その先は

文字数 1,153文字

2022年4月29日

 先日から進撃の巨人を観始めた。
 きっかけはAmazonのプライムビデオ。

 以前、数回だけTVで放映されていた時に観たことはあったが、中途半端な部分だったため内容も良く分からなかったが、初めから観ると何故これだけ人気なのか気づかされる。

 そもそもの発端は”人類の敵が一つならば争いがなく平和な世の中になる”という思想だったのだと思う。そして人は壁を築き、壁の外に人類の敵を作り出した。人類の敵が共通しているならば、人々の心は一つになるはずだったのだ。そして平和は100年続き、その平和は突如として壊されることとなる。

 現在、シーズン3のエピソード12まで視聴済み。
 ただこの先を観るのがどうしても辛い。

 この物語には魅力的な人物が多数存在し、役目を終えると死んでいく。人とは本来そういう生き物だったのではないかと思わされる物語だ。医療が進歩を遂げ、寿命が延びたがそれでなしえたことなど本当にあるのだろうか?
 人類が誕生して最低でも二千年以上経っているのにも関わらず、人は争い命を奪い合う。何も変わっていないのではないか? 人として進歩していないのに長生きをする必要はあるのだろうか?
 結論から言えば、人類に人類以外の共通の敵を作ったところで結局人類の敵は人類でしかない。その敵に命をかけ、人類を守ろうとした人たちがいる。彼らは人類の未来のために心臓を捧げる。
 その覚悟を持って戦い、多くの犠牲を払ってきた。

 進撃の巨人という物語はストーリーを大まかに知っていても魅力を感じる物語。
 むしろ大まかな設定を知っていると理解しやすいのかもしれないと思った。
 ただ、この先を観ると団長は死ぬ。考えただけで辛い。

 これだけたくさんの登場人物がいるにも関わらず、それぞれ特徴的であり個性的でありすぐに愛着がわくところが凄いところだ。個人的には兵長が凄く好きである。
 彼が登場した当初、主人公に対し殴る蹴るの暴行を加えるので(演出なのだが)度肝を抜かれた。この人物が何故こんなにも人気なのか(いぶか)しむほどに。しかし彼が部下に対し力を振るう場面はほとんどない。猟奇的に感じるのは、その場面が印象的だっただけに過ぎない。
 確かに地下で暮らしていた時の回想場面には他者に暴力を振るう場面もあるが、そういう生き方をしていたんだなという印象は受けても猟奇的とは感じないのだ。
 普段は面白い人だなと感じた。

 それよりも、団長の腕を食われながらも指示を出し続ける姿にただならぬモノを感じ、すごい奴らの集まりなのが調査兵団なのだという感想を持ったのである。魅力的であり好意を抱きやすい人物が多いからこそ、彼らが死んでいくのがつらい。そして主人公の自分を大切にしない姿にも心が痛む。休み中に全部観られるとは思うのだが……。
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