第29話

文字数 991文字

 『転校してひと月も経たないうちに、何回死にかけるんだよ!』
 意識が戻った時、最初に思った感想がそれである。
 ベッドサイドの従業員は平謝りで、見ている僕の方が気の毒になった。
 彼らの説明によると、普段、浴室の入り口には混浴露天風呂の看板が掲げてあるのだが、今日に限って、清掃のために外してあったらしい。しかも男女ともに。

 ――そんな偶然ってあり?

 しかし、旅館側の手違いとはいえ、僕の責任でもある。浴場の構造を考えれば、むしろ気づかないほうがどうかしていると言えた。
 すっかり気絶慣れ(?)したおかげか、お湯を少し飲んだだけで、それほどダメージはなかった。とはいえ、気恥ずかしいことに変わりはない。
 用意してあった新品の浴衣に着替え直し、僕はかえでの間に向かった。
 入り口のふすまの前に立つと、中から彼女たちの陽気な声が聞こえてきた。
 少なくとも露天風呂の話は出ていないし、彼女たちも自分の過ちだと認識しているかもしれなかった。
 僕は少し安心して、
「ただいま戻りました……」
 ふすまを開けると、さっきまで和気あいあいな雰囲気だった五人は、急に黙りこくる。
 よどんだ空気が漂いだし、誰も視線を合わせようとはしない。
 すでに布団は敷かれていて、彼女たちはその上でトランプをしているようだった。
 僕は頭を下げて、「……さっきはすみませんでした。わざとじゃないんです。やましい気持ちなんて、これっぽっちもありません」
 正直な気持ちを伝えたが、依然として沈黙状態は覆らない。
「……明日に備えて、もう寝ます。おやすみなさい」
 着替えの入ったバッグを取り、僕はかえでの間を後にした。
 後方のふすまからは、『スケベ』、『ヘンタイ』、『サイテー』、『ウザっ』、『ハゲ』、『死ねばいいのに』、などの罵詈雑言が漏れ聞こえてくる。えらい言われようだが、ハゲは違うだろハゲは! お前たちだって僕を勝手に女性だと勘違いしたくせに。
 あの時はそれどころじゃなかったが、ここまで言われるくらいなら、いっそのことガン見しておけばよかった。

 階段で一階に降り、受付の従業員に僕の部屋を尋ねた。
 男子は別室が用意されていて、今夜はそこで寝ることになっている。
 ……はずだった。
 都合のいい(悪い?)ことに予約の手違いで、部屋は満室。
 従業員は再び謝罪した。
 そこで仕方がなく、かえでの間で彼女たちと一緒に休む展開に――。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み