第五巻 第一章 生まれながらの将軍

文字数 4,395文字

〇江戸城・大広間
徳川家光(二十九歳)の前に諸大名が平伏している。
N「寛永九(一六三二)年、大御所・秀忠が亡くなると、三代将軍・家光は、居並ぶ諸大名にこう言い放った」
家光「東照宮(家康)さまが天下を平定なさるに際しては、その方らの力を借りた。また、父上も、かつてはそなたたちの同僚であった。しかし、余は生まれながらの将軍である。徳川譜代の者どもも、そうでない者どもも、同じように家臣として遇する」
ざわつく一同。
家光「不服があらば、帰って戦支度をいたすがよい」
しんとなった一同を見て、ご満悦の家光。
N「家光は六月に早速、熊本藩主・加藤忠広(豊臣秀吉の忠臣・加藤清正の嫡子)を改易し、有言実行ぶりを見せつけた」

〇江戸城の一室
家光(三十歳)と松平信綱(老中・三十八歳)が会話している。
信綱「西国大名の力の源は、何と言っても異国との交易にございます。また、南蛮はルソンやマニラなどで、国盗りを行っており、巻き込まれて戦になることもあり得ます」
家光「しかも南蛮の信仰するはキリシタン……彼らとの交際は、得るところより失うところの方が多いようだ」
N「寛永十(一六三三)年から、段階的に鎖国(当時はこの呼称はない)政策が強化されていき、私貿易は禁止され、表向きは幕府の独占するオランダ・清・朝鮮との貿易のみが許されることとなった」

〇宿場町
大通りを前田家の参勤交代の行列が行く。平伏して華やかな行列を見送る村人たち。
村人たち「(囁き合う)さすがは加賀百万石の大名行列だ……」
N「これまでも諸大名は江戸に屋敷を構え、自発的に参勤していたが、家光は寛永十二(一六三五)年の『武家諸法度』で、諸大名に一年おきに自国と江戸とを往復する、参勤交代を義務づけた」

〇街道
宿場町が見えなくなると、大名行列がバラける。
役人から手当てをもらって、思い思いの方向に散っていく中間たち。
N「大名が行列を組んで行列するのは、人目のある宿場町や城下町などだけで、街道は最小限の人数で進み、行列を組む必要があるときだけ、臨時雇いの中間で行列を飾り立てたのである。小藩はもちろん、大藩にとっても、参勤交代は大きな負担であった」

〇加賀藩・江戸屋敷の一室
珠姫(前田利常正室・三十七歳)と光高(利常嫡子・二十歳)がいる。
N「また、大名は正室と嫡子を江戸に置くことも求められた。箱根の関所では『出女』を厳しく取り締まり、大名の正室が帰国することを阻止した」

〇島原城の一室
松倉勝家(肥前島原藩二代藩主・四十一歳)が家老(初老)と相談している。
勝家「ええい、金・金・金! どう計算しても藩財政が支出に追いつかぬ!」
家老「それと言うのも、実高四万石の島原を、十万石などと見栄を張るからです!」
勝家「あの時はまさか、公儀が貿易の禁令を出すなどと、夢にも思っていなかったのだ!」
家老「しかしどうしたものでしょうか。まさかこれ以上年貢を増やすわけにもいかず……」
勝家「……いいや、まだまだ取れる。百姓どもが何人飢え死にしようと、知ったことか!」
家老、驚いて勝家の顔を見る。人間とは思われぬほど邪悪な表情の勝家。
勝家「……そうだ。よいことを思いついた。島原にはまだまだ隠れキリシタンが多いと聞く。詮議を厳しくして奴らをまとめて引っ捕らえ、財産を召し上げてやろう……」
あまりの邪悪さに慄然とする家老。

