男たちの抱えた秘密

文字数 896文字

風間は警戒しなくていいと思うな。
 いきなり出た気になる名前に、超……警戒する。
……何でそこで風間?
 多賀は説明抜きで、ずけずけと人の心の中に踏み込んでくる。
確かに実験中、仲はいい。
風間がマヌケだからフォローしてるだけだよ、事故起こんないように。
 風間へのネガティブな文脈を無視した言い訳がましい反論を、多賀は逆にポジティブな言い方で聞き流した。
風間もまんざらじゃなさそうだし。
 構うことなく、僕も一方的にまくし立てる。
 いや、それは時間通りには教科書通りの結果が出るからであって、実験中に僕たちの足を引っ張るようなことを風間がやっても、井原がフォローしてくれるからであって……。
まあ落ち着け。
 さすがに多賀も閉口したようだが、一度始めた演説はもう、止められなかった。
確かに井原は小柄だし、実験中でも時々いるのかいないのか分からなくなるくらい物静かな女子だし、でも、ちゃんといるんだよ、てきぱきとメモ取ったり、ビーカーとか試験管じーっと見て、色鉛筆使って化学反応スケッチしたり、試薬の壜を開けたり閉めたり……。
よく見てるな。
 諦めの響きは感じられたが、僕自身の妄想も割と膨らんでいた。
たまに目が合うとさ、こう、ふんわりと、ふんわりと明るくってさ、何かってほら、分かるだろ?
俺たちの机んとこだけ蛍光灯替えてくれないんだけど、あれ何かのいやがらせかな?
 そんな皮肉は既に、通じなくなっている。
明るくなるんだよ! 井原がにっこりと、柔らかく微笑むと!
頭の中に広がる、優しい光に包まれた井原佐紀のイメージ……
『あ、どうしたの? 遠田君』
……それを、多賀の突きつける現実が一瞬で粉砕する。
声デカい。
 負けるまいとして、僕は心の奥底に潜む不安を抑え込みにかかった。
でも、風間は女子とつきあうとかそういうタイプじゃ……。
自分で分かってるんならもういい。
 もともと、多賀もそういう意味で話していたのだが。
だいたいこんな肝心な時に家にスマホ忘れてくるようなヤツが井原のことなんか考えてるわけ……。

 罵詈雑言の奔流を、自分でも止められないで持て余す。

 だが、それは思わぬ罵声でせき止められた。

声デカいつってんだろ!
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登場人物紹介

遠田勝昭(とおだ かつあき)


自他ともに認める高校2年の優等生。内気でシニカルな割に、感情に任せて突拍子もない行動を取ることがある。ちょっとムッツリスケベ。

奏野弓(そうのゆみ)


 一見クールだが、脳に回る栄養までプロポーションに吸い取られた感のある高2女子。ワープロ操作が異様に早い情報処理部部長。正義感は強いが責任は取らないクラスの裏ボス。

多賀久平(たが きゅうへい)


 思考もスタイルもスマートな高校2年男子。合理主義者で必要なことしか言わないし、やらないが、仕事は早い。女性への観察も鋭いが、そっち方面はストイック。

井原佐紀(いはら さき)


 小柄で、実験中でも時々いるのかいないのか分からなくなるくらい物静かな高校2年の女の子。几帳面な化学部部長。頭は切れるがそれを表には出さず、困っている人を人知れずフォローするのに生かす、心優しく奥ゆかしい少女。

風間邦衛(かざま くにえ)


 人はいいが動作もカンも鈍い巨漢。高校2年生。訥弁でコミュニケーション能力に乏しく、付き合うには忍耐を必要とする。

新島真由(にいしま まゆ)


スタイル抜群で顔も可愛い高校2年生女子。性格のねじ曲がった女子グループのボス。自分以上に可愛く、男子にモテる女子をいびるためなら、肉体的・精神的にどれほどの労力も厭わないサディスト。

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