俺の居場所は。

文字数 3,226文字

「幾ら何でも、『X』じゃ眠れないし可哀想だろう。せめて、『Y』にして上げなさい」
「Y!?」
「お母さんがベッドを買ってきて上げるから、雪ちゃんの部屋で『川』の字にして上げたらどうかしら」
「川!? 一人でですか!?」
「ヤダヤダ! こんな得体の知れない男と一緒に寝るなんて無理!」

 白咲の家族に囲まれながら、皆で午前中いっぱい俺の処遇を話し合った。
 とりあえず、俺の両親に挨拶に行くこと。それから俺と俺の両親の意思を尊重して、寝泊りの場所や学校などをどうするかを話し合うことに決めた。流石にご両親も、娘の体を持った男を野放しにしておくのはマズイと思ったのだろう。俺はというと、実の親の前で子供のように駄々を捏ねる白咲が妙に新鮮で、それを眺めながらニヤニヤしているうちに彼女に思いっきりほっぺたを握りつぶされた。





 「私は認めませんわ! お姉様が二人だなんて!」

 俺が白咲の部屋で身支度をしていると、突然ミニスカートの少女が勢いよく扉を開けて入って来た。色白の整ったその顔は、見分けがつかないほど白咲そっくりだ。だけど髪型は赤みがかったツインテールになっていて、体型も本人よりもひと回り小柄だった。恐らく彼女の妹なのだろう。俺が紹介を求めて白咲を見上げると、彼女はやれやれと肩をすくめた。

「落ち着いて雅樹。これはチャンスなのよ」
「え?」
「ダメ! 絶対ダメ! お姉様は私のものなんだから!」
 そう言って、まだ幼さを残す少女は白咲の胸に飛び込んで行った。俺は床に正座したままその子のミニスカートから伸びる色白の美脚をじっと眺めた。確かに細長く華奢な足だが……女の子というにはどことなく筋肉が付いている気がする。

「おい……まさかその子って……」
「どこ見てんのよ! この野蛮人!」
「ぶっ!」
 小柄な少女が目線に気がついて、甲高い声を上げながら俺の顎に蹴りをヒットさせた。全く、何かと言うと暴力に頼ろうとする、ひどく攻撃的な一族だ。白咲がたしなめるように少女の背中をポンポンと叩いた。
「よしなさい、雅樹。『女の子』がそんなことするもんじゃないわ」
「お姉様……」
「『女の子』って……」

 戸惑う俺に、白咲が頷いた。
「ええ。『彼女』は私の双子の弟の雅樹。雅樹は訳あって、いつしか『心』が女の子になってしまったの」
「んな……!?」
 俺は口をあんぐりと開けた。双子……道理で顔がそっくりなはずだ。椅子に座っていた白咲が、ローラーを転がしてそのまま近づいて来て、俺の顎をクイッと持ち上げた。

「……貴女に他人の事がとやかく言えるのかしら。『体』が女の子になってしまった、黒田誠一郎君」
「う……」
 ……確かにそれを言われると、何も反論できない。というかこの中では、俺が一番異質な存在だった。同じ顔が三人並ぶ中、ツインテールの『女の子』が白咲の豊満な胸に顔を埋めて甘えた声を出した。
「お姉様、こんな得体の知れない男に頼る必要なんてありません。お姉様の護衛も身代わりも、私が立派に勤めてみせますわ」
「……ありがとう、雅樹。でもこの男は、きっと利用価値がある……手放すには惜しい存在だわ」
「本人の目の前でそんな事言うなよ……」
「でもお姉様……私、不安なんです。この男がお姉様の体を手に入れて、一体どんな下劣な行為に及ぶかと思うと……」
 白咲は微笑んで、怯える表情を見せる弟の頭を優しく撫でた。

「大丈夫、ちゃんと管理下に置くわ。指一本自由にはさせない」
「お願いお姉様、もう『X』にするのは……私だけにしといてください……」
「約束するわ」
「お前が『X』になってたんかい!」

