第2話
文字数 818文字
彼女は気持ちを落ち着けるため、頰を両手で覆い、深呼吸を繰り返した。女子だとばれてしまったことはもちろんだが、何より家康に触れられたところがまだ熱を帯びている。
口をもぐもぐと動かすも一向に収まる気配はない。初めての経験である。どうにも落ち着かないので、日頃から兄のように慕っている平八郎に話を聞いてもらうことにした。虎松は庭で蜻蛉切(とんぼきり)という槍の鍛練をしている彼の元へ走る。
「そんな赤い顔をして、どうした?」
足音を聞き、虎松に目を向けた平八郎が目を丸くする。
「邪魔をして済まぬ。でも、居ても立っても居られなくて……」
蜻蛉切を右手に持ち、縁側に座る彼女の隣に腰かける。
「あの……先程、殿の部屋へ行ったら、お葉(およう)さまが殿に触れられていて……狼狽してしまったんだ」
本当のことを口にする訳にもいかず、思わずありそうな嘘を言った。平八郎はそれを聞いて豪快に笑う。
「真にお葉さまなのか? まるで虎松が触られたように俺には見えるが」
「そっ、それは違う!」
「ふっ。まっ、そういうことにしておいてやる」
平八郎が今度は鼻で笑ったので、虎松はもっと顔を赤くした。
「別に殿に憧れるのは悪いことではない故、堂々としていれば良い。主を守る原動力にもなる」
「そうだけど、こんなに心が揺さぶられていては、小姓の仕事に支障が出る気がする」
「そうだな……早く女子と関係を持てば、殿への憧れが主としての真の憧れに変わるのではないか?」
平八郎の言うことは尤もだと思ったが、女子の虎松にはどうすることもできない。
「そもそも、これまで思い人はいなかったのか?」
「俺は8歳の頃から鳳来寺(ほうらいじ)に匿われていた故、思い人がいるような身の上ではなかった」
「じゃあ、初恋という訳だな」
虎松の頭を平八郎がわしゃわしゃと撫でる。彼女は頰を膨らませ、平八郎を睨むが、彼にはもちろん何の効果もない。
むしろ、平八郎はニヤニヤしながら、
「これはからかい甲斐があるな」
と笑った。
口をもぐもぐと動かすも一向に収まる気配はない。初めての経験である。どうにも落ち着かないので、日頃から兄のように慕っている平八郎に話を聞いてもらうことにした。虎松は庭で蜻蛉切(とんぼきり)という槍の鍛練をしている彼の元へ走る。
「そんな赤い顔をして、どうした?」
足音を聞き、虎松に目を向けた平八郎が目を丸くする。
「邪魔をして済まぬ。でも、居ても立っても居られなくて……」
蜻蛉切を右手に持ち、縁側に座る彼女の隣に腰かける。
「あの……先程、殿の部屋へ行ったら、お葉(およう)さまが殿に触れられていて……狼狽してしまったんだ」
本当のことを口にする訳にもいかず、思わずありそうな嘘を言った。平八郎はそれを聞いて豪快に笑う。
「真にお葉さまなのか? まるで虎松が触られたように俺には見えるが」
「そっ、それは違う!」
「ふっ。まっ、そういうことにしておいてやる」
平八郎が今度は鼻で笑ったので、虎松はもっと顔を赤くした。
「別に殿に憧れるのは悪いことではない故、堂々としていれば良い。主を守る原動力にもなる」
「そうだけど、こんなに心が揺さぶられていては、小姓の仕事に支障が出る気がする」
「そうだな……早く女子と関係を持てば、殿への憧れが主としての真の憧れに変わるのではないか?」
平八郎の言うことは尤もだと思ったが、女子の虎松にはどうすることもできない。
「そもそも、これまで思い人はいなかったのか?」
「俺は8歳の頃から鳳来寺(ほうらいじ)に匿われていた故、思い人がいるような身の上ではなかった」
「じゃあ、初恋という訳だな」
虎松の頭を平八郎がわしゃわしゃと撫でる。彼女は頰を膨らませ、平八郎を睨むが、彼にはもちろん何の効果もない。
むしろ、平八郎はニヤニヤしながら、
「これはからかい甲斐があるな」
と笑った。