第20話

文字数 2,016文字

「そうか言いたいことはわかったわ、すごく簡単にまとめると佳彦君は二つの問題を抱えているんだね。一つ目は両親の犯した罪への意識をなぜか、本人ではない佳彦君が持っていること。二つ目はおじいさんの問題。これは子供のころから暴力を受けてきたから、おじいさんへの恐怖心で自我が押さえつけられていること」

「罪の意識は当然持つべくして持ったもので、それはある意味、僕の中心なんです。だけど父と母は自分が犯した罪には完全に無関心です。その他は池田さんが簡単にまとめたのでほぼ間違いありません」

「佳彦君、罪の意識が自分の中心だなんて言っていたら、矢早みたいに精神を病むよ。佳彦君が本当に求めているのは罪の意識ではなくて、その罪を許してくれる存在だよ」

「よく夢を見るんですよ。矢早さんが僕に何かを話そうとしている。でも僕にはその『声』が聴こえない。だけど僕にはその『声』を聴く必要があるんです」

「『声』か? 面白いこというなぁ。でもその『声』を聴いたらアカン。さっきから聞いていると佳彦君は矢早のことを神格化しすぎているみたいや。神の『声』って理不尽で不条理なもんや。君の求めているのは罰じゃない、救いや。救いは神ではなく人にしかできない。だから心療内科でも大学の学生相談センターでもいいから、そっちに行ったほうがいいと俺は思うよ」

「それでも僕は矢早さんの『声』を絶対に聴かないといけないんです。僕は現実と向かい合わなければいけない。逃げるわけにはいかないんです。道は一本しかないんです。だけど実際の僕にはこの罪に対して何も返すものがないんです。だから僕の進むべき道は罪の意識と真摯に向き合うこと。それが僕の唯一の存在理由です」

「そこまで言うか。じゃあ俺からの忠告や。よく意味を考えるんやで。人は同じところをぐるぐるする生き物や。例えば車に乗っていて同じ道をぐるぐるしているからって、一方方向の道に逆走して入ったら絶対アカン。それは法で禁止されているからや。いわば掟の門や。矢早の『声』も一方通行と同じ。決して聴いたらアカン『声』や。それは佳彦君にとって最悪の結果をもたらす。だから佳彦君に必要なのは許し。他人に頼ってもいい。いや、むしろ頼るべき。自分で何もしていない佳彦君には特に自分で自分自身を許すことが必要や。佳彦君の存在自体が罪になったら絶対にアカン」

「すみません。よく意味が分からないのですが…」

「なに、すぐ理解するのは難しいよ。時間をかけて理解し」そう言うと池田さんはミックスジュースを飲んだ。

「もう一つは、佳彦君の自我がないって点やね。佳彦君、ちゃんと自我があるやん。さっき祖父の言いなりに生きるのが嫌やと言ったやろ。それって佳彦君の立派な自我やんか。ただ幼少期からの暴力でその自我が押さえつけられているだけ。その恐怖をゆっくりと取り除けばいい。まあ、それが難しい問題だけど」

「いえ、僕には自我がありません。祖父の操り人形です」

「だったら、なんでここにいるの」

「……」

「それともおじいさんの意志でやって来たのかな? 違うやろ。佳彦君が自分の意志で真実を知りたくて、わざわざ変装までしてここに来た。違う?」

「それはそうですが、僕はやはり祖父の支配から逃れることはできません」

「時間はかかると思うよ。その束縛から完全に逃げるには。しかも一人では絶対に無理や。そこは専門家の手を借りて徐々にその支配から逃れて行こう。さっきも言ったけど、心療内科とか学生相談センターとか使って佳彦君の自我を押さえつけている恐怖心をゆっくり取り除いていこう」

「しかし僕は…」

「怖いんやね。おじいさんの存在が」

「はい、僕が何をしても祖父の考え方に合わなかったら暴力を振るわれる。それを目の前で見ていても父も母も助けてくれないどころか、完全無視ですから。それが幼少期から大学に入って一人暮らしをする今まで続いているのです。こんな環境で育ってまともな自我を持てる訳がないんですよ」

「まあ、俺は虐待の経験ないから何とも言えないけど、そういうことも含めてすべて専門家に診てもらったほうがいいと思うよ。もちろん初めは怖いと思うよ。でも結果的にこれからの佳彦君の人生には役に立つと思うけどなぁ」

「万が一、祖父の呪縛から逃れられたとしても、果たしてそこに僕の本当の自我なんて残るのでしょうか? やはりそこに残るのは矢早さんに対する深い罪の意識だけではないでしょうか?」

「うーん、やっぱりそこに戻るのか。佳彦君、何度も言うが君に罪はない。だから自分を許してあげて」

「池田さん、僕の存在自体が罪ではないでしょうか?」

「断言する。佳彦君に罪はない。あえて言うなら、辰巳と森の罪や。それを君が背負ってどうする。佳彦君はその根拠のない罪の意識を自分自身で許すべきや」

「父と母は罪の意識など感じていません。矢早さんに対しても一切。だからその二人の子供である僕の存在自体がやはり罪だと思います」
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