2.海老フライが落ちて、キャリア相談?
文字数 3,344文字
あたしは、自宅待機日だったけど、特別定食のために本部まで来た。あっ、自宅と言っても、あたしたちが住んでるのは、「日本昔話成立支援機構」の寮だ。あたしたちクローン・キャストは、ラムネ星の一般人と接触するのを厳しく制限されてる。
「機構」を管理してるラムネ星のフツーの人間たちは、実は、あたし達クローン・キャストを恐れてる。あたし達が色々な人や動物に変身できて、ケガを自然に治せる上、テレパシーで会話できるからだ。フツーの人達は、テレパシーは使えない。つまり、フツーの人たちから見たら、あたしたちは、とんでもない怪物ってわけ。
だから、あたし達の寮と本部を行き来するシャトルバスには、銃武装した警備ロボットが同乗し、寮の周りも警備ロボットと自律式攻撃用ドローンでガッチリ固められている。自分たちの都合であたし達を作っといて、失礼な話だ。
やっと空いてる席を見つけ、海老フライ定食をテーブルに置いた。ぷりん、ぷりんの身が衣を破って飛び出しそうな海老フライをはしで取り上げる。あぁ、あたしの至福の瞬間!
その時、
「セ・ン・パ・イ!」
誰かが、あたしの肩をたたいた。
はしが揺れた。海老が落ちそう。あっ、落ちた。あわてて手で拾おうとする。その手が、すべって、海老フライを飛ばしてしまった。
海老フライが、テーブルの端にかかる。テーブルの角であやうくバランスを保ってる。今度こそと手を伸ばしたら、バランスが崩れて、空中へ。あっ、落ちる。落ちた! 床の上だ。
「誰よ、急に肩なんか叩いて。海老フライが落ちたじゃない!」
あたしは、イスの背もたれ越しに振り返った。見覚えのある若い男がニタニタしてる。
「浩太なの! あんた、よくあたしの前に顔を出せたね。その上、あたしの海老フライを床に落としくさって! あたしは、この海老のために、わざわざ寮から出張ってきたんだ」
「小梅先輩、30秒ルールがあるから、大丈夫です。食べ物を床に落としても、30秒以内に拾えば、バイ菌とか、つかないんです」
浩太が、長身をかるく折り曲げて海老フライを指先でつまみ上げ、それを持ったまま、あたしの向かい側にすわった。
「海老フライ、あたしの皿に返しなよ」
「小梅先輩、これ、食べます? 先輩は清潔好きだから、30秒ルールでもダメかなと思って……ボクが代わりに食べてあげます」
「阿呆言わんといて。海老なら、5分落ちてても、平気だ。ほら、早く、返せ」
浩太から戻ってきた海老フライを手でつかんで、口に放り込んだ。また邪魔が入ったら、たまんない。もう1本あるから、そっちは、後でゆっくり味わって食べよう。
あれ、浩太が、まだニタニタして向かい側にすわってる。むかつく野郎だ。
「浩太、あたしは、あんたの顔は、見たくない。さっさと、消えな」
「『舌切りスズメ』のこと、まだ、根に持ってるんすか? 小梅先輩、審査官の人から言われたでしょ。ご馳走がなくても、ボク達が歌って踊ってお爺さんを楽しませたから『舌切りスズメ』は成立したんだって」
「そんな話を聞いた覚えは、ない。あんたの妄想に決まってる」
「でも、一番大切な、小さいつづらを持って帰らせることに成功したのは、誰でしたっけ? 小梅先輩? 新人のM2650でしたっけ? それとも、M2657?」
「あんた、友達少ないでしょ。説得したのは、M2415、あなたです。貴君が、お爺さんの説得に成功しました。はい、君の功績はちゃんと認めてあげたから、あたしを独りにしてくれるかな」
「そうはいかないんです。実は、ボク、先輩に相談が会って、食堂に探しにきたんです」
浩太がテーブルの上で身を乗り出してきた。
「相談だって? 今のところ、嫌がらせにきたとしか思えないけど」
「相談です。それも、ボクのキャリアがかかった、大事な相談です」
急に浩太に真剣な目で見つめられ、あたしは、つい、奴の話を聞く格好になる。
