(六・二)ゼットンフォーラム3

文字数 3,160文字

 仕事帰りの参拝を終え、本部から出て来た哲雄が向かう場所は、ご存知彩子のいる祐天寺駅前である。
 渋谷から東横線に乗り、揺られること三駅、祐天寺駅で降りる哲雄に気付かれぬようピターッと尾行するマリリン。下車する人の数など高が知れているから、先ず見失うことはない。終着駅までの切符を購入しているから、哲雄の後に続いて改札を抜けても問題なし。駅前に出ると直ぐに、近くのレコードショップから流れ来る音楽がマリリンの耳にも届く。大貫妙子の『クリシェ』である。
 哲雄がどうするのかと見れば、駅前に立っているひとりの女性即ち彩子に近付き、何やら話し掛ける。とても親密そう。しかし、とマリリンは思う。女の直感、なーんか宗教っぽい女だわ、もしかしてあの人もブースカ仏会の信者。だとしたら、ちょっと面倒かも。なぜって、だって女は何かと鋭いからねえ。
 取り合えず何話してんのか、立ち話のふたりのそばに佇み、それとなく聞き耳を立てるマリリン。ん、やっぱ思った通り、宗教の話ばっかだわ。でも、あれっ……。話が一段落すると哲雄はそのまま駅前に突っ立って、どうするかと思えばただじっと彩子を見ているだけ。彩子の方はというと、おやおや、どうやら布教を始めるらしい。ひとりで通行人に声を掛ける彩子。って、おかしいじゃん。だってブースカ仏会って駅前での布教、もう止めてた筈、なのになぜ。首を捻るマリリン。
 でもまあ兎に角、その方がこっちとしてもやり易いんだけど。よっし、じゃ駄目元で声掛けてみっか。グーッとお腹が鳴いて、そういや腹も減ったしねえ。さっさと片付けちまえ、ふっわーっ、でもまじ眠いわ。
 彩子が声を掛けた通行人との会話に夢中でいるその隙に、いざ哲雄へと話し掛けるマリリン。
「あのーっ、すいません」
 えっ、と吃驚しながらも、相手は若い女性、愛想良く答える哲雄である。
「はあ、何でしょう」
「もしかして、ブースカ仏会の信者さんですよね」とはマリリン、剛球一直線のストレートさである。
「えっ、ま確かにそうですが……」
 少しばかり警戒心を抱く哲雄に、怪しまれないようにと透かさず言葉を続けるマリリン。
「以前布教されてたの、お見掛けしたんですけど。そん時はまだあんまり興味なかったもんで、あたし」
「あーっ、そうでしたか」
 一気に警戒心を解く哲雄に、よーしOK。これなら行けそうって手応えを覚えるマリリンは、こうなりゃもうこっちのもんと胸の内でガッツポーズ。
「実は最近ちょっと悩みというか、そういうのあって。どうしたらいいか分かんなくて、困ってんですよ」
「はい」
「もし良かったら、相談に乗ってもらえませんか。ブースカ仏会のお話も伺ってみたいし。あ、言い忘れましたけど、あたし森原と言う者です」
「あっ、森原さん。そうですか、そういうことでしたら勿論喜んで」
 まさか、ここでこんな人と会えるなんて、ラッキー。哲雄の方もすっかり布教モードである。彩子のこともつい忘れ、マリリンと熱心に話し込む。ブースカ仏会の簡単な説明を一通り済ませると、いよいよ教団へのお誘いである。
「もし良ければ、これから参拝してみませんか。渋谷駅から歩いて直ぐですから」
 そこで待ってましたとマリリンの返事。「実は知り合いにも悩んでる人いて、男ふたりなんですけど。良かったらその人たちも一緒でいいですか」
「ええ、全然構いませんよ」
「良かったあ」と駅構内の時計を見るマリリン。「あっ、やっばい、もうこんな時間。すいません、今夜はもう遅いんで、明日とかでもいいですか」
 釣られて哲雄も時計を見る。「そうですね、そうしますか」
 こうして翌日十九時渋谷駅ハチ公前で待ち合わせすることにしたマリリンと哲雄。用が済むやさっさと立ち去るマリリンである。
