもママはニコニコ笑っていて、そのママに、
「いえ、いつも優しくしてもらってます」
音がにこりと微笑んだ。
完璧——
「音ちゃん、楽な服に着替えようよ」詩が音の右腕を取った。「ちょっと部屋に行こ」
「はい」
はい、だって。和音は本当に上手く音という女子に成り切っている。
詩が感心してその横顔を見ると、音がちらっと詩を見てクスッと笑った。
え、なに? やだ、なんだか胸がドキドキする。可愛すぎる——
「だいたいさ、誕生会なんて制服で行くもんじゃないだろ? この間着たワンピースとかの方が良かったんじゃないの?」
紙袋の中を覗きながら、和音が言う。
自宅の家賃を「人質」にとられて、和音にはもう詩に抵抗する気力も残ってないようだった。
もともと、和音の住んでいる賃貸マンションは、オーナーである西園寺家の節税のために赤字経営をしており、それこそ破格と行ってもよいほどの格安の家賃に設定されていたのだ。
サラリーマン家庭から名門私立高校へ進学した上杉家にとって、家賃の値上がりはどうやら死活問題であったようだ。いともあっさりと詩に陥落したのであった。
「音ちゃんは初めてうちのママと会うんだから、まずは高校生としてはフォーマルな格好で挨拶をした方が好感度が上がると思うの」
詩はそう言いながら、和音の髪を分け目を直し、目まで隠れるようにたらしている和音の前髪を横に上げて、少し少女っぽく見えるようおでこを出した横髪を髪留めでパチンと止めた。
「うん、いいね。すっごいかわいいよ、音ちゃん」
和音の顔を掌で挟んで確認する。
「僕の顔って、本当に女子みたいに見えてる? 変じゃない?」
男子として育った和音には、そんなことで誤魔化せるのかまだ不安らしい。
「大丈夫よ。私、思うんだけど、音ちゃんって標準的な男子よりも遺伝子的に女性ホルモンの方が強いのかもね。だから声変わりもしないんじゃないのかな」
「それなら僕の親戚とかにそんな人がいてもおかしくないはずだよね?」
和音が首を捻っている。
「それよりほら、着替えて。私、後ろ向いてるから」
詩がそう言って和音に背中を向けると、「うん」と言う声と紙袋をゴソゴソと開く音がした。
「ねえ、西園寺さん」
「なに?」
「やっぱり、その……下着も着なきゃいけない? いつも着てるものじゃダメかなあ」
ボソリと言う。先週はショーツとカップ付きのタンクトップだけだったが、今日はブラとコルセットも渡してある。
「ダメに決まってるじゃない。学校の白いブラウスってブラの肩紐とか透けて見えるんだから、ちゃんとつけてなきゃ。それに、そのままじゃウェストの位置が違うから、コルセットで体型を調整した方がいいし。うちのママは人間観察がすごいんだから、ごまかせないよ」
「わかったよ」
ふと思い出した。
「それとさ、もう西園寺さんはやめない? 詩でいいよ」
「じゃあ、詩——さん」
「さんはいらない。詩か、せめて『ちゃん』でいこうよ」
「う、うん。わかった。詩——ちゃん」
「よし」
「ねえ」
また、ためらうように和音の声がする。
「今度は何?」
「あのさ……後ろ留めて。手が届かない」
後ろ?
「そっち向いていいの?」
「うん」
振り向くと、そこに和音の背中と変に曲げた腕を背中に回している。どうやらブラのホックを留めるのが難しいみたいだ。
「下手くそねえ」
笑いながら、詩はそのホックを留めてやった。
「仕方ないだろ。こんなめんどくさい下着なんて着たことないんだから」
抗議するように和音が頬を膨らせている。
「バカねえ。難しかったら、前で留めてからクルッと後ろに回して、最後に肩紐をかければいいのよ」
ああ可笑しい。詩はポンと和音の背中を叩いて、また後ろを向いた。
「ねえ、詩ちゃん」
「何よ」
「この間は黙ってたけど、このスカートのウエストは緩いよ。ちょっとダイエットしたら?」
今度は和音がクスクスと笑っていた。
うるさいわ——
「音がやせすぎなのよ!」
詩は手にしたハンカチを投げつけた。
最後にコンタクトを入れて上杉和音から上杉音に変身が完了した。
音に変身するためには、眼鏡を外さなければならない。そこで和音も休みの日だけコンタクトにしたいと母にお願いして、病院で検眼をすませ、コンタクトレンズを買っておいたのだ。これで手を繋がなくても和音も1人で歩けるようになる。
⌘
「初めまして。上杉音と言います」
音は練習通り、優しげな声で詩の両親に丁寧に挨拶をする。元の姿を知っている詩でさえ、どこから見ても女子にしか見えない。
「こんにちは。詩の母です。こちらが父ね。今日はお休みなのに詩の誕生会ためにわざわざ来てくれてありがとうね」
音はパパにもピョコンと頭を下げた。
「詩が友達を連れてくるなんて久しぶりだから、楽しみにしてたのよ。聖華の制服がよく似合ってるね。がさつな詩と大違い。詩が迷惑かけてない?」
「もうママったら」
詩の抗議にもママはニコニコ笑っていて、そのママに、
「いえ、いつも優しくしてもらってます」
音がにこりと微笑んだ。
完璧——
「音ちゃん、楽な服に着替えようよ」詩が音の右腕を取った。「ちょっと部屋に行こ」
「はい」
はい、だって。和音は本当に上手く音という女子に成り切っている。
詩が感心してその横顔を見ると、音がちらっと詩を見てクスッと笑った。
え、なに? やだ、なんだか胸がドキドキする。可愛すぎる——