〇島原・農村
役人たちの前に、村人が集められている。さらし者にされている五人のキリシタン男女は、蓑を着せられ、縛り上げられている。
役人「いいか、貴様らに最後の機会をくれてやる!」
キリシタン男女の足下に、踏絵(マリア像を刻んだ金属の板)を投げてよこす役人。
役人「それを踏め! それを踏んで、『転びます』と言えば、命だけは助けてやる!」
しん、となる一同。キリシタン男女、互いの顔を見合わせるが、全員目を閉じてオラショ(祈りの言葉、ラテン語を翻訳せず、音だけを日本風に言い換えたもの)を唱えはじめる。
キリシタン男女「%&*!’……」
※ラテン語の聖句を記述しておくのがいいと思います
役人「(怒って)ええい、よさぬか!」
一人の蓑に火を点ける。燃え上がる蓑に全身を焼かれ、転がって悶え苦しむキリシタン。
役人「貴様らもこのような死に方をしたいのか!」
キリシタン男女、顔面蒼白になりながらも、目を閉じてオラショを唱え続ける。
役人「……馬鹿にしおって!」
役人の合図で全員の蓑に火が点けられる。燃えながら転がり回る五人。
村人たち、その様子を見ながら口々に念仏を唱える。その中の何人かは、懐や袖の中で十字架を握りしめている。
N「鎖国により貿易収入を閉ざされた九州諸大名の中でも、松倉数家の肥前島原藩と、寺沢堅高の肥後天草では、厳しい年貢の取り立てと、キリシタン迫害と、そして寛永十四(一六三七)年の大飢饉が、島原の乱の引き金となった」

〇原城
天草四郎(美少年)を取り囲み、祈りを捧げる数百のキリシタンたち。四郎、その目の前で、何も無いところからハトを取りだして、天高く羽ばたかせる。なおいっそう熱心に四郎を拝むキリシタンたち。
N「乱の総大将は謎の美少年・天草四郎。しかし実際に指揮を執ったのは旧有馬氏家臣をはじめとする、戦国生き残りの浪人たちであり、集まった農民たちも全てがキリシタンではなかった」
居心地悪そうにしている非キリシタンたち。

〇原城
九州諸大名の大軍が、原城を包囲している。だが近づくと狙撃され、矢で射られ、石を投げられるので容易に近づけない。板倉重昌(幕府御書院番頭・幕府軍指揮官・五十一歳)、旗本たちを引き連れて進み出ると、
板倉重昌「九州の田舎武士どもめ! 手本を見せてやる!」
突撃する板倉隊。だが、原城からの銃弾が集中し、先頭を切っていた重昌が撃たれて落馬する。その亡骸をそのままに、逃げ帰っていく旗本たち。
N「幕府は九州の諸大名から兵を出させ、十万を越える大軍で原城を包囲するが、籠城軍三万七千を攻めあぐね、ついには指揮官の板倉重昌が戦死する」

〇幕府軍本陣
着任する松平信綱(四十三歳)を出迎える、立花宗茂(柳川藩主・七十二歳)、細川忠利(熊本藩主・五十三歳)、鍋島勝茂(佐賀藩主・五十九歳)ら九州諸大名。
信綱「板倉重昌どのを無駄死にさせたその方らの無為無策……」
さっと顔色の変わる諸大名たち。
信綱「……あえて責めようとは思わぬ。だが、これからの働きで挽回せねば、あらためて責めを問うことともなろう」
しんとなる諸大名たち。
信綱「さて、古今東西、援軍なくして持ちこたえた籠城はない。では、キリシタンどもは、誰の援軍を頼みとして籠城しておるのか?」
忠利「まずは国内の、隠れキリシタンどもでありましょうな」
信綱「だが、原城に呼応して立ち上がる者どもは今のところおらぬ。さすれば奴らは、誰の援軍を待っておるのか」
勝茂「……デウスとやらが、天から援軍を寄越すとでも申すのでしょうか」
信綱「ははは、迷信深いキリシタンどもはともかく、籠城を指揮しておる有馬の浪人どもが、そのような夢物語に惑わされるはずもあるまい」
宗茂「ポルトガルやスペインから、援軍が来ると思っておるのでしょう」
ぴしゃりと軍扇で自らのヒザを打つ信綱。
信綱「それよ。今から奴らのその望みを、粉々に打ち砕いてやる」
顔を見合わせる一同。宗茂だけが「なるほど」という顔。

