作家は今日も嘘をつく

文字数 2,085文字

 仕事を依頼しようと訪れた作業用の個室で、へn……。おっと失礼。不思議なものを見た。椅子の上で器用に体育座りをして、落ち込んでいるアマチュア作家(成人済み)だ。その姿勢が様になるのは、世界的に有名な名探偵くらいだと思う。
「何やってんですか、先生」
「ネタが浮かばない」
 そう言うと先生は顔を上げた。表情が暗い。
「なるほど。……では、今の先生の姿勢、あれっぽいので、ミステリーとか死神はどうでしょうか。メモというか、ノートでこう、あれする」
「ああ、あれね。ん~。社会現象を巻き起こすような作品は、さすがに無理だよ。ていうかね、真面目な話が書けない。長編が苦手」
 このままだと自虐モードに突入しそうだ。
「私からアドバイスできることといえば、今のところ一つしかないですね。ひとまず、休憩しません?」

「死神で書くとしたら、やっぱり閻魔大王かなぁ」
 私が淹れたコーヒーをゆっくりと飲みながら、先生はそう呟いた。寒がりのくせに猫舌だから、一気には飲めないらしい。
「閻魔大王って死神ですか」
「死を司る神という点ではね。ふむ、いけるな。このネタ」
 どうやら、やる気になってくれたようだ。ひとまずは安心だ。
「資料として、何か読みたいものありますか」
「世界最古の物語を作った人間の、あの世で行われた裁判記録」
「ありますかね、そんなの」
 少なくとも、現世にはないだろう。
「それが無理なら、西遊記とか竹取物語の作者のやつ」
「絞りこみ検索すればいいってもんではないですよ」
「物語は嘘、嘘は罪だからね。前例がないから、対処に困ったであろう様子を想像すると笑えるね」
 ははは、と乾いた笑いをする先生。だいぶお疲れのようだ。
「突然だけど、嘘をついて物語を紡ぎ、お金をもらうという点では、作家は詐欺師とほぼ変わらないのでは?」
「先生、何徹目ですか」
「大丈夫、寝てはいるよ。ただね、このままでいいのかなぁって。いや、歳の話はあまりしたくないけど、こう見えて、もうすぐ三十な訳だからさ、色々と悩みが……」
「すいません、ちょっと待ってください」
 愚痴が長くなりそうだったので、一時停止。早送り。意外と長い。今日の先生はよくしゃべるなぁ。おっと、やりすぎたか? 少し戻って……、この辺か。 で、再生開始と。これでよし。
「……どうすればいいと思う?」
「あっ、すいません。途中から聞いてませんでした」
 嘘はついていない。
「だと思った~。『あ、これ話聞いてないな』って気づいてた。でもまぁ、誰かに話したから、少しは軽くなったと思う」
 不満ではあるようだが、怒ってはいない。先生が怒ったところをほとんど見たことがない。
「失礼ですが、今のとこ、小説とか漫画だったら、手抜きで表現される場面でしょうね。先生だって、リアルな悩みをあまり聞き……というか、読みたくはないでしょう? 作家だって書きたくはないでしょうし」
「うっ。書いた後、後悔した経験があるから分かる。あれは押し付けだね。……で、あ、わざわざ来たってことは、何か仕事の依頼じゃなかった?」
 あ。いや、忘れてたわけじゃないですよ?
「ああ、そうでした。プログラミング班が入力を手伝ってほしいそうです。ついでに、世界設定の構築もお願いします、とのことです」
「任せろ。妄想(うそ)を形にするは得意技だ」
「知ってますよ。だって、私は先生の妄想から産まれたんですから」
「その言い方だと、知らない人が聞いたら誤解しそうだから止めようか」
「先生の妄想がなかったら、今の私がいなかったという意味では合ってますよ」
「ま、そうだけどさ。ちなみに、テーマは『理想の執事』なんだけど。いやあ、我ながら理想と性癖を詰め込んだと思う」
「おや? 先生は私みたいな男性がお好みでしたか」
 肩まで伸ばされた、ややウェーブのかかった黒髪。褐色の肌。ヨーロッパ系の彫りの深い顔立ち。猫や猛禽類を思わせる、金色の瞳。特に目元がこだわり。年齢は二十代半ば。大きめの手に、骨張った指。細身に見えて、意外と筋肉質。実は着痩せするタイプ。手足は長い。モデルとか俳優のイメージ。身長は180㎝前後。以上、資料より抜粋。それが私の外見的特徴です。
「まぁ、嫌いではないね。性格に関しては、そうなるとは想像してなかったけど。これはこれで、悪くないかな」
 あ、言い忘れてましたが、私の種族は人間ではなく、人造人間……ホムンクルスです。正確にいうと、作成方法は錬金術でないのですが。能力は『時間操作』系統。一回の発動で効果は五分間。その間は、時間を自由に操ることができます。 五分を越える時間停止や巻き戻し、早送りは不可。
「ああ~。働かなくてもいいと思ってこっち来たのに~。楽しいからいいけど」
「地上よりはましでしょう」
「まあ、そうだね。……コーヒー飲んだら行く」
「かしこまりました」
 はて、先生の服、このまま行かせても大丈夫だろうか。やはり、女性らしく少し可愛らしい格好にすべきだろうか。飲み終わったら、相談してみるか。
 
 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み