「何よ、どんな相談?」
「浦島太郎は、竜宮城の中で、乙姫にどんな感じで接すればいいんですか?」
ゲッ、聞いてやるんじゃなかった。
「浩太、それ、あたしの職歴を知った上で尋ねてるとしたら、ひどいイジメだからね。キャリア・ハランスメントだよ」
「えっ、意味がわかんないすけど……」
「あたしは、『クローン・キャスト養育所』を出て『機構』に入り基礎トレーニングが終わってからの5年間、動物変身一筋だ」
細かい事を言えば、人間でも脇役ならたくさんこなしているし、『屁こき嫁』だけは、主役を演じている。でも、そんな小枝の話は、どうでもよろしい。太い幹は、次のとおり。
「動物変身一筋のあたしが、乙姫と浦島太郎が竜宮城でどうイチャつくかなんて、分かるわけが、ないだろう」
浩太が、急に慌てだす。
「ごめんなさい。小梅先輩を怒らせる気なんか、全然なかったんです。ただ、乙姫役は、小梅先輩の年代のキャストが演じるって聞いたもんですから。その年頃の先輩で、相談できるくらい親しいのは、小梅先輩だけなんすよ……」
「あたしは、あんたと『親しく』なんかない。『不運にも出くわした』だけだ」
「ボク、今、大ブレイクのチャンスかもしれないんです。『舌切りスズメ』でおじいさんを説得したことを『プロジェクト監理官』に評価されて主役が回ってくるようになって、この2ヶ月で『力太郎』、『五分次郎』、『隣の寝太郎』の3つを成立させて、来週、とうとう『浦島太郎』の主演が決まったんです」
浩太が目をキラキラさせて言う。
この2ヶ月間、3戦全勝ですって! あたしは、『かちかち山』、『狼女房』、『文福茶釜』と3連敗中。うーん、『舌切りスズメ』を境に、あたしのツキを、全部、浩太に持っていかれたか?
しかし、浩太が『浦島太郎』を成功させたい一心で、あたしのところにまで相談にきた気持ちは、わかる気がする。『浦島太郎』に成功すれば、『桃太郎』、『一寸法師』など、他の男性スター役への道も開ける。成功を重ねれば、スター・キャストに定着できるかもしれない。
そうは言っても、実際、あたしが助けになれることはないし……
一応、乙姫役が誰か、聞くだけ聞いておこうか。知り合いのサクラだったら、「よろしく」と頼んでおくことくらいは、できる。
「『乙姫』は、誰が演じるの?」
「M2119さんです。歴代の『乙姫』の中でも、最高の美人と聞いています」
と浩太が期待にあふれた声で答えた。
一方、あたしは、聞かなきゃよかったと思った。浩太が期待にあふれているから、なおさらだ。
M2119、沙紀。あたしは、あの子が乙姫役の時に、3回、後ろの「その他大勢」で踊ったことがある。そのうちの2回で、沙紀は「昔話成立審査会」の指示もないのに、自分で勝手に話の進行を止めた。それも、浦島が彼女に近づきすぎるとか、浦島が暗いとか、普通なら、昔話を止める理由にならないような、ちっぽけなことで。それなのに、あの子は罰せられることもなく、その後も女性スター・キャストに定着してる。
「小梅先輩、M2119さんとは、同期ですよね。お知合いですか?」
「同期と言っても、養育所が違うし、演じる役も違うから、話をしたこともない。お役に立てなくて、ごめんね」
「いいえ、ボクの方こそ、なんか、気配り足りなくて、先輩に嫌な思いさせちゃって、すみませんでした」
浩太が、ペコリと頭を下げた。
神妙にしているコータローを見ると、あたしが知ってる沙紀を教えてあげようかとも思った。でも、あれから3年経ってる。今では、沙紀も変わってるかもしれないのに、浩太に変な先入観を与えてはいけない。結局、あたしは、黙ってることにした。
「じゃ、お邪魔しました」
と言って、浩太は去っていった。その後ろ姿を見送りながら、あたしは、ちょっとだけ複雑な気分になったが、あたしの関心は、すぐに目の前の海老フライ定食に戻っていった。