 頬擦りを繰り返す双子の姉弟に、俺はもう居た堪れなくなって目を逸らした。
 要するにこの双子の弟・雅樹は筋金入りの『シスコン』なのだろう。確かにこんなに美しい美少女を姉として持てば、そうなってしまうのも無理はないのかも知れない。それで何故、『心』が女の子になったのかは良く分からないが……そんなことを言い出すと、今の俺の存在意義まで危ぶまれそうなので考えないでおく。

「安心して雅樹……貴女を無下にしたりしないわ」
「お姉様……!」
 潤んだ目で同じ顔をした姉を見上げた後、雅樹は同じ顔をした俺を親の仇を見るような目で睨んで部屋から出て行った。俺はため息を漏らした。
「すげえな、白咲の弟……外でもあの格好なのか?」
「ええ……色々あるのよ。嫌いにならないであげて」

 姉として心配する白咲の言葉に、俺は黙って頷いた。きっと雅樹は雅樹で、突然現れた俺と言う存在に、自分の姉が……自分の居場所が取られるのが怖かったのだろう。だからって俺も、好き好んで『X』になっていた訳ではないが。
「しっかし……外じゃあんなに清楚な白咲も、家の中じゃ全然印象違うなぁ」
「当たり前でしょ。プライベートとパブリックを混同しないで」

 こんな姿の彼女を見れるのも、やはり体が白咲になってしまったおかげだと言えるだろう。ニヤニヤとからかいの笑みを浮かべる俺に、白咲はぐっと顔を近づけてじろりと睨んだ。
「……もし外で私の家でのこととか、弟のこととか言い振らしたら……いつか貴女をベッドの中で『Z』にしてやるから」
「……死んでるだろそれ」

 せめてアルファベットではなく『人』として眠りたいと思った俺は、慌てて笑顔を引っ込めた。





 それから午後になって、俺と白咲は俺の家へと出かけた。白咲の隣には、何故か弟の雅樹が彼女の腕に手を回してべっとりとくっついている。同じ顔の少女が三人並んで歩く姿は、中々奇妙なものだったのだろう。道行く人々が何度か俺達を振り返った。

「さすがお姉様。お姉様の美貌の前には、黙って素通りできる者などおりませんわ」
「俺達も同じような顔だけどな」
「黙らっしゃい。化粧も知らない醜男が。誰がその眉毛を描いて上げたと思って?」
「なんだと?」
「二人とも静かにして。着いたわよ」

 ぎゃあぎゃあと騒がしい『妹』二人を窘めて、白咲は俺の家の呼び鈴を鳴らした。俺は閉ざされた門に近づいて家の中を見上げた。たった一日開けただけなのに、我が家がすごく懐かしく感じる。昨日は一体ウチはどうなっていたのだろうか。今まで、朝帰りなんてしたことがない。俺の両親は心配してくれていたのだろうか。妹は……。

『はい? どなた?』
「こんにちは。私、白咲雪花と申します。黒田誠一郎君のお家ですか?」
『誠一郎にご用? まあ……』

 突然、門に取り付けられたインターホンから実の母親の声がして、俺はドキリと胸を高鳴らせた。ごそごそと家の中で物音がして、応対に出てくるのが分かった。俺は思わず白咲の袖を引っ張った。

「……信じて、くれるかな? 俺が誠一郎だって」
「当たり前でしょ。実のむす……こなんだから」
「でも……」

 ……知らないと言われたらどうしよう。ふとそんな不安が、俺の胸を掠めていた。今の俺は、性別すら変わってしまっている。別に高校生だし、特段親と仲がいい訳ではないが、それでも『うちの子じゃない』なんて面と向かって言われたら、少なからずショックを受けてしまいそうだった。その時は……俺の居場所はもうここにないことになる。今朝の雅樹の不安な気持ちが、少しだけ分かった気がした。

 すると、ゆっくりと俺の家の玄関が開かれ、『彼』が顔を覗かせた。

「んな……!?」
「えぇ……!?」
「どういうこと……?」

 俺は目を見開いた。外では冷静沈着な生徒会長の白咲様も、流石にこの時ばかりは唖然とした表情で口をあんぐりと開いた。『彼』もまた、驚いた様に目を瞬いた。

「白咲!? 『俺』の家に一体何の用で……!?」

 玄関で俺を出迎えてくれたのは、冴えない顔をした男子高校生……。そう……まさかの俺本人だった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み