2020年10月 誰かに拾ってほしかった

文字数 2,090文字

そんなこんなで構成員2名の世帯のうち、一名は無職となりもう一名は細々と自宅で請負業をするという、どこか侘しく聞こえる状況になったが、実際のところは実に呑気なもんであった。傍目に見れば生産性の低い家庭ということになろうが、今の自分たちにはそれが必要なのだと思っているからなんの焦りも感じない。ジタバタしたところで世界中を新型コロナウイルスが覆い隠し、社会活動は鈍化している。街から人が消えて、走り回っているのはUberEatsのバイクばかり。幸にしてお金のかかる趣味があるわけでもなく、ブランド物にも興味がないので、僅かな蓄えで細々と食い繋ぐことくらいはできる。それに「新型コロナウイルス感染症緊急経済対策」と銘打って給付された一人頭十万円があるじゃないか。世帯収入から考えると実にありがたいことである。お肉券だお魚券だと揉めていた経済対策だったが、結局のところ最強のミールクーポンである「現金」を一律に投下したことで、国民の不満は一時なりとも沈静化した様子だった。

仕事のためとはいえ、久しぶりに手に入れた自分のPCというものが、外出を制限される感染症対策時にはうってつけの暇つぶしツールになってくれていた。作業のしやすさを考えて大きめのモニターが一体になったデスクトップ機を導入したのだが、映画や動画も見やすいサイズ感だったので、YouTubeにはよく世話になるようになった。外出を控えて自宅で過ごそうという社会的要請に合わせて、企業や団体が動画配信に力を入れたこともあり、何度かその恩恵にあずかることもあった。
観光客の消えたベネチアでは船の航行が減ったため水が澄み渡り、外出制限が厳しかったインドでは、大気汚染が解消されヒマラヤ山脈がよく見えるようになったという。実は新型コロナウイルスは、こうした予想外の副産物も置いていってくれたと言えるだろう。

ここ数年、私は自分のPCというものを持たない生活をしていた。うっかり自宅にPCを置いてしまうと、仕事を持ち帰るようになってしまう。それを避けたかったのだ。
若い頃は職場でやりきれなかった作業を自宅のPCでこなして、データをUSBメモリで翌朝会社に持ち込んだりすることもあった。だがセキュリティ上も好ましくない上に、これは形を変えたサービス残業である。耳慣れた響きだと侮るなかれ。頻発すれば業界の賃金相場を下げることにつながる迷惑行為だ。
受注に波のある業界は、たまさかやってくる大波を残業で越えなければ仕方ないこともある。だが往々にしていつの間にか「残業するのが普通」になってくる。残業は一時的な繁忙を乗り越えるためのものであって、毎日当たり前のように残業し、そうでなければ回らないというなら、それは人員不足の証明である。もう一人雇うと儲けが出ないというなら、それはビジネスモデルが破綻している証左だ。だいぶ昔に勤めていた会社は、皆そうやって残業するのが当たり前のような所で、しかも残業代がつかないときている。それでもみなニコニコしながら夜9時過ぎまで仕事しているのが私は不思議でならなかった。こうやって私の働く業界は(あえてどことは言わないが)せっせと労働力を安売りし、皆全力で賃金を下げていた。そういう職場には二度と付き合いたくない。

話は逸れたがともかくPCを手に入れた私の、最大の変化はこうして文字を並べることを日課にし始めたことだ。その昔自分でPCを持っていた頃流行っていたのはMixiで、友人に誘われた私もしばらくはアカウントを持っていたが、足跡がついただのつかないだので使いづらさしか感じなくなり、結局触らなくなってしまった。思えば私とSNSとはあの頃から相性が良くない。あれの有効な使い方はリアルな集団、たとえば趣味サークル等の仲間がいて、その中での情報交換を補完するためのものだと思う。どこのコミュニティにも属さない人間にとっては、無用どころか孤独感が増すばかりだ。
同時期に流行していたのはブログというもので、主に日記をつけて公開するためのポータルがいくつか存在した。Mixiよりは使いやすく、何より自己完結できる。
私はかつて、そこでものを書いてボトルに詰め、ネットの海に流すことをもっぱら趣味にしていたが、PCと同時に手放していたそれを再開することにした。幸いにもあの頃よりも格段に使いやすくなった小説投稿サイトというものがあり、私と同じような人たちが思い思いに何かを書き連ねている。巣篭もりの間にネットの海を眺めて過ごす人も増えているだろう。ここからボトルを流せば、誰かが退屈凌ぎに拾ってくれるかもしれない。そう思っていくつかのサイトを渡り歩き今に至っている。

昔は公衆便所の壁や扉は、なんやかんや落書きされて汚れていたが、近頃はすっかり見かけなくなった。あれは携帯電話やスマホが普及し、手帳と筆記用具を携帯しなくなったためだろうか、それとも人間の「気持ちを吐き出したい欲求」を満たすSNSが普及したことで、トイレの壁に書く必要がなくなった、ということなのか。実はどちらもちょっとずつ正解なんじゃないかと思っている。
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