〇原城
海上を見張っている見張りが、歓声を挙げる。
見張り「南蛮船だ! 援軍がついに来た!」
わっと海べりの城壁に群がる籠城軍たち。すでに全員痩せ細り、疲れ果てている様子。
だが、その南蛮船は、原城に向けて大砲を撃ってくる。逃げ惑う籠城軍たち。南蛮船の旗は、オランダ国旗である。

〇原城
陸側の攻め口に、信綱が進み出る。
信綱「籠城軍の者どもに告げる! ポルトガルとスペインはオランダに敗れた(嘘です)! 援軍は来ぬ! おとなしく降伏せよ!」
返事はない。
信綱「キリシタンでない者にはそのまま帰農を許す! キリシタンも転べば許す!」
だが返事はない。
N「だが投降の呼びかけに応ずる者はなかった。信綱は辛抱強く兵糧攻めを続け、籠城軍が十分に疲弊するのを待ってから、総攻撃を開始した」

〇原城
幕府軍がついに突入してくるが、もはや抵抗もできないほど弱っている籠城軍。それを容赦なく殺戮していく幕府軍。
N「生存者は、事前に幕府に内通していた、南蛮絵師の山田右衞門作ただ一人」

〇斬首される松倉勝家
N「島原藩主・松倉勝家は一揆を招いた責任を問われ斬首。天草藩主・寺田堅高も改易され、後に精神に異常を来して自害した」

〇出島遠景
N「幕府はこの乱を受け、ヨーロッパで唯一の交易相手であったオランダ人にも出島の居留地から出ることを禁じた。一般にはこれを以て鎖国の完成とされるが」

〇琉球・那覇港
入港してくる清の船を出迎える琉球人たち。
N「薩摩藩の支配下にある琉球での清との交易」

〇対馬
港に入港してくる朝鮮使節の船を出迎える対馬商人たち。
N「対馬を通じての朝鮮との交易」

〇北海道
アイヌがロシア人と交易を行っている。
N「松前藩の支配下でアイヌが交易を続けており、我々が思うほど完全に『鎖国』していたわけではなかった」

〇江戸城の一室
家光(四十八歳)の臨終の床につきそう保科正之(会津藩主・家光弟・四十一歳)。
家光「(苦しい息の下で)余亡き後の公儀を、たのんだぞ……」
正之「(ぐっと家光の手を握り)保科の家は、末代まで公儀に忠義を尽くしまする」
少し安心した顔の家光。
N「家光は実の弟である保科正之を会津藩主とし、幕政にも参画させた。保科家は会津松平家となり、幕末の動乱の中、幕府を最後まで支える」

〇駿府梅屋町・梅屋邸(夜)
由井正雪(軍学者・四十七歳)が浪人たちと密談している。
N「島原の乱終結後も、幕府による相次ぐ改易・減封によって、巷に浪人たちが増え続け、幕府への不満を高め続けた。そして慶安四(一六五一)年、家光の死による混乱の中……」
正雪、江戸城の図面を広げ、
正雪「丸橋忠弥が、江戸城の火薬倉に火を放って、城を燃やす。それが我らが立ち上がる合図だ」
浪人「先生は我ら浪人の救いの神です!」
正雪「いや、私は……」
と、外から物々しい音が聞こえてくる。
捕り方の声「由井正雪、御用である! 丸橋忠弥は、江戸ですでに捕縛された!」
観念して天井を見上げる正雪。
N「この『由井正雪の乱(慶安の変)』は事前に察知され、関係者は捕縛あるいは自決した。しかし幕府はこれ以後、諸大名の改易・減封を避け、浪人たちの再雇用を奨励していくようになる」
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