 やった、とこちらは有頂天で張り切る哲雄。その肩を、もしもしと叩くのは彩子である。どうかされたんですかと問う彩子に、哲雄はマリリンとの経緯を一通り説明する。あの女性の方から突然声を掛けて来たのだと。すると女の直感か、それとも長年の布教の経験からか、何かしら胸騒ぎのする彩子。
「哲雄さん、差し出がましいかも知れませんが、くれぐれも注意して下さいね。わたしの経験から言って、布教というのは地道なもので、そうそう虫のいい話は滅多にありませんから」
「はい、それは分かっています」と答えてはみたものの、哲雄の本音は馬耳東風といったところか。
 さて、その翌日である。哲雄は仕事帰り、直接待ち合わせ場所へと向かう。渋谷駅ハチ公前はいつもながらの人また人。間もなくして約束の時間通りマリリンが、知り合い男性ふたりを伴って哲雄の前に現れる。哲雄ににこにこ手を振るマリリン、丸で昔からの知り合いか、恋人のような態度である。初対面のふたりと挨拶を交わす哲雄。
「ようこそ、三上と申します」
「わたくし、青木と申します」
「林川です。こちらこそ宜しく」
 では早速参りましょうか、と三人を連れ、ブースカ仏会の本部へと案内する哲雄。
 JR渋谷駅を宮益坂公園に向かって歩き、公園を抜けると直ぐ目の前にブースカ仏会の本部施設は建っている。大金持ちのお屋敷を思わせる和風建築であり、広い敷地は四方をブロック塀で囲まれている。その中に大きな建物がふたつ仲良く並び、ひとつが神殿である。ブースカ仏会最大規模、二階建て、二千人収容可能であり、本部神殿であると同時に地元東京信者の普段の参拝場所ともなっている。それからもうひとつが事務棟。ブースカ仏会の窓口であり、教祖、幹部、専従者が寝泊りし、事務員がせっせと働いている場所である。宿泊施設、道場も備えられており、地方の信者が本部式典に参拝する際に泊まったり、布教活動を行う青年が合宿したりと、様々な用途に活用されている。セキュリティー面はどうかというと、建物と敷地内の要所要所に防犯カメラが設置されており、民間の警備会社には頼らず男性信者の有志が自発的に交替で二十四時間体制の警備に当たっている。
 マリリン一行を連れた哲雄は教団の門を潜ると、先ず事務棟の窓口にて三人に氏名を記帳してもらう。それから神殿に案内し、哲雄の礼拝を真似てみんなで礼拝する。それが済んだら事務棟に戻り、講義室に案内する。哲雄も同席し、そこで待つことしばし。年配の講師が登場し、ブースカ仏会の基本的な教えや教団としての活動、信者の体験談などの講義を、テキストに沿って一通り説明する。その後質疑応答を経て、入信するか否かを問う。それまでの相手の反応によって積極的に入信を勧める場合もあれば、では帰られてご検討下さい、などとあっさり引き下がる場合もある。ブースカ仏会はしつこい勧誘はせず本当に興味を持った者ばかりを入信させるから、定着率も良いし、加えて脱退も容易に認める教団である。
 ではマリリンたち三人組はどうか。彼らは三人とも講義の最初から熱心で、質問も積極的である。どう見てもブースカ仏会に興味と関心がある様子。そこで哲雄が出るまでもなく講師が積極的に入信を勧める。即決するかと思いきや、意外にも慎重、三人を代表してアーサーの返事は「一晩、考えさせて」というもの。しかし哲雄は、それだけ三人が真剣に考えているのだなと、すっかり三人を信用するのである。
 翌日もまた夕方、渋谷駅ハチ公前で待ち合わせ。三人は約束の時間ぴったしに哲雄の前に姿を現し、またもアーサーが代表で告げた結論は「もし入信しても変化がなかったら、いつでも脱退するから。それでも良ければ入信しまーす」
 じゃーん、実にこれが哲雄生涯初めての布教伝道の成果であり、しかも一挙に三人。嬉しくない筈がなく、まさに天にも昇る心地である。こうして無事入信し、晴れてブースカ仏会の信者となったアーサー、チャーリー、マリリンである。
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